介護保険関係者だけの短編小説 (小説じゃあないって!)

第三話  介護支援専門員のつぶやき
〜ボランティア考〜

 きわめてリアルな会話・・・・・・・・・・介護保険ノンフィクション即席小説
 介護保険関係者だけが解る楽屋受けだらけ
 日頃のアフターファイブの出来事を小説風におもしろおかしく書き綴った介護保険関係者のためだけの物語です。
 登場する人物、団体は全て架空のものです。

 無断転載を禁止します。

 作:野本史男 
 平成11年8月5日


感想お待ちしております。
小説の題材リクエストもお待ちしております。


fumio@as.airnet.ne.jp


序章

 梅雨明け以後うだるような暑さが続いている。
 いつもなら、僅か5日間しかない夏休みの計画を立てているところであるが、今年ばかりは、介護保険の準備のために計画が立たずじまいである。
 介護保険が暑い暑い夏をより暑くしてくれている。
 よりによって介護支援専門員の研修会場は、クーラーが故障している。開け放した窓から大型台風の影響か、湿気を帯びたなま暖かい南風が吹き込んでくる。


研修の休憩時間

 ヤニ切れにチェーンスモーカー状態となった躰に、べたつく洋服。フラストレーションがピークを到達しそうな一時である。
 研修会場で自然発生的にできた仲間達との雑談していると、一人の介護支援専門員が呟いた。
 「介護支援計画作成に当たって、ボランティアの存在って何だろう?・・・ちょっと意見交換しないか?」
 枯渇した仲間達の耳には「帰りにビールを飲もう」という言葉にしか聞こえない。
 返事は、「どこに飲みに行こうか?」であった。


安堵のビヤホール

 「クーラーが無ければどうしようもないね。でも、小さい頃、冷房が無くても平気でかけずり回っていたけど、どうしてだろう?」
 「僕の場合は、毎日市営プールに行っていた。だから地グロになってしまったのかな?」
 「私の家は、今でもクーラーどころか、扇風機も家族に1台しか無いけど・・・。」 
 「せめて、日中は頭だけでも冷蔵庫に入れておかなければ今日の研修内容だって賞味期限が早めに来ちゃうよ。」というばかな話題に突入し始めている。
 言い出しっぺの田中にとれば、せめてボランティアの話題に持っていきたいところである。急に難しい話題に持っていく訳にもいかず、こう切り出した「そうだよ。昔は、隣組みたいなものがあって、何でも助け合っていたよね。これって、昔の福祉は家族、地域で支えてきていたんだってね。」
 「そうそう、私の実家なんて、美味しい魚が取れてね、隣の家までご飯を借りにいっていたんだって、それ、”ままかり”って魚なんだって・・・」
 「な〜に〜? ”ままかり”なんて、知らないよ!?」
 「知らないの?岡山の名物なんだから!」
 「ウチの方のキトキトな魚より美味しいの?食べてみた〜い!」

 一向に話題が田中の希望通りにならない。確かに、今回の小説は登場人物が多いためか、話がまとまらない。
 


ボランティア受入の現状

 大ジョッキ二杯目にして、痺れを切らした田中が切り出した。
「ところで皆さんね。さっき話したボランティアのことなんだけど、ケアプランにボランティア活動の部分を入れていくことって、抵抗あるんだけど・・・どう思います?」
 今日の通勤電車以来味わった冷房と冷えたビールに弾け飛んでいた皆は、急に我に返った様子である。

 社会福祉協議会に勤務する山田の意見はこうである。
 「ボランティアって言っても、定期的に来られているボランティアは、プランに組み込んでいくべきだと思いますよ。だって、最近のボランティアは、けっこう、重要な役割をしていただいいていますからねえ。私のところで実施しているボランティア講座でも、意識と技術の向上に努めているんですから、是非プランに組み込みたいと思うんですけど。」

 施設に勤務する鈴木はこう切り出した。
 「僕はね、ボランティアって、言うけれど、施設の中では無くてはならない存在になっているんです。ウチではオムツたたみをお願いしているんですよ。受入体制を組むのもけっこう調整が必要でしてね。直接処遇場面ではトラブルが発生したら困るし、どこかの施設の実践を聞いてオムツに落ち着いた。だけど、ボランティアさんがオムツが乾いた時間に来ていただかないと、オムツが山積みになっちゃう。」

 かつて企業の人事部に勤務していた木村は、別の切り出し方をしてきた。 
 「私のところにもけっこう見学とかあったんですけど、見学担当って、持っていますよ。ボランティアの受入って、そういうものと同じと思うんです。だって、ボランティアなんでしょ?企業として見学とか実習の受入って考えれば、ラインに入って商品をダメにされても困るし、商品の品質管理は企業の義務だからね。それとは別に、見学や実習生には、満足して帰っていっていただかなければ企業イメージが落ちる。」

 もう一人の施設職員である斉藤の意見はこうである。
 「僕のところは、私立女子高のボランティアを受け入れているんですけど、実施されている部分は、車椅子のスチール部分の磨きですよ。学校側の希望によってその部分が決まったと聞いています。入所者の方の近くで行っていただいているんですけど、磨きながら入所者の方と話している姿を見ていると、アイポイントも入所者よりやや低めだし、若い女の子なのかも知れませんけど、けっこう楽しそうにお互い話してくれている。すごくいいボランティアだと感じていますよ。」


ボランティアってどういう立場?

 一通りの意見が出たところで、仲間達は根本的な部分にズレがあることに気づき始めていた。そこで、なんとなくコーディネータ役になってしまった田中が事例のとりまとめを始めた。
 「鈴木さんのところでは、ボランティアの存在が無くてはならない存在になってしまった。と言われていましたけど、ボランティアさんと受入側との関係が密接になってくると、多く見られますね。例えば、デイサービスに入っているボランティアさんがが絵の心得があったとしますよね。ボランティアで絵のアドバイスをしているうちに絵画クラブみたいのになって、デイサービスのカリキュラムになっていく。
 もう一つは、木村さんの所のような関係。あくまでも施設内の日課や施設内の業務に入らずに利用者の方々と関わっているパターン。」

 山田が口を挟んだ。
 「そうそう、ずいぶん前の研修会で、ボランティア団体のとりまとめ役の方の講演があって、お話を伺ったんです。そこでね、ボランティアと行政の違いを解りやすく説明して下さった。
それは、行政は市民に対して平等な対応をしなければならないから、ニーズに対して対応が遅くて、しかもニーズに対して深く関われない。しかし、ボランティアは好きな時に好きな方に対して好きな方法や深さで関わることができる。だからボランティアなんです。と言っていました。」
 
 「オオッ!山田も良いこと言うんだね!さすが社会福祉協議会!」とみんなが囃す。
 山田は、得意そうに「やはりボランティアさんに一番近い所、社会福祉協議会だもん!」と胸を張る。

 田中は、山田の話に続けるようにして話し始めた。
 「ボランティアさんを仕組みの中に組み込んでしまったら義務が発生するんじゃないかなあ。・・・なんて言うかなあ、ボランティアの方がやることをやらなければダメみたいな形態にしてしまうんじゃないかなあ?って思うと、ボランティアの方に対しても失礼だし、ボランティアの方が役割果たさなかったからっていって、ペナルティーを取ることもできない訳でしょ?実は、そんなことを感じていたんで、つい、ボランティアさんについての話を持ちかけたんです。」

 鈴木は枝豆を摘んだまま顔を上げながら「うん。僕にも何となく話が見えてきた。その部分って、あんまり気にしていなかったけどもう少し整理してみて下さいよ。」と田中に言った。
 山田は「え〜!?なんで私に整理させてくれないの〜!?」と不満そうな声を上げている。
 「ごめんごめん、山田さんに整理していただきましょうよ。」と訂正した。田中は二人のやりとりをほほえましそうに見つめながらリラックスした様子でジョッキと耳を傾け始めた。

 山田は、ちょっと姿勢を正して話し始めた。
 「給食サービスでボランティアに配達をお願いしている自治体がけっこうあるけど、確か、実費分としてガソリン代+αを払っていて、有償ボランティアと称する形態を採っています。でも、配達ボランティアが来なかったらどうなるんだろう?って思うんです。つまり、さっきの私の話なんですけど、ボランティアという立場の方が、雨が降ったら休んじゃったとしますよね。すると、ボランティアさんをとりまとめている所では別のボランティアさんにお願いするようにして穴を開けないように調整しているんです。
でも、こんな風なドタキャンというか、ドタ休は、責められるんでしょうか?本来の趣旨ならボランティアだったら責められないと思うんです。でも、このような形態でボランティアに入っている方って、ボランティアとしての責任感があってよほどのことがなければ休めない、って言うんですよ。」
 みんなは頷きながら傾聴している。山田は皆の目を一人一人確かめるように見つめて話を続けた。
 「そこでなんですけど、責任感がボランティア自らわいてくること。これって、仕事でもボランティアでも、人生のどのような場面でも責任ってついて回る。だから、ボランティアだから責任感がなくていい。と言うことじゃあないと思うんです。」

 皆が口をそろえて「そうそう!そのとおり」と言い始めた。田中もなかなか良い話になってきたと感心して聞き入っている。

「責任感と私的契約の履行義務、そして労働ってそれぞれ別だと思うんですよ。ただ、やはり継続的に一定の期間、ある時間帯を拘束し、その拘束時間中に目標のある作業等をさせることって、いくら双方がボランティアだと言っていても、周りはボランティアという関係じゃあないと思うでしょうね。」
 山田は引き続き得意そうに話し始めた。
 「それと、特定非営利活動促進法によれば、たしか、第1条には、『ボランティア活動をはじめとする市民が行う自由な社会貢献活動としての特定非営利活動』と書かれているわよねえ。それを逆に言えば、ボランティアとは市民が行う自由な社会貢献活動ということとなる。やはり、福祉関係者なら、特に自由な社会貢献活動という領域を護っていかなければならないんでしょうね。」

 「よく知ってるよねえ。すごいすごい」
 「でしょ?でしょ?何で知っているかっていうと、先日その部分の研修会をやったからで〜す。」

 「えへん。だから、福祉関係事業者や行政が自由な社会貢献活動を妨げるようなことをしないように、ボランティア活動を支援するというならいい。だから、福祉を業としている人が本来自分たちが行わなければいけない仕事の一部をやらせる。っていうのは、自由な社会貢献活動じゃあなくって勤労奉仕って言葉が適しているんじゃないかなあ?確かに活動の現場は福祉の現場だろうけど、誰のためのボランティアなのか、を問われていくと、福祉の事業者や行政の仕事のためにボランティアをしていることにならないのかしら。
 だから、福祉関係者としては、ボランティアさんが自由に福祉の現場に入ってきて、お互いの妨げにならないようなマナーというか、ルールの中で自由な活動ができるよう、体制整備していくことが望ましいんだと思う。」

 「おっ!そこで、整理ができた!」と鈴木が叫んだ。「田中さんが疑問視していたケアプランへの組み込みについてなんですけど、ボランティアさんに介護保険制度というか、フォーマルサービスで実施している一部分を担って貰うようなことをしてはいけない。かといって、介護保険制度上のサービスがボランティアさんを邪魔してはいけない。ということなんだ!
ボランティアさんも介護保険制度によって、フォーマルサービス部分が大幅に見直されることになるので、自分のスタンスというか、やることをもう一度見直して、もっとやりたいことをやっていく。そのための情報交換がケアマネジメントの仕事ってことなのかな?それで、結論なんだけど・・・」

 「ちょッちょっと待って!最後は私に言わせてよ!せっかく格好良かったのに・・・・おねがい!」
 「ごめんごめん。」

 山田は、総仕上げのために胸を張って話し始めた
 「では・・・ケアプランにボランティアさんを書き込むことについては、・・・ケアプランには、ありとあらゆる保健・医療・福祉の関わりをきちんと認識した上で、介護保険制度上のサービスが書き込んでいくことが必要。ただし、その時にボランティアさんたちの行われていることをきちんと認識して、プランを調製していかなければならない。
ただ、その時に気をつけなければならないのは、ボランティアさんがケアプラン有効期間中に来なくなっちゃって、受給者からプランの変更を希望された場合であっても、フレキシブルに対応できるようなプランを極力作ることが重要なポイント。更に、ボランティアさんが来なくなったからって云っても、決して強要や非難するようなことは禁物。ボランティアさんが来なくなったことによってプランの修正が必要となっても、結局は、介護支援専門員がボランティアを当てにしていたプランを作ってしまったんだから、修正するのは専門員として保証の範囲ってことなんだろう。と思う。・・・・と思うしか言えない・・・どお?田中さん?」


介護保険制度上のボランティアって?

 そこで、最後に田中が整理に入った。
 「うん。福祉という現場から見ると、現状ではボランティアさんが高齢者介護部分の重要な部分まで入らなければ十分な支援ができ切れていない。それを是とした上で議論するからわかりにくくなってしまうんだ。混乱した場合は、最初に戻る。そうすれば解りやすいだろうね。例えば、十分な社会補償制度が存在していたなら、ボランティアさんはQOL向上部分に対して関わってくれていたと思う。
 さて、本論の総括をしますと、ケアプランにボランティアさんの活動状況を入れることは、当然だと思う。そのためには、一旦受給者の方にとって理想的なプランをつくり、その上で、受給者の希望によって保健を利用するかその他のサービスを利用するか調整していくことが正しいプランの作り方だろうね。
 ボランティアさんを選んだ受給者にしてみれば、継続的に利用できるものと認識しているわけだから、あくまでもそれを前提にして最善なプランを作らなければならない。
 そこで、受給者の方に諒解していただきたくなる部分は、ボランティアさんという意味なんだ。けど、それこそ、これが一番難しいと認識しなければならないだろうね。借りに十分な理解が得られなくても、言っておかなければならないのは、ボランティアさんが来られなくなったら、プランを修正しますよ。ということ。これは、報酬がもらえるもらえないに関わらず、必要なことなんだ。」

 「ねえ、ところで、報酬はどうなるのかしら?」
 「介護報酬が見えないから何とも言えないけど、介護報酬の更新、変更時の範囲が決まれば貰えるかどうかが解ると思う。これまでの整理では、プランの有効期限到達時と、身体状況の変化が発生した場合となっていたと思う。その範囲だけだったら、サービス提供機関が撤退してしまったような場合は、報酬が貰えないということになるので、ボランティアさんが来なくなった場合も同様に、無報酬で修正することになるということだね。」

 「え〜ッ?、修正部分が無報酬だったら、安全な予約しかしなくなっちゃうだろうし、ボランティアさんは当てにならないからって、除外するような動きをしないかしら?」
 「そんな動きになるかも知れないね。でも、その部分ができるかできないかが介護支援専門員の質っていうことになるんだろうね。僕って、介護支援専門員をよく車のセールスマンに例えるけど、お客様のフォローアップが一番重要なんだ。売って売りっぱなしのようなお店は絶対繁栄しない。どんな小さなご意見やご要望も極力叶うように努力することがいいセールスマンなんだと思うよ。
 介護保険制度施行に伴って大きな市場が期待されているけど、元々福祉畑の人とそれ以外の人々と入り交じることになる。そこで、福祉畑の人たちの理想と、別の畑の人たちの現実の狭間で苦悩しそうな気がする。現実は、市場にうまみがなければ、当然撤退が相次ぐだろう。介護保険によって一旦競争社会に組み込まれた福祉分野が一般社会から見捨てられたら、どんなに崇高な福祉理念の持ち主だって、とどまってくれるか解らない。介護保険だって失速してしまうんだ。」

 「すごく恐い話ですね。でも、当然のことだろうと思う。僕だって、企業からの転身組だから、田中さんの言うことってよく分かるよ。でも、参入するからには福祉の何たるかを知った上で来ている。でも、どうしても採算が合わなかったり食っていけなければ、別の仕事を探すだろうし、それでも福祉が好きでいたならボランティアを続けるだろうなあ。企業ならイメージアップのためにその部門が赤字でも継続するだろう。」

「それ、企業ボランティアってことかしら?」
「ちょっと本来の意味が違うけど・・・ケアマネジメントの部分を経営っていう視点でみると、無理なプラン作製をしてしまったり、抱え込みすぎればフォローアップができにくくなる。受給者に常時満足できるケアプランを維持することとは、常にケアプランが適切かモニタリングして、いつでも修正できるようにしなければならない。言い換えれば修正の手間がどれだけかかるかによって採算性が決まってしまうだろうね。
そういう意味でも、やはり、たくさんのサービスメニューを持っている機関の介護支援専門員ほど修正しやすいことになる。そこにも介護報酬の差を設けなければ大規模店舗と個人商店の問題のように、弱肉強食というか、淘汰が発生する要因が潜んでいるだろうと思う。だから、山田さんの所より鈴木さんや斉藤さんの所の方が生き残る可能性が高いってこと。田中さんは行政関係だから、どんなに赤字でもやっていける。きっと特別会計なんて目立つことしないだろうから・・・」

 田中は木村の話を意図的に遮るようにして、総括に入った。そんな田中の挙動にニヤリとする木村。
 「ボランティアと云う部分、福祉の現場に出れば出るほど整理しきれていないのが現状だし、それが混乱を招いていると思うんだ。特に介護保険になってからは、市場原理が導入されるわけだから、一旦ボランティアと労働、契約という視点などから多角的に専門家の方々を交えて整理すべきだと思う。賃金が払われなくても、一定の業務上の責任が発生したり、期間を定めて受入側が作業時間と内容を指示する場合、ボランティア活動といえるのかってことや、ボランティアさんの責任や義務という部分を整理しておかなければならないだろう。福祉の理念だけじゃなくて、社会全体の仕組みからも理解が得られるような整理して、その上で専門分野でどのような形態がボランティアなのか定義した上で、皆がそれを承知で関わり合っていくことが最大の混乱防止ということじゃないでしょうかねえ。」

「まあ、今日の所はそんな程度で良いんじゃないですか?多分結論が出ないでしょうね。」
「そうだね、それじゃあ、今日の所はお開きにしましょうか。」
「それじゃあ、田中さん、御馳走様!」
「えええ!!!?」


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