介護保険関係者だけの短編小説
(小説じゃあないって!)

第五話  介護支援事業者の悩み
〜コンピュータと情報提供のあり方〜
その2

 きわめてリアルな会話・・・・・・・・・・介護保険ノンフィクション即席小説
 介護保険関係者だけが解る楽屋受けだらけ
 日頃のアフターファイブの出来事を小説風におもしろおかしく書き綴った介護保険関係者のためだけの物語です。
 登場する人物、団体は全て架空のものです。

 無断転載を禁止します。

 作:野本史男 
 平成11年8月13日


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fumio@as.airnet.ne.jp


田中の独演会
システム開発の考え方


田中は、「ディスカッションで課題が何となく見えてきました。それでは、まず、私がどのようにシステム化のプランニングしていくか、思考過程と基本的な考え方を事前にご案内しておきますね。」と言うと、続けて延々と語り始めた。

 まず、第一にシステム導入時の意識統一が必要です。
 システム化すると私にご相談いただいたことは、担当部署又は関係組織からシステム化への要求が発生した訳です。しかし、システム化と一口に言っても、何をどうシステム化するか?という部分は極めて曖昧で、システム導入と運用に関わる殆ど全ての人々が抱くイメージは微妙にずれてしまっているんですね。
 そのままシステム導入すると、往々にしてシステム導入直後から気まずい雰囲気になってしまって、最後には喧嘩状態になったりするんです。

 なぜならば、システムは人間の様に八方美人のようなことはできない。システムの設計書を鏡に映したように動いちゃうんです。だから、システム設計を凍結する際には、最後の最後まですり合わせをして、運用者の皆さんが納得しきってくれないと、動き出したときにどんなに対人的には柔和な人でも、システムにはけっこう厳しい言葉を吐く。”こんなの使えない!”ってね。そんな言葉が職場内に聞こえたら、もう崩壊への一途だということです。

 また、システム導入しようとするときには、予算の範囲内で行わなければならないけど、予算が限られている場合は、何を我慢するかということなんです。でも、運用後は常に我慢し続けなければなりませんから、システムの寿命が到達するまでの間、我慢し続けことになるってことを十分承知していただかねばなりません。それを解決する方法の一つとして、システムを段階的に増強していくことも可能ですが、その都度設置とテストのための経費もかかる。
 でもきっと、上司は動いているんだからもう金をかけずに済む。なんて言い出しちゃってシステム増強の話は雲散霧消と言うことになるのが殆どなんですよ。

 更に、運用者にしてみれば、どんなに当初満足できるシステムを導入しても、周りのシステムがどんどん良くなってくること、システムに対する理解や知識も増えること、新たなニーズも発生してくること等から、システムを使っていくうちに不満、物足りなさと言う思いがどんどん膨らんでくるのも確かです。
 だから、当初の我慢は、必然的に運用期間中ずっと我慢し続けることになるという、いわゆる夏場の我慢大会のようなもの。そして更に我慢する要素が増えてくることになるので、追い打ちをかけるように新たにストーブを点火していくことになる。でも、システムは淡々と動作するわけですから、壊れない限りきっかけがつかめないから、フラストレーションもどんどんたまっていくことになるんです。

 つまり、システム導入の際にきちっと解っていていただかなければならないのは、システムが入れば何でもやってくれるという幻想を捨てること。発想の起点は、コンピュータに何ができるかという思いが膨張するような発想ではなくて、何のためにコンピュータを使うのかってこと。とにかく目的を限定して、そこから設計することが最も被害を少なくしてくれるんです。
 これで、システム導入時の考え方が統一できることになります。

 次に、現状分析を行います。
 そのためには、現状の業務を審らかにして、システム化の対象範囲をみんなで絞り込む。アレもできたらいい、これもできたらいい、といった考え方は一切捨てること。これがシステム化の第一歩です。

 システム化の対象範囲を絞り込む第一段階は、介護保険であれば、これからの業務だから、介護保険制度上でどのような業務の流れになるかをきちんと見極めること。そして、どうしても外部とコンピュータシステムや磁気媒体で連携しなければならない部分を洗い出すこと。その際にはどこからシステム化することが運用上流れがスムーズかという点を忘れずに。併せてシステムが無ければ業務がスムーズに進まない部分。ルーチンワーク部分を洗い出すことですね。この場面で気をつけなければならないのは、手作業ではどのくらいの事務量になって、システム化することによってどの程度業務が軽減できるのか?と言うことなんですが、軽減可能量を測定する場合、システムの管理や保守といった部分まで計算に入れて評価することが重要です。
 システム化の範囲が確定したら、どこでどのようなシステムを動作させるのか?複数のシステムを導入するのであれば、システム間の情報連携が必要となるのか、十分話し合います。特に複数の担当者が運用するのであれば、いろいろな場面を想定して運用場面を確認します。
 こうして、システム化の範囲と運用環境が見えてきます。

 その次は、どのようなソフトを使うかということを検討します。
 システムで行おうとする範囲がソフトウエアとぴったり一致することはあまりないでしょうけど、まずはサイズにあったものを選定していく。帯に短し襷に長しといった状態であれば、逆に範囲を広げてシステム化する範囲を見直して再度業務の軽減範囲を個々にチェックしていく。

 はっきり言って、ぴったりのシステムを導入するためには、独自開発やカスタマイズと言うことになるけど、独自開発をするためには、十分な開発期間と膨大な経費、維持管理体制が必要。介護保険制度のシステムを考えたら、とても小さな事業所では無理です。何故なら、介護保険制度はまだ安定した業務になっていないこと。1年に何回も制度の手直しが入ることは目に見えている。その都度システム改修するのは、システムに対する影響範囲のチェック、改修規模の見積、改修期間、改修経費の確認、概要設計、実行可能性の確認、詳細設計、プログラミング、単体テスト、結合テスト、プレ運用・負荷テスト、システムデータ移行、最終運用テスト、運用といった手順を踏まなければならない。
 これを自分たちで行うのと、完成したソフトを入れ直すのとでは大違い。でも、市販ソフトでも良くあるのが、システムを入れ替える際に自分のハード環境で正常に動作するのをチェックするだけじゃなくて、負荷テストで処理時間が異常に長くかかっていないかをチェックして欲しい。ありがちなのは、短期改修のため、継ぎ接ぎシステムにしてしまい、パフォーマンスが落ちることもよくある。まあ、この部分は余計なことだけど・・・。

 ソフトを検討する場合、適当なソフトを使用すると仮定してシステム化の範囲と運用環境が要望通りに機能するかをチェックして、運用場面をシミュレーションして、要望した運用場面を見直していった経緯をメモしながら、適切なソフトを見極めていく。
 なぜ、そんなまどろっこしいことが必要かと言えば、この作業によって自分たちがどの程度我慢しなければならないのかが解るからです。逆に運用場面を見直した結果、これまでの要望より運用がうまくいくことが解ったのであれば、自分たちが誤っていたことを再認識する材料となるからです。

 で、ハード環境の整備計画ですが、これで終わりではありません。
 必要最小限度のスペックでもいいけど、運用パフォーマンスを重要視することがポイントです。気に入らなくてもサクサク動作するシステムが苛立ちは少ない。
 それと、セキュリティーやバックアップがきちんと取れるシステム構成としなければなりません。、もう一つは、システムが故障した場合、どうフォローアップできるのか、1ヶ月近く修理が必要となった時にどのような運用体制を取るのか、処理したデータが消えてしまったらどの程度処理の手戻りまで許せるのか、といったところも最初に話し合った運用場面からチェックしていきます。
 ハードメーカーについては、ソフトとの相性もあるでしょうけど、故障時の対応が早いとか、消耗品の調達が容易か、消耗品の費用も考慮して検討して下さい。

 よくあるのが、ソフトからハード、セットアップまで全部引き受けますというメーカーがある。でも、複数のシステム化を図るのであれば、異なった業者のシステムを導入することになることも考えられる。
 それでも、良い業者に出会ったとしても、これまでお話しした作業は、影できちんとやっておかなければならない。自分たちの考えとズレがあったらきちんと業者と話し合うことが必要。それを忘れると、導入運用後、職場の誰かから”やってられるか!”という罵声が聞こえることになるんです。

 でも、絶対に避けた方がいいのは、別々の業者が導入するシステムをLANなどでつなぐこと。これは、導入する皆さんがSI=システムインテグレータするということなんです。双方の業者に要求仕様を伝えて、最良の運用環境を整備する作業を皆さんが行うことになる。
 もし、システム導入がうまくいったとしても、運用後システム障害が発生したときにどちらが原因なのかを究明する作業を誰が行うのかなんです。片方のシステムが止まってしまっても、原因は問題がない方のシステムだったりする。とにかく原因不明といったトラブルが続くことになりがちだからです。
 もし、SI部分を業者に委託して導入したとしても、複雑なシステム構成の障害切り分けする時間が何れにしてもかかります。無理そうであればいっそシステムを別にして、どうしても連携する必要があれば、当初は磁気媒体での連携を行える環境にすることがベストです。

 また、忘れがちなのは、ここはビルの中ですから、回線を引くのにどこまでがNTTの責任なのか、ということも確認して、自前工事が必要な部分があるかもチェックが必要。
 うっかりしがちなのは、システム構成上、レーザープリンタを導入するのであれば、強電設備のチェックも必要です。
 そして、ハード構成決定時点で屋内設置場所に電話回線の整備、電力確保作業に入らなければなりません。
 以上で、システムが導入できることになります。

 最後は、システム導入後の体制です。
 システムを導入してしまったらこれでいい。なんて考えてしまうと、大間違い。
 システムの運用体制がしっかりしなければ、良いシステムでも止まってしまいます。
 例えば、バックアップ処理は定時に行うのか、バックアップのデータはどう管理していくのか?システム運用管理者は複数人確保できるか?等といったような、運用体制の人的負荷も考慮しておかなければならない。
 導入しようとするシステム構成を仮設定したら、そのシステム構成で発生する運用時の人的負荷が現状の体制で維持できるのかをも考えなければなりません。
 あとは、システム導入業者がどの程度信頼できるのか、サポートはどこまで無料でどこから有料か?有料であったらいくらでどこまでしてくれるのか?そんなことも確認しておかなければなりません。
 このほか、ネットワークがあれば、プロバイダ契約料、回線契約料、従量課金の見積もひつよう。
 更に、消耗品の使用頻度も測定して、予算に組み込まなければならないということもわすれてはいけません。

 
 ひととおり田中の話が終わると、所長はため息をもらしたあと
 「自分がコンピュータを買えばなんでも解決すると思っていたんですがね。」と言った。
 山田は、「でも、システム導入が必要となる部分がある。基本はよく分かったから、現状でどうすればいいのか教えて下さい」と言い出した。
 他の皆も同調している。

 田中も介護保険ではシステム導入が必要な状況もよく分かっている。介護保険制度の仕組みが遅れて固まりつつある状況を考えると、本来のシステム導入期間としては遅すぎるが、やむを得ないだろう。と感じている。
 そこで、田中は言った。「十分な検討はできなくても、この際やむを得ないでしょう。ドタバタの介護保険準備作業ですからね。とりあえず、一番手っ取り早い方法を一緒に考えることにしませんか?」


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