第三話 「面目を保て!」


      「シンシア、いくよぉ!」      やっとのことでシンシアがバッターボックスに入った。      「確かにシンシアは俺と小さい頃に一緒に野球やったことありますけど・・・。     本当に大丈夫ですか、一番バッターで・・・」      「心配いらん。まあ、見ていればわかる」      不安げなルーファスと対照的に、デイルは余裕の笑みを浮かべている。      ピッチャーが第一球を投じた。        ガコン!      勢いのいいスイングとはうらはらにボテボテのゴロが三塁前に転がる。      「あちゃあ〜・・・」      思わずルーファスは右手で顔を覆う。      が、しばらくして、      「セーフ!」      と、ルーファスの耳に入ってきたのであった。      ルーファスは右手をおろして一塁方向を見つめる。      そこには一塁ベース上に小躍りして喜んでいるシンシアがいたのであった。      「あれ・・・?」      「ふっ、シンシア君には人並みはずれた敏捷性を持っているからね。     これを利用しない手はないと一番にすえたのだよ、ルーファス」      「なるほど・・・」      ようやくルーファスはここでコクリとうなずいた。      「とにかくここはこの勢いに乗って攻めたいな・・・。よし!」      そう言うや否や、デイルは、      ゴツン!      と、いきなりルーファスの頭をどついた。      「い、いきなり何ですか、センパイ!」      ルーファスが頭を抱えながら涙目でデイルに問いかける。      「いや、ヒットエンドランのサインを出しただけだ、ルーファス」      「ど、どういうことですか・・・」      「おまえがくじ引きに行っているときにサインを決めたんだ。暇だったもんでな」      (うううん、やっぱり俺って・・・)      そうルーファスがうなだれ始めたときだった。      カキン!      二番のミュリエルがヒットエンドランのために右方向に打球を飛ばしたのであった。      しかし、打球は二塁手のグラブに収まる。      そのままボールがファーストに送られてミュリエルはアウトになった。      が、シンシアはスタートを切っていたので二塁に進むことができた。      得点圏にランナーが進んだ。      「ご、ごめんなさい・・・」      「まあ、ランナーが二塁にすすんだんだ。これでよしとしよう。     問題は・・・、ルーファス!」      デイルがルーファスに指を突き刺す。      「ラシェルがダメでもお前がシンシアを返せよ。さもないと・・・」      「せ、センパイ・・・」      ルーファスはそそくさとネクストバッターサークルに行ってしまった。      「よおし、打つぞぉ!」      三番のラシェルがバッターボックスに入る。      「ストライク!」      「ボール!」      「ボール!」      「ストライク!」      カウントは2−2まで進んだ。      2つのストライクはいずれも空振りである。      そこが思い切りのいいラシェルらしいといえばラシェルらしいのであるが。      そして五球目・・・。      カキーン!      目の覚めるような当たりがサードとショートの間を抜けて左翼手の前で     ワンバウンドした。      この間二塁ランナーのシンシアは三塁を蹴ってホームに向かおうとしたが、      「それ以上行くな!」      と、デイルが大声を揚げたので、      「きゃっ!」      と、急ブレーキをして三塁に留まった。      レフトから早い返球がホームに返ってくる。      デイルの判断は間違っていなかった。      ワンアウト一・三塁。W・アカデミー、先制のチャンスである。 「よおし!絶対打てよ、ルーファス!」      バッターボックスに入るルーファスをベンチからデイルが大声でハッパをかける。      「大丈夫でしょうか・・・」      セシルがデイルに心配そうに尋ねる。      「なあに、結果を出せなかったときの恐ろしさは     あいつが一番わかっているはずだ・・・」      が、ルーファスはここ一番に弱いことをデイルは忘れていた・・・。      「ストライク!バッターアウト!」      「くぉらぁ!ルーファスぅ!」      とぼとぼとベンチに戻ってきたルーファスをデイルは彼の頭めがけて     思い切り拳を落とした。        ガツン!      「せ、センパイぃ・・・」      「バカヤロ!せっかくのチャンスを・・・」      と、そのときだった。      「アウト!スリーアウトチェンジ!」      五番のジョルジュが右に強引に引っ張ってセカンドゴロにたおれた     のであった。      「ん?なんだ?お前らしくもないなぁ・・・」      ベンチに戻ってきたジョルジュにデイルが尋ねる。      「いや、センパイがいきなりエンドランのサイン出すんで・・・     何故や?と思うたんですが、ま、サイン通りにせなアカンと・・・」      「はあ?俺はそんなサイン出した覚えは・・・」      デイルが首を傾げる。      「だって、ルーファスの頭どついたでしょうが・・・」      「はぁ、それかぁ!」      デイルがポンと手をたたいた。      「と、いうことで、ルーファス・・・」      「え?センパイ・・・」      「すべてお前が悪いんじゃあ!」      すぐにルーファスの頭にまたエンドランのサインがたたき込まれたのは     言うまでもない。            この後試合は0が並ぶ緊迫した展開になった。      お料理アカデミーはセシルの力投とルーファスの好リードで大したピンチも     招かずに抑えられたのであったが、Wアカデミーの方は・・・。          カキン!        ズボッ!     「アウト!」     シュッ!     バシュッ!     「アウト!」     「バカヤロぉ!またチャンスをつぶしやがって!」          ゴツン!     「いてて・・・。勘弁してくださいよぉ・・・」     「1回は三振で3回はゲッツー。    で、この6回は折角先頭のラシェルがツーベースで出たのに・・・。    セカンドライナーゲッツーとは何だ!」        ガツン!    「いたぁっ!」    「あのぉ、ランナーがいないのにエンドランなのですか・・・」    「違うんだけど、システィナ・・・」    と、チャンスを作ってもことごとくルーファスがつぶしていったため    点が入ることはなかった。    そして8回裏までゲームは進んだ・・・。    得点は相変わらず0対0。この回の先頭バッターは9番のセシルである。    「無理しなくていいぞ。お前はとりあえずピッチングに専念していればいいから・・・」    と、デイルに言われたものの、バッターボックスのセシルの目は真剣だった。    「ファウル!」    「ファウル!」    「ファウル!」    ・・・・・・・    何球ねばっただろうか。ついに・・・    「ボールフォア!」    セシルが四球を選んだのであった。    「でかした!」    「ランナーが出たのはいいけどどう攻めましょう、センパイ・・・」    マックスがデイルに尋ねる。    「さて、難しいとこ・・・」    と、デイルが言いかけたときだった    ガコン!    シンシアが初球打ちでショートゴロを打ってしまったのであった。    (まずい!)    一塁ベンチ側の皆は誰もがそう思った。    が、皆シンシアの足を忘れていた。    「セーフ!」    二塁でセシルはアウトになったが、シンシアは一塁で生き残った。    「危ない危ない・・・」    「おい、どうするんだ!」    ジャネットがデイルに問いかける。    「ここは確実に・・・」        バキッ!    デイルはル−ファスの顎にアッパーをいきなり叩き込んだ。    「あたたっ・・・。こ、今度は何です・・・」    「送りバントのサインだ、ルーファス」        カツン!    ミュリエルはきれいに一塁線にボールを転がす。    ピッチャーがボールを拾って一塁に投げたが、二塁にシンシアが進む。    送りバント成功である。    次のバッターは今日三打数三安打と絶好調のラシェルだ。    「打ってやるぞぉ!」    ラシェルは元気良くバッターボックスに向かったのであったが、   あっと驚く行動を相手バッテリーは行ったのである。    「ええっ!」    右バッターボックスのラシェルも、一塁ベンチにいたWアカデミーの面々も   皆そう声を揚げた。    キャッチャーが立ち上がって、ピッチャーがそこに向かってボールを投じたのである。    「敬遠・・・」    無理もないかもしれない。    今日当たりに当たっているラシェルよりはチャンスの度に凡退している   ルーファスの方がやりやすいと判断したのであろう。    「ボールフォア!」    ラシェルが一塁に歩き、代わってルーファスが打席に入ろうとする。    「ちょっと待て!」    デイルが大声でルーファスを呼び止めた。    「何ですか・・・」    ルーファスがベンチに戻ってきた。    「お前、なめられてんだぞ。わかっているのか?」    「あ、そうですよね・・・」    「お前・・・」    「えっ?」    「ほんと、バカだな・・・」    デイルはやれやれといった感じでルーファスを送り返した。    (四番とか、Wアカデミーの長というプライドとか持っていないのか、   アイツは・・・)    デイルは不安になったか、バッターボックスに引き返そうとする   ルーファスの元へ走っていった。そして、       バチン!    と、ルーファスの両頬に両手でビンタを喰らわせたのであった。    「どうだ?気合いは入ったか?」    「め、目は覚めたみたいです・・・」    ルーファスは泣きそうな顔で打席に向かった。    このデイルの何気なく(?)とった行動、これが試合を急展開させてしまうのだが・・・    ようやくバッターボックスに入ったルーファスに向かってピッチャーがボールを投ずる。    このときに起こったのであった。    なんと二塁のシンシアと一塁のラシェルが同時にスタートを切ったのである。    「ダブルスチール?」    この大事な場面でのこの冒険は相手バッテリーにとっては全く意表を突かれる   出来事であった。    ボールがミットに収まってもキャッチャーは三塁にも二塁にも投げられることはできなかった。    「ストライク!」    そう審判がコールしてもバッテリーから動揺の表情が消えることはなかった。    「タイム!」    こう言ったのはバッテリーの方ではない。ルーファスである。    実はルーファスにとってもこのダブルスチールは意表を突かれたものであった。    ルーファスは事の真相を確かめるためベンチに駆け戻った。    「センパイ!あれは何ですか?」    「え?俺もあれは・・・」    「あのぉ・・・」    「何だ、セシル」    「デイルセンパイ、『ビンタが盗塁だ!』とか言っていませんでした?」    「そうだったかぁ!」    またデイルが手をポンとたたいた。    「でもなんでダブルスチールなんでしょうか?」    マックスが首を傾げる。    「そらぁ、両頬をバチィーンとやったからやないのか?」    ジョルジュが疑問に答える。    「なるほどね・・・」    ようやくダブルスチールの謎が解けた。    「とりあえず、チャンスは広がったんだ。いいな、ルーファス!」    「ええ・・・」    「もう一発いこうか?」    「さっさといってきまーす!」    ルーファスは逃げるようにバッターボックスに戻っていった。    なんやかんやとあったがルーファスは打つことからしばらくの間   頭から離れたせいか平静さを取り戻しつつはあった。    (ええっと、三塁二塁だからパスボールとかおそれて変化球で攻めまくることは   ないよな。それに左方向にボテボテのゴロを打った場合、内野安打で点が入ることが   あることを恐れて内角を中心で攻めてくることはないだろう。て、ことは・・・    外角のストレートか?)    ついにルーファスの頭から迷いが消えた。    ピッチャーが二球目を投げる。ルーファスの読み通り外角へのストレートだ。    (よし!)    ルーファスは思い切りバットを振り抜いた!    カキーン!    快音が球場に響きわたった。    その音と同時に白球はそのままライトスタンドに突き刺さった。        (第三話 完)
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