第五話 「様々な男達」


 「あら、何なんや、あれ・・・」      ジョルジュは購買で買ったパンとコーヒー牛乳の入った紙袋を小脇に抱えて     廊下を歩きながら窓の外から見える中庭の騒がしい様子に気付いた。      「やけに女の子が多いなぁ・・・」      関心を持ったジョルジュは右手で紙袋を抱えて左手で窓を開けると     桟に左手をおくと体重を左手にかけてひょいっと体を宙に浮かせて     窓から外へ飛び出すのであった。      ドタン!      一階であったが大柄なジョルジュの体のせいか大きな音が響きわたる。      ジョルジュはしゃがみ込んだ体勢から起きあがると人の集まっているところへ     を見つけると紙袋を左手に持ち替えて人混みの方に駆け出していった。          ガヤガヤ・・・     近づいてみると女の子だけでなく男の姿もそれなりに多く見られた。     「いったい何の騒ぎや?」     ジョルジュは長身の体をのばして人混みの向こうを見ようとする。    自分の体格を生かせばこのくらいことも簡単にできることをジョルジュは    知っていた。     「あ、あそこにおるんは・・・?」     ジョルジュほどではないがやはり見慣れた背の高い男がいる。     それは教鞭をボードに指しながら何かをレクチャーしているレジーであった。     「・・・と、オッズはこのくらいかな?」     どうやらレジーは何かの賭けの元締めをやっているらしい。     ジョルジュはレジーの教鞭の指しているところを注目してみた。     「ええっと・・・。何?『ベースボールアカデミー:ウィザーズアカデミー=    2:150』ぅ!」     ジョルジュは賭けの対象が自分たちにあること、そして完全になめられた    倍率であることにいきり立った。     ジョルジュの大声でボードに注目していた生徒達が一斉にジョルジュの方を    振り返った。     「なんだ、そんな大声を出して・・・」     レジーもジョルジュの方を向いた。     「レジー、何のつもりや!」     ジョルジュは人混みを軽く押し分けていってレジーに食ってかかった。     「何のつもりかって・・・。俺は野球大会をネタにして賭けの元締めを    やっているだけだ。それでなんだ?」     レジーはさらりと受け流す。     「俺の言いたいことはそんなことやない!あの『2:150』って倍率は    どういうことなんかと聞いているんや!」     ジョルジュはさらに食ってかかる。     「ああ、実力差から見ても当然そうだろ。これでもみんなベースボールアカデミー    の方にしかかけてこないんだよね・・・。このままでは賭けが成立しないと思っていた    ところなんだけど・・・」     「お前、俺らんところがそんなにヘボいんところと思ってんかい!」     「そうか、ジョルジュはウィザーズアカデミーにいたんだよな・・・    まあ、怒るのも無理もないが相手はプロの世界にも毎年当然のように    選手が入るようなアカデミーだぞ?こうなるのも仕方あるまい・・・」     レジーとジョルジュの言い争いに周りの聴衆はというと、     「レジー様、頑張れ〜」     「レジーさん、そんな奴の言うことなんか無視しちゃえばいいんですよぉ!」     と、いった黄色い声が多く飛び交っていた。     「ジョルジュ、ぎゃふんと言わせてやれ!」     と言う声もかすかに聞こえてきたが、これはおそらくレジーに女性問題で    被害にあってしまった男子生徒の声と思われるであろう。     「わかった。ええっと・・・」     ジョルジュはポケットを乱雑に探り始めた。     そしてポケットから勢い良く手を出してぎゅうっとレジーの手を掴んだ。     「な、なんだ、ジョルジュ?」     「これが今俺が持っている全財産や!」     ジョルジュは手を離すとレジーの手には何枚かのコインとお札が握られていた。     「これを全部ウィザーズアカデミーに賭けたる!」     このジョルジュの声に周りがどよめくのであった。     「本気か、お前?」     レジーは呆気にとられた表情を見せる。     「本気も本気や!なんならここにあるカレーパンとあんパンとコーヒー牛乳もつけるか?」     ジョルジュは大声で言い放つ。     「わかった・・・。この掛け金確かに受け取ったぜ・・・」     レジーはそう言うとポケットに握らされたお金を入れて、    懐からペンと紙を取り出してさっと何かを書き込むとそれをジョルジュの    手に握らせた。     「これは何や?」     「よく見てみろ」     ジョルジュは握らされた紙を確認してみた。     「賭け券か?」     「そうだ」     レジーは髪を手でかき上げた。     「レジー」     「何だ」     「俺は儲からんことはしない主義なんや。後で吠え面かいても知らんで」     「ふ、この俺もギャンブルは百戦百勝で通っている身分なんでね。    その言葉きっちりお前に返させてもらうぞ」     レジーが不敵に微笑む。     レジーとジョルジュの間には張りつめた空気が漂う。     その雰囲気を察したか周りの生徒達も静かになり、    辺りはシーンと静まり返る。     が、その静寂を破るものが現れた。     「こら!あなたたち何をやっているの?」     青いショートカットの少女が大きな声で注意をする。     ソーニャである。     「あ、やば!俺はここでおさらばするぜ。どうもあの女は苦手で・・・」     「待つんや、レジー!」     「じゃ!」     レジーはあっという間にその場から逃げ出してしまった。    その場にいた多数の女の子たちを巻き込みながら・・・。     「だから待てって・・・」     ジョルジュはレジーを追いかけようとしたが首筋をさっと捕まれてしまった。     ソーニャである。     「ジョルジュ、あんた何しているのよ!」     「いきなり何すんのや!」     「何しているのっと聞きたいのはこっちの方よ。    で、あんたたち何やっていたのよ!」     「そ、それはなぁ・・・」     ジョルジュのソーニャへの弁明は昼休み終了のチャイムが鳴るまで続いた。     キンコンカンコーン・・・     放課後を知らせるチャイムが校内に響きわたる。     ここ1年の魔法科の教室でも生徒達が荷物を鞄に詰め始めた。     「よぉ、セシル」     教科書を鞄に入れていたセシルは声のした方を振り返る。     同級生のチェスターである。     チェスターもセシルと同じようにとがった耳を持っていたが、    彼もエルフ族と言うわけではなかった。     彼は炎の民という特殊な部族の出身であり、その身体的特徴として    耳が特殊な形をしているのである。     その他にも髪は燃えさかる炎のように真っ赤であり、    頬には特殊な紋様が刻まれていた。     「評判は聞いているぞ。頑張っているな、お前」     チェスターは人となかなか打ち解けられない性分の持ち主であったが、    自分と似たような特徴をもつこのエルフの少年(正確には少女だが)    心を許せた。     セシルもなかなか友達を作れずにいたのであったが、このチェスター    は割と話す部類に入る級友であった。     「いや、ルーファス先輩がいなければ・・・」     「そうか。あの絆創膏の男か。ぱっと見た感じには大した男には見えないが・・・」     「先輩の悪口は許さないですよ!」     セシルは思わず興奮してしまったが、はっと思ったかすぐに恥ずかしそうに    うつむいてしまった。     「おいおい・・・。まあいい。それよりも今度ばかりは・・・。    不幸だったというしかないな」     「確かに・・・。でもだからといって簡単にはあきらめませんよ!」     「しかし、よりによってファバードの相手をすることになるなんて・・・」     「ファバード?」     セシルは聞き慣れぬ名前について問いかける。     「ファバードか・・・。アイツはベースボールアカデミーに入るや否や    簡単にエースの座に座った脅威の1stだ。それに・・・」     「それに?」     再びセシルが問いかけの言葉をチェスターに投げかける。     「いや、何でもない。俺は帰らせてもらうぞ。お前もとっとアカデミーに    行ったらどうなんだ?」     「は、はあ・・・」     釈然としないセシルを尻目にチェスターはそそくさと教室を出ていった。     チェスターは昇降口の下駄箱で靴を履き替えようとしていたが、     「よぉ」     と言う声に振り返った。     「お前か」     「勉強は順調か?」     声をかけてきたのはベースボールアカデミーのエース・ファバードであった。     「お前ほどではないが一応順調だ」     「相変わらずの口回しだな」     「ところでファバード」     「なんだ?」     ファバードが怪訝そうな声を出す。     「次はウィザースアカデミーなんだってな」     「別に問題ない。俺の剛速球を打てる者など一人もいない」     「大きすぎる自信は過信に繋がるぞ」     「相手が相手だ。関係ない」     ファバードは軽く笑ってみせる。     「まあ、この学園には俺とお前しか炎の民はいないんだ。    そういう俺の忠告ぐらい聞いていても損はないぞ」     「わかった。気持ちだけでも受け取っておく」     そんな二人の独特の世界が形成されていたときであった。     「どけやぁ〜!」     「な、な・・・」          どかーん!          声の主を確認する間もなくチェスターとファバードは吹っ飛ばされた。     「な、なんだ・・・」     「・・・」     二人ともそれがジョルジュであるとは気がつかなかった。     「今日も疲れました・・・」     「シンシア、へとへとなの・・・」     練習を終えたWアカデミーの部員たちは足もしどろに部室に戻ってきた。     「それにしても・・・」     「今日のジョルジュ先輩、妙に気合いが入っていたような・・・」     「なんか変なものでも食ったのか?」     「うるさい!」     ジョルジュは疲れで机にへばりつきながらも大声で言った。     (ジョルジュの奴、いったい・・・)     ジャネットはタオルで髪を拭きながらじっとジョルジュのことを見つめていた。     (第五話 完)     
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