「ジンクス」

 年が明けた清誓の14日。明らかにこの日のルフィミアの様子はおかしかった。 もちろんこの日が最後の魔導検定ということもあったと言うこともあったであろう。 しかし、ウィザーズアカデミー部員全員が同じような事態にあっているのだ。 あの強心臓のミネアやシリウスも緊張の面もちであったのだ。 それに彼女の様子がもっとおかしくなっていったのが試験の終わった後であった。 S&W学園でも指折りの才女である彼女が試験に失敗したということはありえない。 理由は別のところにあった。 「とうとう明日だわ・・・」 「なーに、しけたツラしてんのや、ルフィミア先輩」 「・・・、きゃぁっ!」 急に後輩のミネアに背中にポンとたたかれたルフィミアは思わず悲鳴を上げてしまった。 「い、いきなり・・・。な、何をするんですか!」 「だってなぁ、なぁんかこの世の終わりみたいなツラしているもんだからな。 ちょっと驚かそと思うてな」 ミネアは悪びれた様子もなくニッコリと微笑む。 『暗い』としかいいようがないルフィミアの表情とは対照的だ。 「なんかあったんですか、先輩?」 「い、いえ・・・」 ルフィミアの表情はますます曇っていく。 「先輩のことだから成績が悪うて落ち込んでいるとは思えんしなぁ。 いったいなんなのや?」 「ちょ、ちょっと・・・」 「なんか気になるけどなぁ・・・」 ミネアは自分の顔をルフィミアの顔に近づけてじっと目を見つめる。 「あ、あ・・・」 ルフィミアは手に持っていた試験の書類でとっさに顔を隠してしまった。 「えっと・・・。全部合格、しかもみんな高レベルやん。じゃあ・・・」 「そ、その・・・」 「もしかしてあ・・・」 「だ、だからぁ!」 ルフィミアは顔を真っ赤にさせてしまう。 「何勘違いしてんですか?あたしは朝悪いものでも食ったのかなぁと 言おうとしただけですもん」 「あ・・・。そうだったのね・・・」 ルフィミアはごまかすように苦笑いしてしまう。 「まあ、ええわ。とりあえずあたしはとっとと家に帰って今日の結果 報告せんといかんから。また明日な、先輩」 「あ、さよなら・・・」 ルフィミアは足早に帰っていった後輩を尻目にチラリとある人物の後ろ姿を 見るのであった。 「シオン先輩・・・」 ルフィミアも試験場を後にした。 帰路においてルフィミアはふと頭にいろいろなことを思い描いてみた。 これまでのアカデミーでの活動。明日に迫った自分の誕生日のこと。 そしてシオンのこと・・・。 そして気がついたときにはとある場所にたどり着いていたのであった。 「私、いつの間に・・・」 ルフィミアは気がついて辺りを見回してみると本棚に囲まれた空間に その身があるのに気がついた。 彼女が毎日のように来ている場所・・・学園の図書館である。 おそらく知らず知らずのうちに体が本能的にここに向かったのであろう。 ルフィミアがここに来るのは本の世界にのめり込むためだけではない。 何かついて深く考えたいとき、何か壁にぶつかったときなど、 ターニングポイントにさしかかったときには自然にここに足を運んでいるのである。 ルフィミアは何とはなしに一冊の本を本棚から手に取ると、 テーブルに腰に落ち着けてパラパラとめくるのであった。 このときのルフィミアは本の世界に入っているわけではない。 本をめくる行為は何かについて考えるときのスパイス程度のものにしか なっていないのである。 幾分か時が経ったであろうか。 「もしもし・・・」 「・・・」 「あのぉ・・・」 「・・・」 ルフィミアは彼女を呼ぶ声に気付かないでいる。 コホンと咳払いする音も出てくる。 それでも彼女は反応しなかった。 今の彼女の聴覚は恐ろしいほど鈍っている。 ついに音での訴えかけは無理だとさとったか、 声の主はルフィミアの肩をトントンとたたいてきた。 触覚は鈍っていなかったようだ。 ルフィミアはここでようやく背後の方を振り返った。 「司書さん・・・」 「やっと気がついたみたいね、ルーちゃん。もう閉館の時間よ」 司書のリディアお言葉に、ルフィミアは図書館の隅にかけられてある 大時計を見てみる。 確かにもうそんな時間である。 「反応が鈍かった割にはあまり本をめくるスピードは早くなかったみたいだけど・・・ なんか考え事でもしていたんでしょう?」 リディアの核心を突いた言葉にルフィミアは戸惑いの表情を見せながらも ただ頷くしかなかった。 「何故わかったのですか・・・」 「それは私も伊達にあなたのここでの行動をたくさん見てきているからね。 まわりの声が聞こえない割には読書の消化スピードがおそすぎると思ったのよ」 「は、はぁ・・・」 「そんなときは必ずあなたが何か考え事をしているとき。 それも結構深い悩みのね・・・」 ルフィミアはただもうリディアの言葉に首を縦に振り続けるしかなかった。 「ちょっと私に打ち明けてみなさいよ、ルーちゃん・・・」 「で、でも・・・」 「まあ、短いつきあいじゃないんだから。無理に、とは言わないけど・・・」 ルフィミアは沈黙するばかりであった。 やがて数分の後ルフィミアは静かに頷くのであった。 「それじゃこっちに来てくれるかしら・・・」 「なるほどね・・・。恋の悩みってわけね・・・」 「えっ、えっ・・・」 自分の心の中をリディアに打ち明けたルフィミアは、 いきなりのリディアの言葉に顔を赤らめてしまった。 「まあ、恋っていいものよねぇ・・・」 「それは司書さん、新婚だもの・・・」 リディアの幸せそうな様子にルフィミアは苦笑いしてしまう。 「しかし、5年前とそっくりよねぇ・・・」 「5年前?」 ルフィミアは唐突に出てきた言葉について問いかける。 「いや、5年前ね・・・。ちょうどその時ウィザーズアカデミーが やっぱり今のように滅亡の危機にあってね・・・」 「その話はシオン先輩やシリウス教官からいやというほど聞かされました・・・」 「その時もあなたと同じような本の虫みたいな文学少女がいたのよ。 やっぱり眼鏡の似合う可愛い女の子がね」 「私・・・、そんなにかわいいとは・・・」 「あら、ルーちゃんはとてもかわいいと思うわよ。」 「え、そ、そうですか・・・」 「あら、ちょっと話がそれちゃったわね」 リディアはまたコホンと咳払いして気を入れ直した。 「で、その娘もやっぱりその時のアカデミーマスターに恋してしまったわけなの。 それで・・・」 「それで・・・、それでどうなったのですか?」 ルフィミアは体を乗り出してくる。 「まあまあ落ち着いて、ルーちゃん」 リディアはチラリと背後の方に目をやり確認すると、 「お願い、ちょっとこっちに来てぇ!」 と、呼びつけるのであった。 程なくしてその呼ばれた人物はやってきた。 「あなたは・・・。ここのアルバイトの方ですよね?」 「ええ・・・。で、何か用があったのでしょうか、司書さん?」 「実は・・・」 「は、もしかして・・・」 ルフィミアはアルバイトの娘を読んできた意味を悟った。 そんなルフィミアの様子にリディアは軽くウインクする。 「実はね、この娘もね・・・」 リディアはルフィミアのことをアルバイトの娘に話した。 リディアの話を聞き終わった後、その娘はニコリと微笑むのであった。 「5年前と同じね・・・」 そのアルバイトの娘、ミュリエルも5年前は ウィザーズアカデミーに所属する娘であった。 当時のマスター、ルーファスに誘われた形で入部したのであったが、 彼のひたむきさ・熱心さといったものに徐々に惹かれていったのである。 そして・・・。 「どうなったのでしょうか?」 「うふふ、それはね・・・」 リディアはミュリエルを見てフフフと微笑んだ。 ミュリエルは顔を赤くする。 「それって・・・」 「そう、今ではね・・・」 ギィィッ! 急にドアの開く音がした。 「迎えに来たぞ、ミュリエル!」 頬に絆創膏をはった中肉中背の一人の青年が姿を現した。 「あの方ですか、伝説と言われたルーファス先輩は・・・」 ルフィミアの問いにミュリエルとリディアは頷いた。 「と、言うことなのでお暇させてもらいますけど・・・」 「ええ、彼を待たせちゃまずいもんね」 「あっ・・・」 『彼』と言う言葉に反応したかミュリエルは頬を赤らめてしまった。 「そ、それでは・・・」 ミュリエルはルーファスに肩を抱かれて図書館を後にした。 そんな様子をルフィミアはじっと見つめていた。 あこがれを含めたまなざしで・・・。 「どうだった?」 「え、ま、まあ・・・」 ルフィミアはぼうっとした様子である。 「私ってこれって運命のような気がするのよ」 「運命?」 「5年前ウィザーズアカデミーが危機になり、それを阻止するために 一人の青年が動き回り、その動きで入った一人の文学少女がその青年に 恋をした。そして二人は・・・」 「は、はい・・・」 「今も5年前と同じことが起きているなんて・・・。 また滅亡の危機に遭ったなんてこの時もはらはらしたものだけど、 何故かラブロマンスまで一緒に起こっているんだもの、 それも同じように文学少女がアカデミーマスターにという 中身も一緒だもの・・・」 「・・・」 「だから安心しなさい!流れから見てあなたは大丈夫だから・・・」 「あ、は、はぁ・・・」 「ほら、しっかりしなさい!」 気のない様子のルフィミアに渇を入れるようにリディアはルフィミアの背中を ポンとたたいた。 「きゃっ!」 「とりあえずいきなり安心しろと言われても無理かもしれないけど、 こういったいいジンクスがあることを胸にしまっておきなさい」 「は、はい・・・」 ルフィミアの表情からはこの日始めての微笑みがこぼれていた。 ルフィミアは翌日の彼女の誕生日の後、とある決心をした。 「絶対に・・・」 学園の卒業式の日、紫色のドレスを身にまとった彼女はそっとテラスに抜け出して その時を待ち続けるのであった・・・。 「好きです・・・」

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