「ふう・・・」
      メイヤーは宿のベッドに寝転がって、
      以前古代料理を異世界の少年〜良作に食べさせたことを思い出していた。
      (あの時は、失敗したなぁ・・・。)
      名誉挽回の方法は無いかと思案していると、手に野菜や肉の入った買い物袋を
      さげたカレンが部屋に入ってきた。
      「あら、メイヤーちゃん昼間から寝転がっていて、具合でも悪いの?」
      「いいえ、そうじゃないんですけど。あら、その買い物姿は・・・」
      「ここの宿って食事を自分たちで作らなきゃいけないのよ、・・・安宿だから」
      「現在の我々の経済状況を考えると仕方ないですね・・・」
      ここ最近、良作達以降はカイル、レミットにアルバイトをことごとく邪魔されたおかげで
      所持金が底をつきかけていた。
      今も良作はフィリーを連れてアルバイト探しに行っている。
      「そういえば、楊雲ちゃんはどうしたのかしら?」
      「ここにいますが・・・」
      楊雲はいつ入ってきたのか、もう一つのベッドに腰掛けていた。
      「おーい、みんないるー?・・・プゲ!」
      そういいながらフィリーが窓から飛び込んできた。やけに慌てているらしく、
      勢い余って窓の正面に立っていたカレンの胸に突っ込んでしまった。
      「ちょっとちょっと、一体何があったの?そんなに慌てて」
      「本当。気が著しく乱れているようです」
      「賭試合よ、この町で賭試合のトーナメントをやるんだって」
      カレンの胸から顔を離したフィリーは手に持っていたチラシを三人に見せた。
      「何々・・・”優勝賞金二万G、一般参加大歓迎。
      *参加者はセコンド一名をつけることを義務づける*”ですって」
      「だから、カレンにセコンドについてほしいのよ」
      「別にいいけど、晩御飯つくれなくなっちゃうわよ」
      カレンは買い物袋の方に目を向けながら言った。
      「それなら、私がつくりましょうか」
      「あ、そうだ。楊雲にも一緒に来て欲しいのよ。ほら、ここ見て」
      フィリーがチラシの下の方を指差した。
      そこには、神聖魔法の使い手募集という記述があった。
      「わかりました。参りましょう・・・」
      「と、言うことは、私が晩御飯を作ることになりますね」
      メイヤーが目を輝かせた。
      (これは名誉挽回のチャーンス!!)
      「メイヤーちゃん、何か嬉しそうね」
      「えっ、そう見えますか?」
      「カレーン、早く行こうよー」
      フィリーは窓から外に出て、カレン達が出てくるのを待っているようだ。
      「じゃ、晩御飯のこと、お願いね」
      「行って参ります・・・」
      二人が宿から出ていくと、メイヤーはおもむろに自分のカバンを出し、
      中から本を取りだした。遺跡や、歴史書の類の本が多数を占める中、
      何冊かの料理の本の中から、カレンが買ってきた材料で作れるものを探し始めた。
      「えっと、・・・これにしようっと」
      選び出したのは、ごくありふれたシチューのようであった。
      買い物袋を抱え、メイヤーは宿の客用に解放された台所に入った。
      そこにはよく手入れされた包丁や鍋が整然と並べられ、
      コショウなどの調味料も豊富に揃えられていて、
      安宿にしてはかなり整った設備である。
      まず、メイヤーは野菜の皮むきを始めたようだ。
      スルスルと器用に皮を剥いていき、程なくして野菜は綺麗に角切りにされた。
      「フフッ、我ながらうまくできているみたいですね」
      気をよくしたメイヤーは、鼻歌交じりに作業を進めていった。



      一方、良作は賭試合のリングに立っていた。
      「そこまで!勝者、良作!!」
      観客から勝者を称える歓声と敗者に対する罵声が混ざり合って良作の耳に飛び込んでくる。
      「すごいじゃない!良作クン。もう準決勝まで来ちゃったわ!」
      「ハハ、運が良かっただけさ」
      「ええと、次の相手は・・・って、カイル!?」
      フィリーが指差した方を見ると、確かにカイルが相手側のコーナーに上がって来ていた。
      どうやら向こうも、こちらに気付いたようだ。
      「ほう、次の相手はお前か。これは面白くなるな」
      「あら、良作さん達ですね。では、ご挨拶を・・・」
      カイルのセコンドに付いているのはどうやら若葉のようだ。
      「せんでいいわい!」
      「でも、知り合いなんですから、挨拶ぐらいは・・・」
      などと言い合っているうちに、試合開始のゴングが鳴らされた。



       時間は少々経ち、再び宿屋の台所。
      「う〜ん、味付けもこれでOKね」
      メイヤーの料理は、順調にできつつあった。
      (良作さん、喜んでくれるかしら・・・)
      良作の喜ぶ顔を想像して思わず微笑んでしまう。
      「後は煮込むだけね・・・その間に本でも読もうかしら」
      メイヤーはその場を離れ、本を取りに行ってしまった。
      「・・・おのれぇ〜良作めぇぇぇぇぇっ!!」
      カイルは怒りをむき出しにして歩いていた。
      どうやら、試合は良作が勝利を収めたらしい。
      「今度会ったときはどうしてくれよう・・・おっ、あれは良作達のパーティーの・・・」
      ちょうどメイヤーが本を取りに台所を離れようとした所だった。
      「何やらいい匂いがしているが、もしや・・・」
      窓から忍び込み、辺りを見回すと思った通り、火にかけられ
      コトコトと煮立っている鍋があった。
      「これが奴らの夕食か・・・フフフ、これはいい」
      不気味な笑いを浮かべ、カイルは懐から怪しげな袋を取り出し、
      中から木の実らしき物をいくつか出すと、鍋の中にポイと放り込んだ。
      「これを奴が食えば・・・ハッハッハッ」
      そうこうしているうちに、メイヤーの足音が近づいてきた。
      窓から逃げようにも、そのような時間の余裕も無かった。
      とっさにカイルが潜り込んだのは冷蔵庫であった。
      「さ、寒い・・・」
      カイルは逃げるに逃げられず、寒さに震えながらぞこにいるしかなかった。
      「たっだいまー!」
      台所の扉が開くと、フィリーが元気良く飛び込んできた。
      続いて良作、カレン、楊雲が入ってくる。
      「お帰りなさい。食事の支度は出来ていますよ」
      メイヤーに促され、台所のテーブルに全員がついた。
      目の前にはシチューやパン、サラダが置かれ、シチューのいい匂いが
      鼻をくすぐっていた。
      「そう言えば、賭試合の方はどうでした?」
      「もっちろん優勝よ!!」
      フィリーが誇らしげにVサインを出した。
      「その賞金と楊雲ちゃんのアルバイト代を合わせたら・・・」
      「当分路銀に困ることは無いでしょう」
      「それは良かったですね。・・・あ、冷めないうちに早く食べないと」
      そう言われて真っ先にフィリーがシチューを口に運ぶ。
      続いて、カレン、楊雲も食べ出した。
      最後に良作もスプーンを口に入れた。
      「あ・・・」
      「これは・・・」
      「なんて・・・」
      「お、美味しい。メイヤー、本当に美味しいよっ!!」
      「うふふっ、お代わりなら沢山ありますからどんどん食べてくださいね」
      二口、三口とシチューを口に運ぶ良作はその味の左に感動すら覚えた。
      四口目を口に運ぼうとしたとき、見たこともない実が入っているのに気付いたが、
      さして気にもせずに、口に入れ、そしてかみ砕いた。
      カリッ。
      バンパンパンパパンバンバンパーン!!
      良作の口の中でその実は割れ、爆竹のように派手な音を連続で発しながら弾け回った。
      そのショックで良作は気絶したらしく、椅子ごと仰向けにぶっ倒れてしまった。
      「どうしたの一体!!」
      「弾け草・・・ですね」
      「と、とにかく、良作さんの手当を!!」
      ゴトリ。
      良作のことで混乱しているところに冷蔵庫から物音がし、何かが転げ出てきた。
      「今度は何!?」
      「フフ、ハーハッハッハ・・・ぶへっくしょい!!」
      転げ出てきたのは、カイルであった。ずっと冷蔵庫に隠れていたせいで、
      体をガチガチと震わせている。その上風邪もひいたようだ。
      「か、カイル!何であんたがここにいるのよ!?」
      「知れたこと。弾け草を食ったマヌケを見るためだ・・・ぶへっくしょい!!」
      「あなたなのね!弾け草をシチューに入れたのは!」
      「その通りだ。・・・ぶへっくしょい!!」
      「・・・・・・・・。」
      「メイヤー、メイヤーどうしたの?」
      メイヤーは、気絶した良作の傍らに座り込んでいた。
      フィリーの呼びかけに何も答えずに、小刻みに方を震わせている。
      「ひどい・・・味付けも完璧だったのに・・・良作さんが・・・
      美味しいって言ってくれたのに・・・・何てことをしてくれたんですかぁっ!!」
      逆上したメイヤーの目は、例えようの無い怒りに燃え上がっていた。
      そして、信じられない素早さで呪文の栄邵を始めた。
      「ちょ、ちょっと、メイヤー落ち着いて・・・きゃあっ!」
      高位攻撃呪文が発動するときに生じる魔法風がフィリーを吹っ飛ばした。
      「一体メイヤーどうしちゃったのよ!?」
      「いけません、見境がなくなっています」
      楊雲がアース・シールドを張ったが、荒れ狂う魔法風はとどまる所を知らない。
      「一体何だっていうんだ・・・へっくしょい!」
      うろたえるカイルに向かってメイヤーの鋭い視線が飛んだ。
      同時に、攻撃呪文の発動を命ずる最後の言葉が発せられた。
      「ヴァニシング・レイ!!」
      「危ない!カイルクン逃げて」
      カレンが後ろに倒れながら叫んだが、同時にヴァニシング・レイが発動した。
      光の粒子が収束し、炸裂した。
      そして、大音響とともに宿屋の台所の穂飛んだが破壊されてしまった。
      メイヤーは、ヴァニシング・レイを発した直後に
      糸の切れた操り人形のごとくその場に倒れ込んだ。
      よろよろと立ち上がったカレンと楊雲は、台所の惨状に目を見張った。
      周りには、野次馬が集まりだしてきている。
      「あーあ、どうしよう、コレ」
      フィリーもこの状況に唖然とするばかりであった。
      「カイルクン、大丈夫かしら・・・」
      カレンが心配げにあたりを見ていると、向かいの建物の屋根に
      引っかかっているカイルを見つけた。
      恐らく、爆風で吹き飛ばされたのだろう。
      「誰か下ろしてくれー・・・ぶへっくしょい!!」
      くしゃみ混じりに道行く人々に助けを求めていた。
      「高速呪文詠唱に最高位攻撃呪文、精神力を使い切ったようですね」
      楊雲がメイヤーの様子を見立てていると、宿屋の主人が自警団を連れて
      元は台所だったところに駆け込んできた。
      「これは、言い訳するのが大変ね・・・」
      カレンとフィリーは、大きく深いため息をついた。
      翌日、良作達一行は次の町に旅立とうとしていた。
      「本当に昨日はすいませんでした、
      私のせいでせっかくの優勝賞金がほとんどなくなっちゃって・・・」
      「別にいいよ。建物の修理代で済んだだけでもありがたいと思わなきゃ」
      それだけで済んだのは、カレンとフィリーが夜明けまでかけて
      宿屋の主人を言いくるめたからである。
      「そういえばお口のけがは、もう大丈夫なんですか?」
      「ああ、まだちょっとヒリヒリするけどね」
      「良作ーなにやってんのよーっ!先行くよー」
      フィリーが窓から顔を出してきた。
      楊雲達も既に支度を済ませている。
      「分かった、すぐ行くよ。・・・ところでメイヤー」
      「ハイ、なんですか?」
      「昨日のシチュー、今度また作ってくれるかい?」
      「え、・・・ええ、喜んで!」
      良作の一言に、メイヤーは満面の笑みでそれに答えた。
      そして、また良作達一行の旅は続くのであった。





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