第一話 「1月の災難」
「ふう・・・。さて、どうしようかな・・・」
1月の冷え切った街の中を一人の青年が歩いている。
彼の名は高根沢俊作。私立大の1年生だ。
彼は来年2年生になるための試練・・・後期試験を今日終わらせたところである。
今まで真剣勉強であくせくしていた分、ゆっくりと街をぶらぶらとしている。
(帰って思いっきりゲームでもすっかな・・・)
そう思っていた俊作だが、
(もう少しぶらぶらしてみるか・・・。もう明日からは休みなんだし・・・)
と、思い直して今来た道を引き返すことにした。
カンコンと乾いた音が行き来する自動車のエンジン音に混じって
あたりに響いている。どうやら近くで何かの工事をしているらしい。
俊作は音の出所を確かめるためにふと歩きながらあたりを見回してみることにした。
(あれか・・・)
交差点の向こうでビルの建設工事をやっている。
どうやらあれがカンコンの出所らしい。
音の出所もわかってほっとしたのか、俊作は今までの注意力を全て消し去って
ぼうっと交差点を渡ることにした。
が、これがとんでもないことに繋がるとは俊作も夢にも思わなかっただろう・・・。
すうっと工事中のビルを通り抜けようとした俊作だったのだが、いきなり、
「あぶなーい!」
という声が彼の耳に入ってきたのだった。
(え?)
そう俊作が気づいたときには遅かった。
もうすでに彼の頭上には建設中のビルから落ちてきた鉄骨が迫ってきたのだったからだ。
「うわっ!」
「・・・。ん・・・」
俊作は目を覚ました。
(俺、どうしちゃったのかな・・・)
俊作は体を起こさずに首を動かしてあたりを見回した。
まわりには花畑、それには見事までに澄み切った青い空が広がっている。
(もしかして、天国か?)
「ちょっとぉ!ちょっとぉ!」
(ほら、天使の声も聞こえてきたぞ・・・)
「こぉら!」
(天使にしちゃやけに乱暴な声だな・・・)
「もう!どきなさいってば!」
(どけ?)
俊作はその声を聞いた瞬間、寝転がった自分の背中がむずむずするのを感じた。
(ん?まさか・・・)
俊作は体を起こした。
「ふう。ほんと死ぬかと思ったわよ・・・」
「!!!!!!!?」
俊作は声が出なかった。
目の前には小さい頃絵本で見たような妖精が苦い表情を浮かべながら
ぷかぷか浮かんでいたからである。
「何なの?さっきからこっちをぼうっと見ちゃって・・・
いくら私が魅力的だからといっても、レディに対して失礼じゃない?」
「ちょっと聞きたいのだけど・・・」
ようやく俊作が口を開いた。
「と、その前にあんたの名前を教えてくれない?
まず自分が何者か名乗るのがスジってものでしょう?」
「ん、ああ・・・。」
俊作は自分よりも何まわりも小さい妖精に詰め寄られる。
「ええっと、俺は高根沢俊作。俊作でいいよ・・・」
俊作は仕方なくといった感じで自分の名前を名乗った。
「ふううん。変な名前ね。あ、私の名前はフィリー。
見てのとおりのキュートな妖精よ」
「妖精?ってことはやっぱりここは天国ということなのか?」
「あのねえ、天国行きそうになったのは私のほうよ!
それにここは天国でも地獄でもあの世でもないわ!」
「じゃ、ここはいったい・・・」
「ここはパーリアの街。正確に言うとパーリアの街の郊外ね」
「・・・」
俊作はわかったようなわからないような表情をする。
「ところであんたはどこからやってきたの?」
今度はフィリーが逆に質問をする。
「うううん、なんて説明したらいいのかなぁ・・・」
「ああっ、もう!面倒くさいから全部ぱぁってしゃべっちゃいなさい!」
「ん、ううん・・・」
俊作はまともに信じてもらえるかどうか不安に思いながらも、
いかにしてこの世界に飛ばされてきたかをできるだけ明確に
フィリーに説明した。
「ふううん・・・。で、やっぱり元の世界に戻りたいの?」
「そうだよ!お前妖精だからなんかこうぱぱっとできないか?」
「いくら私がかわいいといっても、それは無理な相談ね」
「ええっ!」
フィリーの残酷な返答に俊作は思わず落胆の声を揚げてしまった。
「うううん、まいったなぁ・・・。誰かほかに助けてくれる人はいないのか?」
(ポロロン)
「お呼びでしょうか?」
「おわっ!あんたいったいどこから出てきたんだよ?」
「あっ!あんたは吟遊詩人のロクサーヌ!」
「どうも。はじめまして。ええっと、俊作さんでしたっけ?」
一見女にも男にも見えるような人物がいきなり現れたと思うや否や、
俊作に話しかけてきた。
「ああっ、そ、そうだけど・・・。あんたがもしかして戻してくれるのか?」
「いやあ、いくら私でもそんな力はありませんよ・・・」
「ええっ?とほほ・・・」
「話はまだ終わっていませんよ。実は・・・」
「実は?」
俊作とフィリーはロクサーヌに詰め寄る。
「あ、ここで立ち話もなんです。どこか落ち着ける場所でじっくりと
そのことについてお話ししましょう」
このロクサーヌの言葉に俊作とフィリーは思わずずっこけた。
「あのねえ、ロクサーヌ・・・。で、どこでそのことについて話すの?」
フィリーが起きあがりながらロクサーヌに尋ねる。
「そうですねえ・・・。カレンさんのところはどうです?
彼女はいろいろと面倒見のいい方ですし・・・」
「うううん、私はあんまり気が進まないけどね・・・。
まっ、確かに”変わり者”に対する面倒見はいい人だけどね・・・」
(うううん、何か気になるなぁ・・・)
俊作はそんなことを考えつつも、他に頼れる人もないので
おとなしくロクサーヌの言葉に従うことにした。
コンコン!
「すいません。ロクサーヌです。カレンさんはおられますか?」
「はーい!」
カラン!
元気な声と同時にバンダナを頭にまいた長身の女性がドアを開けて
姿を現した。
「どうしたの、ロクサ・・・、ん?そこのぼうやは誰?」
「ぼうやって、俺?」
俊作が自分を指さしながら尋ねる。
「あんたぐらいしかいないでしょ、このメンバーの中では・・・」
「おい、フィリー!」
「くすくす・・・。まあ、3人ともお上がりなさい」
「それではお言葉に甘えまして・・・」
俊作たち3人はカレンの家に上がることにした。
3人が通された部屋は大きなテーブルが中央に置かれ、一輪の花がさされた
花瓶が置かれている。食器や調味料などがきれいに整理された食器棚も
脇に置かれていて、床には塵一つも見あたらない。
「相変わらずお綺麗な部屋ですね」
「まあ、掃除だけは欠かさずやっているから・・・」
「とりあえず話の続きをしてくれないか、ロクサーヌ」
「まあまあ・・・。カレンさん、彼にお茶を出していただけませんか?」
「はーい!ロクサーヌやフィリーちゃんの分も用意するわね」
「おい、ロクサーヌ!」
「まあまあ、俊作さん。焦る気持ちはわかりますが、
とりあえずゆっくりと腰を落ち着けてください」
ロクサーヌが俊作をなだめる。
「わ、わかったよ・・・」
俊作がしぶしぶテーブルにつこうとした時だった。
ゴンゴンゴン!
「すいませーん!いますか、カレンさあん!」
甲高い声と乱雑にドアをたたく音が玄関の方から聞こえてきた。
「ん?この声は・・・」
「どうやらメイヤーさんのようですね」
「メイヤー?」
俊作がロクサーヌとフィリーに尋ねる。
「メイヤーはね・・・、この街でも1、2を争うくらいの変わり者よ・・・」
「あなたも十分変わり者ですよ、フィリー・・・」
「あのねえ、ロクサーヌ!」
「あ、私が出るわね」
「ここは私が出ましょう。カレンさんはメイヤーさんの分のお茶を入れてあげてください」
そう言うとロクサーヌは玄関に行ってメイヤーを迎えに行った。
「メイヤーって、どんな娘なの?」
「変わり者」の言葉が気になったか、俊作はお茶を運んできたカレンに
問いかける。
「そうねえ・・・。彼女はすごい歴史好きでね、普段は博物館なんかに
こもっているか、遺跡に調査に行くかって娘なのよ・・・」
「何ですか?」
「め、メイヤー!」
フィリーが驚きの声を揚げる。
大きな眼鏡をかけたソバージュの女の子がいきなり姿を現したからである。
「ええっと、はじめまして。メイヤー・ステイシアです」
「ああ、俺は高根沢俊作。俊作でいいよ」
「話はロクサーヌさんから聞きました。あなたが異世界から飛ばされてきたという
方なんですね?」
「ええ。そうだけど・・・」
「非常に興味があります!是非向こうの世界の様子を詳しくお聞かせください!」
「早く話が聞きたいのは俺の方なんだけど・・・」
「おっと、そうでしたね。それでは先ほどの話の続きをお話ししましょう・・・」
(ポロロン)
ロクサーヌはそう言うと静かにリュートを奏で始めるのであった。
(第一話 完)
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