良い日の冒険
困った。困ったことになった。
目の前にはゴーレムが無機質な体を動かしている。
古代の魔力が尽きるまでその巨大な体は痛みも感じずに動き続けるだろう。
こちらには魔力が尽きかけている魔法使いが二人である。
『今日は死ぬには悪くない日だけどチョット早すぎるよな。』
切羽詰まると変な事を考えるものだと思いながら
妙に落ち着いている自分に気づいた。
そう、今日なら死ぬのも悪くない。
朝の目覚めは大切である。
前にいた世界では、目覚まし時計などという無粋な機械の
電子音で目を覚ましていたが、ここは別世界である。
野宿の普段は太陽の光や小鳥のさえずりなどで起きる。
でも今日は久し振りの宿屋泊まり。明日は休日ということにしたので、
いつものごとく惰眠をむさぼるか(メンバーには呆れられている)、
そうでなければかわいい女の子の声で起きたいものだ。
ベッドの上でそんなことを考えてから寝たからだろうか。
ドアを叩く音と共に奇麗で透き通る、落ち着いていながら
軽やかな声がしてきた。
「ザビーさん起きてください。」
不用心にも鍵をかけ忘れていたため、一冊の本を持った少女が
ドアを開けてソバージュのロングヘアーを揺らして近づいてきた。
彼女の名はメイヤー・ステイシア、自称考古学者の18歳の人間の女の子だ。
考古学の探求の前には常識など無くなってしまうこともあるが、
素直な知的好奇心を持った嫌味の無い良い娘である。
女の子の声で起こされるのはとても良い。でも声の主が
分かったときに僕は次に続く言葉を覚悟した。
「この街の西の外れの先に未だ発掘されていない遺跡があることが
この本に載っていました。今から行けば今日中に戻ってこれると
思うのですけれど、早く出発しましょう。」
見ると彼女はすでに出かける準備が出来ているらしい。目を輝かせて
じっとこちらを見詰めている。
『そんなに街の近くなのに発掘されて無いってことは近付き難い所に在るか
とてつもなく物騒なところかどちらかじゃないのか?』
眠い頭でもすぐに浮かんできた言葉を取りあえず飲み込む。
世の中には無駄なこともあるのだ。このモードの彼女に常識は通用しない。
彼女を危険な目に合わせたくないのならどんな所か一緒に見てあげるのが
最善の策である。
そんなことを考えていると彼女は少し不安げな表情を浮かべて、
「あの、前は真夜中だったので色々ご迷惑をおかけして、で、
今日は少し寝てから気を落ち着かせて来たのですが。」
以前の事件を気にしているらしく珍しくしおらしいことを言い出したので
「じゃ、準備が出来たら行くから玄関で待っていて。」
と、とぎると。
「はい。」
と言うや彼女は足早に去っていた。
窓を開けて少しため息が出る。未だ太陽は十分すぎるほど地平線の下にあった。
遺跡はやはり近付き難いところに在った。彼女の解読した文章を
頼りにしても入り口までのトラップはこちらを十分に疲れさせた。
しかしそのかい在って、遺跡は素晴らしく、彼女は最高の笑顔を僕に見せてくれた。
それだけで今日は最高の日だ。
そう、この笑顔が見たいだけでここまでつきあってしまうのだ。
で、始めに戻って困ったのである。
遺跡の中心部にもトラップが在ったらしく、ゴーレムさんがお出ましになったのだ。
別に二人とも財宝目当てではなかったので、
いくつかのトラップには手を触れずにいたのが仇になったようで、
一つの壁に手をついたとたんそこが崩れ去り、
岩の塊が動き出したのだ。ゴーレムは攻撃力と体力が高いので相手の
攻撃を防ぐのは大変だが、持ちこたえている間に魔法で倒せない相手ではない。
ここで僕はとんでもないことに気づいたのだ。僕は彼女と話を
合わせるためにこちらの世界で勉強をしていたら魔法使いの特性
ばかり伸びたのである。
『パーティーバランスが悪い。』そのことにいま気づいたのだ。
僕の体力、防御力ではゴーレムの攻撃を最後まで防げないだろう。
で、今日は十分幸せな思いもしたし、二人一緒に死んでもいいかな
と思っていたら彼女が変な呪文を詠み出した。
と、ゴーレムは止まる。
「はー。良かったですね止まりましたよ。」
足をがたがた震わして、目から涙をボロボロこぼしているのを見ると
ゴーレムの止め方を知っていた訳では無いらしい。
「この遺跡は古代の王を賛えるものでして、
『王を賛えぬ者には死を王を賛えるものには生を』
という古代語が初めの扉に書かれていたのですよ。
で、ひょっとしましたら王を賛えたら許してもらえるんじゃないかと思いまして、
とっさにこの地方の古代語を詠唱しようとしたんですけれども、
三度も間違えてしまって、でもどうしてもあなたに死んで欲しく無くって、私、私、…」
そこまで言うと、とうとう彼女は本格的に泣き出してしまった。
「心配掛けてご免な、もう少しパーティー編成を考えて来ればよかったよな。」
彼女を安心させるつもりで言った何気ない一言に驚くほどの反応をした。
「違います!私がいけないんです!私があなたと一緒にいたいと思ったから。
あなたと二人でこの遺跡をどうしても見たかったんです。」
そう言いながら嗚咽を続ける彼女の肩を抱きながらしばらく黙り込む。
「僕も君と二人でなら何処だっていけるさ。また一緒に冒険をして、
新しい発見をしようよ。」
意を決して発した僕の言葉に彼女は顔を上げた
「二人で?」
「そうさ、僕と君でいつまでもさ」
彼女の目が輝くのを見つめて思った。
やっぱり今日は良い日だった。
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