第二話 「3日ぶりの再会」


     「それじゃあ俺は帰るな」      「じゃ、また明日な」      とうとう昌太郎たち一年生にとっての高校生活が始まった。      まだ始まって3日目だが、環境が変わったせいか疲れた表情を見せている生徒     が多く見られる。      が、今日はそういう表情もなかなか見られない。      「おまえどこの部に入る?」      「おれは中学からサッカーやってきたからサッカー部に入るつもりだけど・・・」      「ねえねえ。敦子はどこのクラブにするの?」      「そうねえ・・・」      今日は授業は午前で終わり、午後からは部活動の勧誘活動のための時間が     設けられたからだ。      部活動に参加したくない生徒はここで帰宅してもよいことになっている。      広人は家の手伝いに専念したいため、部活には入らないことにした。      だからここで帰ってしまったのである。      親友と別れた昌太郎はいつも昼食を囲んでいた相手がいなくなってしまったので、     一人で弁当を食べることになった。      (こうやってひとりで弁当食うのも久しぶりだな。     いつもはヒロの奴が正面にいたからな・・・)      そう昌太郎が弁当の包みを開けようとしたときである。      「よう!」      昌太郎にとって聞き覚えのある声が彼の耳に入ってきた。      「なんか寂しそうなツラしているなあ。よかったら俺らと飯を食わないか?」      「ん?お前は早乙女・・・だっけ?」      「そうだ。で、どうだ、一緒に?」      好雄の勢いに飲まれた昌太郎は思わずこくりと頷いてしまった。      「ようし!じゃ、机移動してくれないか?」      「あ、ああ・・・」      昌太郎は好雄の言われるままに机を動かす。      「さてっと・・・」      昌太郎は椅子に腰を下ろす。      「どうも。ええっと、古川だっけ?」      好雄の言っていた「俺ら」にあたるもう一人の男が昌太郎に声をかける。      「そうだけど・・・」      「俺の名は高見公人。何の因果かこいつと友達になってしまった     不幸な男だ」      「おい、公人!不幸なのは俺の方だ!」      「何だと、好雄ぉ!」      「ははは・・・」      そんなこんなで昌太郎は好雄と公人とすっかり打ち解けることができた。      二人としゃべっているうちに昌太郎は、好雄が女の子のデータをはじめとした     情報収集のエキスパートということや、公人が昌太郎の隣に座っている     藤崎詩織の幼なじみということがわかった。      「・・・と、まあ、こういうことなんだよ」      「ふはは・・・」      「おーい」      「いくらなんでもそれは・・・。ははは」      「おーい!」      「で、それなんだがな・・・」      「貴様ら!この僕の声を無視するというのか?」      ようやく気が付いた3人は声のした方を振り向いた。      そににはきらめき高校理事長の孫にして名家・伊集院家の御曹司、     伊集院レイが立っていた。      「なんだ伊集院?いったい何の用だ?」      公人が言う。      「ちょっとね。君たちの会話があまりにも下等でうるさいのでね。     周りのみんなに迷惑じゃないかと思ってこの僕が     わざわざ注意しにやってきたというわけだ」      「何だと?」      好雄が伊集院につっかかる。      「あともうひとつ君たちに伝えたいことがある」      「何だよ伊集院?」      昌太郎が伊集院に問いかける。      「この僕がしている特注のスイス製の腕時計によると、     あと5、6分で昼休みが終わるようだ。昼食を済ませるなら     早めにした方がいいぞ、庶民ども・・・」      「なにぃ?」(某翼風)      3人が急いで弁当を腹の中に放り込んだのは言うまでもない。      「おーい!そこの君!野球部に入って甲子園を目指さないか?」      「君なら即レギュラーになれる!サッカー部に入りなさい!」      昌太郎は昼食を済ませた後公人・好雄と別れ、一人で勧誘活動を見回ることにした。      教室の前で運動部の連中が元気に勧誘をしているが、昌太郎はその横を通り抜けて行く。      ときどき直に声をかけられたりしても、それを無視して歩いていく。      昌太郎が運動部に興味を持っていないからである。      やがて昌太郎は文化部が勧誘活動をしている特別教室のある     第二校舎へ渡り廊下を歩いて入っていった。      ここでも勧誘の声がいろんなところから聞こえてきたが、     運動部の勧誘と比べると静かではある。     やがて昌太郎の足がぴたりと止まった。どうやら目的地にたどり着いたようである。    昌太郎は体の向きを変えて「図書室」という札のついたドアをくぐった。     中では何人かの生徒がいたのだが、静かである。     「あのぉ・・・」     昌太郎は近くにいた一人の女生徒に声をかけた。     「文芸部に入りたいのですが・・・」     「え?部長ぉ!早くも2人目の子が来たわよぉ!」     その女生徒は奥の方に大声を放った。     「おおーい!本当か?」     この声と同時に奥から「部長」が姿を現した。     「ん?君か?まるで体育会系みたいな体つきをしているけど・・・」     そう言った部長自身も180cmはある昌太郎よりもさらに大きい体格をしている。     「おっと、自己紹介がまだだった。おれは文芸部の部長の黒崎だ。    なにせうちの部はその性格上男子は少ないからな。君みたいな男子部員が    入ってくれると非常に助かるよ」     「私は2年で副部長をやっている本田よ。これからよろしくね。    あっ、そうそう、君の名前は?」     「あ、俺は1年の古川です」      「古川君ね。早速だけどこの入部届けに必要事項を記入してもらえるかしら?」     本田はそう言うと一枚の紙を昌太郎に手渡した。     「奥の方に大きい机があるからそこで記入してくれ。    その後は図書室の中で自由に本を読んでいていいよ」     昌太郎は黒崎のこの言葉に従って図書室の奥の方に行くことにした。     記入も済み、入部届けを本田に提出した昌太郎は早速本を読むために    図書室の中を探索することにした。     きらめき高校の図書室はかなりの規模で、小さな大学にも匹敵するほどの    蔵書量を持っている。     入学したばかりでまだこの広さになれていない昌太郎は目的の本が見つからず、    ひたすらさまよっていた。     (ほんと、、迷うなぁ・・・)     そろそろ本探しに昌太郎が疲れ始めた時だった。     (ん?もしかしてあの娘は・・・)     昌太郎の視界にどこで見たような娘が入ってきたのだ。     それは3日前に偶然出会ったあの少女・・・如月未緒であった。     「き、如月さん?」     昌太郎は未緒に恐る恐る声をかけた。     「え?ええっと、古川さんでしたでしょうか・・・」     未緒も驚いた様子である。     「ええ。そうだよ。まさかこんなところで再会するとは    思ってもみなかったよ・・・」     「ところで古川さんがここにいらっしゃるということは    文芸部に入られたということなんでしょうか・・・」     「ええ。如月さんも?」     「はい。私は入学式直後に早速入部させてもらいました」     (す、すごいなぁ・・・。まさか一人目が如月さんで入学式直後に入るなんて・・・    ん?あのとき本をたくさん持っていたのは    早速本を借りてきたせいだったのかだったのか・・・)       「あ、あのぉ・・・」     「何?如月さん」     「ちょっと頼みたいことがあるのですか・・・」     そう言うと未緒は本棚の上の方にある「ドイツ文学全集3巻」を指さした。     「あの本を取っていただけないでしょうか・・・。    私の身長では届きそうにもないので・・・」      「ちょっと待ってね・・・」     昌太郎はそう言うや否や手を伸ばして本を取り、未緒に手渡した。     「あ、ありがとうございます」     「なぁに、俺はこのでかい背しか取り柄がないから・・・」     「そういえば古川さんは何かの本をお探しみたいですが・・・」     「ええっとね、中国文学のあるところがよくわからないのだけど・・・」     「えっと、それでしたらだいたいわかりますが、ご一緒しましょうか?」     「それじゃあお言葉に甘えさせてもらうことにしますね・・・」     「くすっ。それでは・・・」     「・・・以上が私たち上級生の紹介ね。それでは新入部員の方を・・・」     「えっと、1年B組の如月未緒です。好きな作家はゲーテにシェークスピアです。    これからよろしくお願いしますね」     「1年A組の古川昌太郎です。中国文学なんかが好きですけど    まだまだ勉強不足なので、ご指導よろしくお願いします」     「同じく1年の柳沢敦子です。私はあまり文章を書くのが得意ではないですが、    これから頑張りたいと思います」     「1年J組の館林見春です。えっと、よく投稿なんかをやっています。    先輩方よろしくお願いします」     勧誘活動が一区切りついたので、文芸部の面々はお互いに自己紹介することにした。     「4人か・・・。まあまあだね。例年に比べても・・・」     「それよりも男子が入ったことが大きいですね」      「そんなに男子部員って、少ないのですか?」     昌太郎は先輩達に尋ねた。     「ええ。君と黒崎部長しかいないわよ」     「よかったでしょう。こんなにかわいい娘たちに囲まれて」     「おれはそんなにいい思いはしていないが・・・」     「その言いぐさはないんじゃない、黒崎君!」     「ほら、いい思いしていないだろう」     「あのねえ・・・」     「うふふ・・・。文芸部って、なんかお堅いイメージがあったけど、    ほんと、アットホームで親しみやすい雰囲気ですね」     「そうだよ館林さん。これが我が文芸部の売りなんだよ!」     「他に売りといえるようものがここにありましたっけ・・・」         「それはないだろう、本田・・・」     「くすくす・・・」     「ははは・・・」      「・・・と、まあ我が文芸部ではこんな活動をしている。そして・・・」     ガラガラッ!     入り口の方から初老の男が入ってきた     「あ、宮本先生!」     文芸部の説明をしていた黒崎とそれを聞いていた昌太郎が同時に叫ぶ。     「え?あなた宮本先生を知っているの?」     本田が昌太郎に尋ねる。     「宮本先生はうちの担任だけど・・・」     「それはよかった。これで連絡とかがスムーズになるな・・・」     「私に自己紹介させてくれないか・・・」     「あ、失礼しました、先生」     「それでは、コホン・・・」     宮本は咳払いをした。     「私が顧問の宮本だ。担当は現代文を中心とした国語だ。    まあ、そこにいる新入生のみんなは知っているかもしれないがな・・・    とくに古川、柳沢は・・・。くれぐれも途中退部なんて事がないよう、    よろしく頼むぞ!」     「はーい!」     1年全員が揃って返事をする。     「先生、話の続きをしてもよろしいでしょうか?」     「ああ、続けてくれ」     「途中になったが、うちの部はそんなに時間を拘束されない部なんで、    それほどきつくはないと思うが、だからこそなるべくさぼらないように    頼むぞ!いいか!」     「はーい!」     「よし!我が文芸部の説明としてはこんなものかな・・・    それではそろそろお開きかな・・・」     「なんだ、もう終わりか?これから私がいろいろおもしろい話でもしようかと    思ったのだが・・・」     「先生の話はおもしろいけどすごく長いけどいいです」     「おいおい。それはないだろう・・・」     「それじゃあみんな、荷物を忘れないようにしてくださいね」     「おーい・・・」     「いいんですか、先輩?」     昌太郎が本田に尋ねる。     「いいのよ。あの先生の話、ほんっとに長いから・・・」     「でもちょっと興味ありますけど・・・」     「だからいいんだって、如月さん。さっ、早く帰りましょう」     本田はそう言うと未緒の手を強引に引っ張って、他の部員達とともに    図書室を出ていってしまった。     昌太郎も仕方なくそれに続いた。     あとには宮本が一人ぽつんと残されたのであった・・・。     「ただいまぁ・・・」     帰宅した昌太郎は着替えてベッドの上にゴロンと寝転がった。     そんな昌太郎の頭の中には今日の出来事が浮かんでくる。     が、なぜか未緒の姿がやけに多く浮かんでくるのであった。     (どうしてなのかな・・・)     昌太郎はこれが「恋」の第一歩であることにまだ気付きはしなかった・・・。     (第二話・完)                    
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