第四話 「初夏の疾風」(後編)

             
     ”今日の授業は先生の出張により自習です”      週番がこう黒板に書いたとき、A組のあちこちから歓喜の声が巻き起こった。      「よかったぁ、この授業の宿題忘れちゃったんだよ、あぶねぇあぶねぇ・・・」      「おい、好雄。どうしようもないなぁ・・・」      「あら、公人君。昨日の夜宿題見せてくれぇって言っていたのはどこの誰だっけ・・・」       「まったくもって庶民というものは・・・」      「うるさい!伊集院!」      と、こんなやりとりがされている中、昌太郎はのんきに広人としゃべっていた。      「おい、ショータ。次自習だってよ」      ようやく広人が自習に気付く。      「ふううん、どう過ごそうかねぇ・・・」      そうこうしているうちに授業開始のチャイムが鳴った。      (ま、適当にやるか・・・)      昌太郎は席に着いた。      (ううううん・・・)      昌太郎は鞄から問題集を取り出して適当にだらだらとやっていたのであったが、     突如トイレに行きたくなってきた。      (どうしよう・・・。我慢できないほどでもないけど・・・)      少し考えた後、昌太郎は、      (いいや。どうせ自習中だし・・・)      と思って席から立ち上がった。     そのときである。      「ちょっと、古川君!」      昌太郎の隣に座っている藤崎詩織が声をかけてきたのであった。      「え?藤崎さん?」      「今は自習中といっても授業中でもあるのよ。勝手によそに行こうとしちゃだめじゃない!」      そう言われて昌太郎は思わずもとのように席に着いたが、      「トイレに行くぐらい見逃してよ、藤崎さん」      と、詩織に手を合わすのだった。      「うううん、まあ、それならいいかな・・・。ちゃんと戻ってきてね、古川君」      詩織は仕方ないといった感じでこくりとうなずく。      「じゃ・・・」      昌太郎は教室を抜け、静かな校内を歩いていくのであった・・・。            (ふう、すっきりした・・・)      用を足し、昌太郎はトイレの窓をちらりと見た。      校庭の様子が目に入ってくる。      グラウンドを小さな人影が走り回っている。      どうやら長距離走のタイムをとっているようである。      (そうか。最近体育祭に備えて記録取りとか頻繁に体育でやっているからな・・・)      ぼーっと校庭を眺めるうちに昌太郎は一つだけ極端に遅れている人影を見つけるのであった。      (ん?いくらなんでもあれは・・・)      ちょっと気になったか昌太郎は遅れている人影に必死に目を凝らす。      (あれって、もしかして・・・。あっ!)      突如その人影の動きが止まった。どうやら急に倒れ込んだみたいである。      (うううん、よし!)      昌太郎はトイレを抜け出すと昇降口に向かって駆け出していった。      昌太郎が昇降口に着いてみると人影はない。授業中であるから当然なのだが・・・。      が、昌太郎があたりを見回したところで下駄箱のあたりに体操服姿の二人の少女が     お互いに肩を貸しながら近づいてきたのであった・・・。      昌太郎は彼女らにこう声をかけた。     「き、如月さん!」     「え?あなた未緒ちゃんの知り合いなの?」     未緒に肩を貸しているショートカットの活発そうな女の子が昌太郎に問いかける。     「ええ。まあ・・・。一応同じ部活の仲間なんで・・・」     「あ、未緒ちゃんの部活の友達なのね。」     「君は如月さんのクラスメイト?」     「いや、そうじゃないんだけど・・・」     ショートカットの少女は口ごもってしまった。     「じゃ、何なの?」     「ええっと、話すと長くなるんだけど・・・」      「そうだね。それより早く如月さんを・・・」     「あ、ゴメンね、未緒ちゃん・・・」     二人は青ざめた顔をしている未緒に目を向ける。     「あ、俺が如月さんを保健室まで運ぼうか?」     「え?で、でも・・・」     「今俺自習中だし・・・。ええっと・・・、君の名前は・・・」     「あ、私1年E組の虹野沙希です!」     「虹野さん、ここは俺に任せて授業に戻ったほうが・・・」     「そんな・・・。ちょっと悪い気が・・・」     「ここは俺みたいなでかい男の方が運びやすいよ!」     「そ、そう・・・。それじゃあよろしくお願いね・・・って、あなたの名前は・・・?」     「俺は1年A組の古川昌太郎」     「それじゃあ古川君、未緒ちゃんをよろしく頼むね!じゃあ!」      昌太郎は沙希と体を入れ替えさせて未緒の体を支える。     「本当にお願いね、古川君!」     沙希は元気にグラウンドへ駆け出していった。     沙希の姿が視界から消えたとき、昌太郎はあることに気付いた・・・。     (俺、如月さんの肌に直に触れているやん・・・)     そう思うと急に顔が真っ赤になった。     そして足もしどろに保健室に向かうのであった・・・。     「ん?私・・・」     「良かった、気がついたみたいだね」     「え?古川さん」     未緒は辺りを見回し、ようやく自分が保健室のベッドの上に横たわっていることに気がついた。     「あ、また私・・・」     「どうしたの、如月さん?」     未緒が表情を曇らせるのを見て昌太郎が声をかける。     「また私体育の授業中に倒れちゃったんだなって・・・」     「え?」     「私、生まれつき体が弱くて・・・。昔からいつもこうなんです・・・」     「・・・・・」     「私が倒れるだけで済むのならいいのですけど、そのことで皆さんに    御迷惑をかけると思うと私・・・」     未緒の目にうっすらと涙が浮かんでくる。     「如月さん・・・」     昌太郎も未緒しばらく黙り込んでしまったが、     「き、如月さん!」     昌太郎が口を開けた。     「何です?古川さん・・・」     「とにかく周りのことをそんなに思ってくれているなら、元気を出してよ!    如月さんが元気な姿を見せればみんな安心するしさ!」     昌太郎のの言葉に、未緒は思わず「あっ!」と声を揚げた。     そして、     「そうですね・・・。いつまでもこういう姿を見せてもしょうがないですよね・・・    それでは私・・・」     と、ベッドから起きあがろうとした。     「こらこら。もう少しじっとしてなくちゃ!」     「あ、ちょっと焦っちゃったみたいですね・・・。くすくす・・・」     未緒は静かに微笑んだ。     (うん。如月さんはこう笑ってもらわないと・・・)     「それじゃあ、俺、そろそろ教室に戻るね」     「あ、まだ授業中でしたよね」     「うん。すぐに戻るって言っちゃったからなぁ・・・。ちょっとまずいかも・・・」     「そういえばそろそろテストですよね・・・」     「あっ!」     2週間後・・・。     テストの結果が廊下に張り出された。     「おい、ヒロ。お前何番?」      「言いたくねぇ・・・」     「どれどれ・・・見つからないなぁ・・・」     「いやみだなぁ、お前・・・」     「俺だってそんなにたいしたもんじゃないぞ・・・」     「もう見たよ。お前二桁じゃないかよ・・・」     「二桁といってもぎりぎり96番だし・・・」     「それにしても・・・」     「なんだ、ヒロ?」     「あのお前の隣にいる藤崎って娘。トップじゃないかよ・・・」     「ああ・・・。すごいな・・・って、ん?」     「どうした、ショータ?」     「いや、なんでも・・・」     昌太郎が見たものは26番目にあった「如月未緒」の名前であった。     (やっぱ真面目なんだな、如月さん。でも・・・)     いつの間にか昌太郎の頭の中には未緒の存在が常に意識される存在になっていたのであった。     (俺のこの成績、どう思っているかな・・・)     (第四話 完)
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