第五話 「身の回りで」


     テストの結果が張り出されてから1週間が経った。      「よぉ、ショータ」      「なんだよ、準備は終わったのか、ヒロ?」      昌太郎は広人に声をかけられる。      ここは教室の中である。よく見ると雰囲気はいつもと違う。      誰もが体操服姿になっている。      今日はきらめき高校の体育祭なのだ。      「全然大丈夫だぜ。それよりお前はどうなんだ?」      「俺も大丈夫だ。ところでさぁ・・・」      昌太郎は話の矛先を変える。      「今日お前は何の競技に出るんだっけ、ヒロ?」      「俺はな、玉転がしに出ることになっているけど・・・。     そういうショータは何に出るんだよ?」      「ええっと、確か・・・」      「おい、自分の出るやつ忘れてるなよ・・・」      「あ、そうか。俺は100メートル走だったっけ」      「まったく君たちは・・・」      いきなり昌太郎と広人の話に割って入ってきた者がいた。      「なんだよ、伊集院」      伊集院は長い髪を掻き上げながらこう言ってくるのであった。      「まったく、君らはこのクラスの代表として出るのだよ。     ちゃんと選手としての自覚がなければ大変な困り者だな・・・」      「いいだろ、別にその程度のことで・・・」      「こんな調子では全く我がクラスの勝利も危ないみたいだな。     とにかくこの僕の顔に泥を塗るようなまねはしないでくれよ。     では僕はこれからいろいろと忙しいでのね。またグラウンドで会おう」      言いたいことを言った後、伊集院はあっという間に教室のドアから姿を消した。      「がーがーとうるさくぬかしやがって・・・。あー気分悪くなったわ・・・」      「俺もだ、ショータ。まったく、いちいち気に障ることを言うヤツだな、あいつは・・・」      「そうかしら?」      また二人の会話に割り込んできた者がいた。      クラス委員である藤崎詩織である。      「なんだい、藤崎さん?」      「確かに伊集院くんの言葉はひっかかるかもしれないけど、     やはり出るからには真面目にやって欲しいとは思うわ。     とにかく、やるからには全力を・・・、ね!」      「ま、それも一理か・・・」      「そうだな・・・。当たり前だが手抜きはしたくないし・・・」      ティンコンカンコン〜      突如放送のチャイムが教室内に響きわたった。      「教室内にいる生徒の皆さんに連絡いたします。     もうすぐ開会式が始まりますのでグラウンドに集まって整列してください・・・」      「行くか!」      「よし!」      「みんな、頑張りましょう!」      昌太郎も広人も詩織も教室にいた全員が教室のドアをくぐった。      「・・・ということで、諸君!全力を尽くして頑張ってくれたまえ!     では!」      伊集院の代表の挨拶の後、ラジオ体操を経ていよいよ競技は始まった。      きらめき高校は学年ごとにAからJまでのクラス対抗で競い合うことになっている。      1年では優勝候補の本命と言われているのがC組、ここは鞠川奈津江など     運動部でも活躍を期待されている人材が多く入ってきているためであり、     これに対抗するのがやはりホープとして期待されている藤崎詩織、     そして理事長の息子として敗北はプライドが許されない伊集院レイがいる     A組なのである。      「さて、点数はどうなっているかしら?」      「トップに立っているわよ、鞠川さん」      「やっぱりうちのクラスは強いわね」      「そうでもないわ。たったの5点差でA組がピタリと着いてきているわ」      「あ、やっぱりA組も強いわね・・・」      「まあ、私はどこが勝つか負けるかなんて別に関心はないけどね・・・」      「相変わらずクールね、紐緒さん・・・」      「まあ、こうやって人間の運動する様をじっくり観察できることは     非常に面白いとは思っているけどね。フフフ・・・」      こんな会話がC組のテントの中で交わされている一方、A組とはというと、      「諸君!点差はわずかとはいえ我がクラスは2位に甘んじている!     気合いを入れて競技に臨むように、みんな!」      「はいはい・・・」      「こらっ、そこの君!そろそろ百メートル走の出番が近づいてきているぞ!」      「えっ、そうか?」      「プログラムぐらいきちんと見ろよ、古川」      「お前がいうセリフか、好雄?」      「俺こそお前に言われたくないぞ、公人!」      「・・・。とりあえず行って来るわ、俺・・・」      「じゃあな。こっから応援しているぜ、ショータ」      「サンキュー、ヒロ」      「頑張ってね、古川君」      昌太郎はこうして騒がしいA組のテントを後にした。      グラウンドの隅につくと一人見覚えのある顔を昌太郎は発見した。      (安宅?)      昌太郎は行夫の姿を確認すると彼の肩をポンとたたいた。      「ん?だ・・・、あっ、古川か?」      「そうだよ。お前も百メートル走か?」      「そうだ。ってことは好敵手出現といったところか・・・」      「あははは。ま、その様子・・・」      「あのお・・・」      昌太郎と行夫がくだけた様子で話している中に割って入ってきた者がいた。      「ん、何?」      「百メートル走の選手はここで待っていればいいでしょうか?」      「そうだけど・・・」      「あ、そうでしたか。すいません」      「ええっと・・・」      「あ、俺はC組の芹沢勝馬です」      「お前にとってはこっちがライバルなんじゃないか?」      「うううん・・・」      「A組なの?」      勝馬が昌太郎に尋ねる。      「そうだけど・・・」      「まあ、うちのクラスもなんかいろいろとうるさいのがいてね・・・。     なんか勝ちにいけとかね・・・。勝たせてくれないかな?」      「うちのクラスにもそういうのはいるぞ」      「え?」      「伊集院だよ・・・」      「なるほど」      勝馬は思わず頷いてしまう。      「おい、そろそろ整列しろだってさ」      行夫が二人に出番が近いことを知らせる。      「ってことでこっちもうるさいのはごめんなので・・・     思いっきりいかせてもらうぜ!」      「そういうことならこっちも本気で・・・」      昌太郎達は体育委員の指示に従ってコースの手前に並び、     走る準備をする。      ピストルを持った体育教師の「位置について!」の声で     昌太郎達はスタートラインに立った。      「用意!」      バン!      (いくぞ!)      昌太郎は勢い良くスタートラインから飛び出した。      その昌太郎の横をぴったり併走する二人の人物がいる。      さっきまで談笑を楽しんでいた行夫と勝馬である。      この3人が頭一つ飛び出し、レースを争う形になった。      3人とも必死な表情で、腕を思い切り振り、足は力強く地面を蹴っていた。      (負けるもんか!)      3人の頭の中はそんなことでいっぱいだった。      気がついたときには3人はゴールラインを駆け抜けていた。      「ふう・・・」      気がついたときには膝を手について息をはあはあと切らしていた。      昌太郎は身体的に余裕が出てきたところで周りに目をやった。      勝馬は木に手をついて全身で呼吸をし、行夫は地面に倒れ込んでいる。      (そうだ、順位は?)      そう思った瞬間、昌太郎は目の前に『2』と書かれた旗を持った体育委員が     現れたのを確認した。      勝馬の元には『3』の旗が、行夫の者には『1』の旗が近づいてきている。      (2位か・・・)      不思議と昌太郎の胸の中には悔しさは感じてこられなかった。      むしろ爽快感があった。      昌太郎はぼんやりとそれを噛みしめていたが、ふとあることに気がついた。      (安宅・・・。やたらと足を気にしているみたいだ・・・。それにずっと     立ち上がろうとしないし・・・)      そう昌太郎が思っているのをうらはらに、体育委員が手で     「戻れ」とせかしているので昌太郎はとりあえずA組のテントに引き返すのであった。      「お疲れさん。やるなぁ、さすが・・・」      「これ以上言うなよ、ヒロ」      「まあ、問題のC組より上ということでよしとしてあげよう・・・」      「まったく伊集院、お前ってヤツは・・・」      「まあ、かまうな」      好雄が昌太郎をなだめる。      「これで点差はどうなった、詩織?」      「ええっとね・・・、確か1位6点・2位3点・3位1点のはずだから・・・     あと3点よ、公人君」      「次は公人の障害走じゃなかったっけ?」      「そうだったか、好雄?じゃあ、行って来るよ、俺」      「頑張ってね、公人君」      「サンキュー、詩織」      「さて、俺も・・・」      「どこに行くんだ、昌太郎?」      「ションベンだよ、ションベン」      そう言うと昌太郎は校舎の裏の方にあるトイレに向かって歩いていったのだった。      「よし、さっさと戻るか・・・」      用を済ませ、昌太郎はテントに戻ろうとグラウンドに向かって歩いている     途中のことだった。      「あ、あのう・・・」      「ん?」      聞き覚えのある声に昌太郎はすぐに後ろを振り返った。      「如月さん?」      「古川さん、あ、あのう・・・」      「何、如月さん?」      「お願いしたいことがあるのですが・・・」      未緒は恥ずかしそうに声もかすかに言う。      「お願いって何、如月さん?」      「実は・・・」      (第五話 完)
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