第七話 「競走ではなく協走を」
「あ、奈津江ちゃん」 詩織は同じ部活の同級生である鞠川奈津江に声をかけた。 「あ、詩織」 「奈津江ちゃんもこの二人三脚に?」 「ああ、こいつと出ることになっちゃってね」 奈津江は苦笑いしながら傍らにいる勝馬へ指を差す。 「こいつよわばりはないだろう」 勝馬は不機嫌な表情で答える。 「ははは。ところで詩織は誰と出るの?」 「ええっとね、彼よ」 詩織は背後の方に指をやった。 「おおい、トイレぐらい待ってくれよ詩織ぃ〜」 詩織の指差した方向からやってきたのは彼女の幼なじみの公人であった。 「まったく、公人君ったらぁ・・・」 「詩織の彼氏は相変わらずだねぇ」 奈津江は詩織をひやかす。 「もう、何言っているのよ、奈津江ちゃん」 「ところであれってさあ、お前らのクラスの・・・」 勝馬が不意に手前の方を指差した。 「古川じゃないのか、あれ」 「なんなのかしら、古川君」 一同が昌太郎の行動に注目することとなった。 その昌太郎はというと未緒の姿を探しているところであった。 「どこにいるんだろう、如月さん・・・」 眼鏡をかけた色白のおさげの少女の姿を懸命に探すのだがなかなか見つからない。 昌太郎は立ち止まってその長身を生かしてぐるっと辺りを見回す。 「ええっと・・・」 「古川さん」 「え、は、はい?」 背後からのいきなりの呼びかけに昌太郎は驚いた感じで返事をする。 「ごめんなさい、ちょっと遅れてしまって・・・」 声をかけたのは未緒であった。 「だ、大丈夫だよ、如月さん」 「本当に大丈夫でしょうか?」 「何?」 未緒を安心させるために言った言葉が逆に不安にさせてしまったようである。 「確かA組ってトップ争いをしているから・・・。 なんか邪魔をしているみたいなので・・・」 「大丈夫、大丈夫。気にしないで、如月さん」 昌太郎は作り笑いで未緒を安心させようとする。 その時であった。 (ん?) いきなり背後から昌太郎は肩をポンとたたかれたのであった。 「何だ?」 昌太郎が振り向くとそこにいたのはクラスメイトの公人であった。 公人だけではない。 詩織やC組の奈津江や勝馬もそこにいた。 「よう、古川。なんでお前ここにいるんだ?」 「ま、まあ・・・」 昌太郎は作り笑いを苦笑いに変えてしまった。 そんな困った様子の昌太郎の前を遮るように傍らから未緒が身を乗り出した。 「私が、私が古川さんに頼んだんです。私と一緒に二人三脚をやるはずだった方が 怪我をしてしまって・・・」 未緒はおどおどとしながらも丁寧に理由を公人たちに説明した。 「えっと、君は誰?」 勝馬が未緒に尋ねる。 「私、B組の如月未緒です。古川さんとは同じ文芸部なんです・・・」 「そうだったのね。でも同じクラスの人にどうして頼まなかったの?」 詩織が質問としては順当なものを問いかける。 「そ、それは・・・」 未緒が顔を曇らせる。答えにくい答えだからである。 「とにかく如月さんが困っているみたいだから俺が如月さんの パートナーになってあげたんだよ。悪いか?」 今度は逆に昌太郎が未緒を助ける。 「ふうん、君たちってそう言う仲だったの?」 奈津江が今度は昌太郎と未緒のことを冷やかす。 「お、おい!」 「そ、その・・・」 昌太郎と未緒は同時に顔を赤らめるのであった。 「ま、とにかく、困っている女の子を足蹴にするなんてできねぇだろ?」 「確かにそうだよな・・・」 公人がコクリと頷く。 「選手の皆さんは早く準備に取りかかってください!」 体育委員が集合をかける。 「と、とりあえず早く準備しないと。そうしよう、如月さん」 「は、はあ・・・」 昌太郎は集合を助け船にしてそそくさと準備のためにその場から立ち去ってしまった。 「古川君って言ったっけ、うまいことごまかしたみたいね」 奈津江が感心した様子で顎に手をやった。 「奈津江、俺らもそろそろ準備しよう」 「私たちも行きましょう、公人君」 「そうだな」 選手達が思い思いの場所で二人三脚の準備に取りかかっていった。 「位置について」 その声に合わせて選手達が白線に合わせて足をゆっくりと踏み出した。 この中には詩織と公人、勝馬と奈津江、そして昌太郎と未緒の姿もあった。 昌太郎と未緒の体はまた密着している。 さすがに慣れたか、それとも意識をしなくなったか昌太郎の心にはいくらか 余裕があった。 昌太郎は未緒の顔をのぞき込んでみた。 表情がこわばっている。 再び体を密着させたせいなのか、まともに走れるかどうか不安なのか わからないが、少なくとも心中穏やかではないことは確かなようである。 「如月さん」 「え?」 いきなりの昌太郎の呼びかけに未緒は戸惑いながらも返事をする。 「頑張ろう」 昌太郎はニコリと笑う。これが今の未緒を安心させると昌太郎は思ったのだ。 「は、はい・・・」 未緒の顔から緊張が消えたようだ。 「用意!」 係員がピストルを空に掲げる。 パン! スタートの合図が鳴った。 「いちに、いちに、いちに・・・」 足並み揃えるために全員が声を出す。 当然昌太郎も未緒も声を出す。 既に未緒は額に汗をにじませていた。 昌太郎は未緒のペースに必死に合わせようと足を慎重に踏み出していく。 未緒もまた昌太郎の足を文字通り引っ張ろうとしまいとついていこうとする。 今の二人には順位などは全く頭にはなかった。 ただ、お互いに、 『なんとか転ばずに、相手のペースに合わせて』 それが二人の頭の中にあった。 二人の思いは一つになっていた。 そしてとうとう二人は転ばずにゴールを駆け抜けていった。 一着のテープを切るというおまけを付けて。 「おい、古川君。いったい何の真似かね?」 A組のテントに戻ってくるなり昌太郎は伊集院に責め立てられた。 「あれか、別にいいだろ、伊集院」 「あれとかそれぐらいの認識しかないと言うのか、君は?」 伊集院の攻撃はなおも続く。 「我がA組の邪魔をするようなまねをして・・・。何をやっているのかね君は?」 「でもねぇ・・・」 昌太郎はちらりと詩織と公人目をやる。二人とも体操服が汚れている。 「肝心のクラスの代表がすっ転んでびりっけつじゃさぁ・・・」 「あれは公人君が悪いのよ。ちゃんと声に合わせないから・・・」 詩織はむくれながらいいわけをした。 「なんだよ、詩織、俺が悪いっていうのか?」 公人が詩織に反論する。 「だって・・・」 「高見君、女の子に罪をなすりつけるとはなさけないことをするねぇ」 「なんだと、伊集院!」 どうやら伊集院の攻撃の矛先が昌太郎から公人にすり替わったようである。 「そういやもう競技も残り少ないんじゃないのか?」 好雄がプログラム表をチェックしながら割って入ってきた。 「おお、そうだな」 伊集院は好雄からプログラム表を強引に奪う。 「おい、伊集院!」 「どれどれ・・・」 好雄の声も伊集院に届いていないようである。 そんなときであった。 ティンコンカンコン・・・ 「男女混合リレーに出場する選手は至急集合してください」 選手の集合を促すアナウンスが流れた。 「これが最後の競技みたいだな。で、うちのクラスの代表は?」 「えっと、私と奥野さん、それに公人君に古川君ね・・・」 伊集院の問いに詩織が答える。 「よし、諸君、絶対に全力を尽くして1位をとってきてくれたまえ! とくに高見君!また転ぶようなまねはしないようにしてくれたまえ!」 「うるさい、伊集院!」 「まあ、そうかっかするな、高見」 昌太郎は公人をなだめる。 「結果見せてやろうぜ、高見」 「全力を尽くしましょう、公人君」 「わかった、行くか!」 公人は気合いを入れ直した。 パン! 最後の競技のリレーが始まった。 最初のランナーは奥野である。 3着で次の走者の公人にバトンを渡す。 「汚名挽回してやるぜ!」 公人の足は以外と速かった。後続の走者の差を広げ、 前の走者を一人追い抜かしたのである。 「詩織、頼むぜ!」 公人は2着でバトンを詩織に手渡した。 「よぉし!」 詩織が第三走者として走り出した。 運動神経も抜群の詩織だが、カモシカのような脚をカモシカのごとく 快調に走り抜けていくのだが、後続の差を広げてもなかなか追いつけなかった。 1位で走っていたのはC組の鞠川奈津江であった。 「お願い!」 詩織はバトンを昌太郎に手渡した。 静かに昌太郎は走り出した。 (絶対に追い抜いてやるぜ!) そう決心した昌太郎の脳裏にふと未緒のビジョンが映し出される。 何故なのかを昌太郎は考えることもなかった。 気がついたときには昌太郎はゴールのテープを切っていた。 昌太郎の元に1位の旗を持った係りの生徒が駆け寄ってくる。 そんな様子を未緒は自分のクラスのテントで静かに見守っていた。 昌太郎はテントに戻ってきた。 しかし、やってきたテントはB組のテントであった。 昌太郎はテントの中に入ろうとしたがその足を踏みとどめた。 (いくらなんでもなぁ・・・) 静かに自分の心の中に未緒の姿を映しだしてA組のテントに戻っていった。 「やるじゃないか、ショータ!」 彼の活躍を真っ先に喜んだのは親友の広人であった。 広人は昌太郎の肩をポーンとたたいた。 「ま、さすが・・・」 「それ以上言うなよ、ヒロ」 「あ、すまんすまん・・・」 昌太郎は腫れ物にさわるなと言っているように広人の口をつぐませた。 「まったく、俺も頑張ったのになぁ・・・」 昌太郎のまわりに群がる生徒達を見て公人はぼやいた。 「頑張ったよ、公人君は」 詩織がそんな公人をなだめる。 「ありがとう、詩織ぃ〜」 公人は感激の涙を流した。 「しかし、古川君の足、あれは明らかに並みのものではなかったな」 こう言ったのは伊集院である。 「確かにこれは要チェックものかもしれんぞ、こりゃ」 好雄がポケットからメモ帳を取り出す。 クラスメイトの予想外の反応にとまどいながらも昌太郎は頭の中でこう思っていた。 (伊集院のヤツ、結局何の競技に出ていたんだ?) 体育祭もA組の優勝に終わり翌日になった。 キンコンカンコーン・・・ この日も放課後を知らせるチャイムが鳴った。 「さてと・・・」 昌太郎が鞄に教科書等を詰め始めたときであった。 「古川君!」 「わ、なんだ!」 昌太郎の目の前にひょっこり現れたのは未緒の親友、虹野沙希であった。 「えっと、虹野さんだっけ?な、何の用、この俺に?」 昌太郎はあわてふためきながらも沙希に問いかける。 「今日はちょっとお願いがあってきたのよ」 「お願い?」 「あなたには根性があるわ!一緒に国立競技場を目指しましょう!」 「はぁ?」 沙希の突拍子もない言葉に昌太郎は気の抜けた言葉で応対するしかなかった。 「私、サッカー部のマネージャーやっているのよ。体育祭のあなたの活躍を見て スカウトしようと思って・・・」 「なるほどね・・・」 ようやく昌太郎は事態を飲み込めた。 「実はあなたを狙っているのは私だけじゃないみたいで・・・ 野球部とか、陸上部とか・・・。そうそう、バスケット部なんかもね・・・」 「バスケ?」 昌太郎は思わず叫んでしまった。 「え、どうかしたの、バスケに?もしかしてもう誘われた?」 「いや、バスケは・・・。バスケはもういい・・・」 昌太郎はそうつぶやくのであった。 (もうバスケは・・・) (第七話 完)
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