長年ウィーン市内でウィンナホルン製作を続けたエンゲル(Robert Engel)が廃業した今(ラルスの話では、後継者もおらず"完全廃業"らしい...)、ウィーン唯一(正確には"ウィーン郊外"だが)のウィンナホルン製作工房となったユングヴィルト(Andreas Jungwirth)。今回(2000年5月)の聖地巡礼では、そのユングヴィルトの工房を訪ねることが、大きな"イベント"の一つだった。
目的は、単なる「視察」にあらず。我がウィンナホルン会メンバーで、ユングヴィルトユーザーでもあるN氏@日本一(^^;から、ボーゲン(マウスピースを装着する部分の円形の管)を購入して来て欲しいと依頼されたためであった。

当日は、時を同じくして聖地訪問中だった奥田安智氏ことシンフォニカM氏にご同行いただき(M氏がなぜ"奥田安智"なのかは、ここでは省略^^;)、地下鉄とバスを乗り継いで、ウィーンの南方約15kmにある小村レオポルズドルフ(Leopoldsdorf)へと向かった。のどかな田園風景の中をバスに揺られること約20分。ちょっとした「小旅行」といった趣ではあったが...。
ちなみに、先方への行き方については、前夜、ラルス氏が詳細に教示してくれたのだった。曰く、「レオポルズドルフの街に入ったらバスが左折するので、そこにあるバス停で降りるべし!そしたら"すぐそこ"だから」(ほとんど"初めてのお使い"状態^^;)。誠に適切な"指示"で、迷うことなくたどり着くことができたことを申し添えたい>感謝!

さて、以下は、その際の模様を奥田氏がまとめた「レポート」である。私が書こうと思っていたことはすべて奥田氏が書いてくれたので、ご本人のご了解を得て、そのまま転載させていただいた。氏ならではの"切り口"の部分もあるが、"的を射た"レポートとなっているので、どうぞお読みいただきたい。

最後になったが、奥田氏ことM氏に改めて感謝申し上げる。本レポートの作成のみならず、当日は「通訳」としても大活躍していただき、大変ありがたかった。私だけだったら、とてもこのような「内容ある」話はできなかったでしょう。語学は大切っすねぇ、ほんとに...。

レオポルズドルフの"中心街"Hauptstrasse。
この通り沿いに工房がある。

ボーゲンを試奏する奥田氏ことM氏。
楽器は"特注"のベルカットモデル。

"お買上げ"のボーゲンに支柱を取り付けるAJ氏。
年齢は40歳前後というところか?

作業台の上には"超軽量"のナチュラルホルンや
曲げられる前のウィンナホルンのベル管などの姿が...

AJ氏と記念写真(え、遠近感が...^^;)。
ぶら下げられた"部材"が如何にもそれらしい。

アンドレアス・ユングヴィルト訪問記録

日時:2000年5月5日(金) 14:30〜16:10(現地時間)
場所:アンドレアス・ユングヴィルト氏(以下AJ)の工房
    <於:レオポルズドルフ(ウィーン近郊)>
面談者:先方:AJ氏、弟子の兄ちゃん
     当方:Volker氏、奥田安智氏

1.プロフィール
当初、パイプオルガン修理職人としてキャリアをスタート。その関係で徐々にピリオド系楽器の修理に携わるようになる。その過程でナチュラルホルンの修理、コピー製作を開始。
往年の銘器・ウールマンのコピーを製作したころから、徐々にウインナホルン製作者としても評判が広がりつつある。氏自身もウインナホルンを勉強したが、上記のような特殊な経歴から演奏家として「師事した」教師というものは存在しない。
ウィーン市内にて7年間開業、当地に移転後8年経過しているが、近々ウィーンから1時間の北西部に工房を移転の予定である。

2.主要顧客
ウィーン市内のAJ製ウインナホルン使用者は約20名。ナチュラルホルンは、独・墺、古楽器演奏の盛んな蘭・ベルギー、そして「勿論イングランド」から数多くの注文を受けている。
昨年の日本宛総輸出台数は5〜6本(しってるよ)。来月からは山野楽器に卸す事になっている(おいおい4月には卸してる筈じゃないの?)
他の楽器(TP、TUBA)には手が回らないので、取り扱っていない。

3.ウィンナホルンについて
基本的にベルはウールマンのコピーである(トランペット型細ベル)。現在、別途、エンゲルのベル形状と同じものを開発中。イチョウ取りベルの特質を生かすためワンピースベルが基本。たまたま製作中の半完成品は特注のベルカットで、ベルの取り方も異なっていた(呼び方知らん)。
部品もすべて、自前で工房内で製作している。尚、余談だが、開業当時、黄銅を1.5トン単位でしか売らないといわれ大変苦労したそうである。(現在は自分用のメタルを特注出来るまでに信用力がついたとか)
製作工程は、すべて手作業で、成形は木槌、ハンマー、絞り型等の道具によって行われている。
尚、サンプルを試奏した感想については、「全音域にわたって吹奏感が良く」「輪郭のはっきりした、しっかりとした音が出る」「ヤマハ、AH同様、時代の要請が産んだ新しいウインナ」というところである。
今迄の情報から、「非常に抵抗感のある、フィジカル的に難しい楽器」という先入観は払拭されたが、演奏し易いだけ、逆にウインナらしさを残して行くという面では、ヤマハ同様、吹き手に依存する部分が大きいのではないか、との感を強く持った。

4.ボーゲン
メタルの肉厚は0.35mm及び0.5mmの2種類を使用。最近、ワーグナー、ブルックナー等でダークな、力強い音が求められており、厚いメタルを使ったボーゲンが流行ってきている。(筆者注、このサウンドに関する部分は極めて「本質」に関るところで、dark,powerfulの直訳では、当団奏者やAJ氏の意図は汲み取れないのではないか?強いて言えば、「コク・腰のある」「深みのある」というところか。製作者が直訳してしまうと、英P社や米C社のような楽器が生まれてきてしまうのではないだろうか?)
モーツアルト等の繊細な音楽には、薄いメタルが適している。勿論、自分に合った1本のボーゲンに対応する人も多い。

4−2.ボーゲンの支柱
支柱をつけることで、中音域に安定性が増す。高音域に確実性を求めるならば、支柱が無い方がよい。直線部分の長さや、巻きの大きさは、演奏者の構え方や体格との相性(ベルを膝の上に置くか否か、腹が出ているか等)によるもので、サウンドに影響するものではないと考えている。
5、 6本のボーゲンを試奏したところ、肉厚の違いが音のまとまり方に如実にあらわれていた。一方、巻きの大きさの違いについては、一本一本の出来不出来にもよると思うので、この場で判断する事は遠慮したい。個人的には、0.5mmで直線部分が長いものが気に入った。

5.ボアサイズ
一見して随分ボアサイズが大きいようにお見受けし申した。これについては質問しそこなった。(単純なウールマンのコピーなのかどうかも分かり申さず。)

6.その他
これだけの楽器製作体制、実績を一代で築き上げただけあって、AJ氏の情熱は相当のものであり「一旦話し始めたら止まらない」といったところ、滔々と話し続ける姿は、ヨーロッパの職人気質の面目躍如であり、大変興味をひかれた。
ところで、この「クラフトマンシップ」は某サミット開催国の楽器メーカーのカタログにこれ見よがしに載っているキャッチコピーと符合をあわせるように同じだということに驚かされる。そのメーカーの「魂」は何処に?それとも広告代理店が優秀なだけなのだろうか? 事あるごとに繰り返されるこの疑問が、この地でも再び頭をもたげて来たのであった。


「ウィンナホルン倶楽部」へ戻る