『秘めたる純情』 BY呉っち


 ここは『漆黒の炎』の本拠地は幻魔城の秘密区画。
2代目首領が作らせた『智将』ベルクすら知らない代々の魔将のための個人的な秘密研究室。
通称「シンクタンクグローリー」。
 この部屋の主たる、魔将ライム・クライムが自ら発案計画した魔術実験が、
5チーム20名の秘密研究員によって、採算度外視で行われていた。
 そしてそこは、ふざけた無計画な人物と組織内部で評価されるライムが、
唯一それとは違う素顔を表す安息の地でもあった。

 この広大なエリアの一画の筒状水槽の中に浮く、金色の髪の美少年。
近衛隊長たる『拗法師』ライン・スターレスの入った培養槽を真面目な表情で見つめ、記録を取るライムの姿がある。
「体組織に深刻なダメージは特になしっと、」
 そして培養液が抜かれ、ラインは髪も結わず、ローブを一枚羽織った姿でライムに話しかけた。
「で、どうだった?」
「大丈夫、多少の筋肉疲労だけで、体組織の構造や内蔵には問題は見付からなかったわ。おおむね良好ね」
「ふう」
 そう胸をなで下ろすラインを、ライムは叱りつける。
「このバカ!。前からリミッター外して全力で戦う時は、戦闘形態になれっていってんでしょが」
「でも君だって知っているだろ、ボクが戦闘形態をベルクに見られたくない事ぐらい」
その瞬間、ラインの胸は膨らみ髪は漆黒に染まる、顔つきも微妙に変化している。
そこにいるのはもはや美少年では無く、美少女である。
「たとえ今の体が、本来のそれの擬似的な複製にすぎなくとも、魂は同一。
 本質は何ら変わってはいない。そんなボクにとってこの女の姿を古くからの友に見られるなど、屈辱でしか無い。
 それに例の事もある。人前では変身する気は無いよ。
 そりゃ君の技術は信頼しているし、男性の体組織より女性の体組織のほうが、構造的に丈夫であり、
 ボク自身の身を守るためのリミッターを外して、本来の技の数々を完全に振るっても、
 男性体の時の様な体組織の崩壊が起こる心配が無いという事は、理解しているんだけどね、」
そこまで言うとラインは本来の男性体に戻った。
「まったく。だったらいくらマリアの奴を護ってやりたいからって、リミッターを外す事なんて、無いじゃないの?。
 肉弾戦なんか、あの筋肉女のレベッカにでも任しときゃいいんだから」
「チッチッチ、それは違うんじゃないか?ライム」
人差し指を左右に振る。そしてテーブルの隅に腰掛けるライン。
「愛する者を自分自身の手で護りたいと想うのは人情じゃぁないか。?
 己の計画の完全たるを目指すあまり、己の立案した数々の作戦の進行を自分の目でチェックし、
 微妙な調整を行わずにはいられない『智将』ベルク。
 そんな彼を影から護るべく、2代目首領の命令により、組織内部にもこの研究室の存在を隠すべく、
 先代魔将以来行われ続けていた研究資材の横流しを、この部署を維持するための裏帳簿を作っている
 カレトンの爺さんをボクに説得させて片棒かつがせてまで、また、わざと必要以上の破壊をラリーの奴と一緒になって行う事で、
 資材調達業者からのマージンをごまかしてまで、ボクと『特戦隊』を作ったのは紛れもなく君だ。」
「で、でもあれは、ラインが言い出した事じゃない、『存在する事は解っているが、
 どんな奴が率いているかすら解らない 影将の軍 になんか、
 漆黒の炎の生命線たる知将ベルクの身の安全を任せる訳には行かない』ってさ」
そっぽを向いて言うライム。
「だが、それは切っ掛けに過ぎない。ボクが言い出さなければ、自分からボクに持ちかけていただろうね。」
「あったりまえでしょ。ベルクしゃまーん。ああ、もう濡れちゃいそぉん」
そっぽを向いたままおどけた口調でそうまくし立てるライムの顔が、
微妙に赤く染まっている事に、気付かないラインでは無かった。
「君は昔からそういう娘だったよ。根っから天才気質かつ目立ちたがり屋で独善的態度を見せるくせに、
 実は内心周りに自分がどう思われているか気になって仕方がない。
 だから、どう他人に思われても傷付かずにすむ自分を演じるんだ。そうやって自分の心を護っている。」
むっとしてふくれるライム
「だからどうだっていうのよ。
 そりゃあんたは元々「至高の聖者」とか「拳聖」なんていわれてたんだからアタシの心なんてお見通しでしょうよ。」
「別に責めている訳じゃない、それは紛れもなく偽らざる君自身の魂の光だからね」
 あくまで澄まし顔のラインにムッツリした顔で、
「だからどうだって言うのよ」
ラインはそんなライムに優しく語りかける。
「故に君は愛らしい少女だと言うんだ。
 ボクは覚えているよ、かつてのベルダインに、連続誘拐犯にさらわれた所を
 まだオリジナルの頃のボクとベルクに救われた少女がいたことを。
 その少女の思いが純粋かつ真摯であるが故にファラリスは彼女に力を与え、
 その力によってボクとベルクは窮地を脱する事ができたという事を。…
 事件の後、どこにいるのか解らないベルクの所在を掴むために、
 彼に自分を見付け出してもらいたいと、常日頃がら派手な行動をとる様になったことも‥。
 そして知っている。
 その後魔術師となり、この漆黒の炎に参加したその少女は、幼き日の愛を貫き、
 ベルクを助けたいと、その副官を志し、そして後に魔将の重責を担った事を…。
 そして今また特戦隊を組織して、君は彼を影から護っている。
 君は、あの事をなぜベルクに言わない。言えば、君の想いは届くというのに。」
ライムは、ラインが座っている角とは反対側に腰掛け、毅然とした表情で答えた。
「アタシは嫌。そんな想い出にすがるような卑怯なやり方はしたく無いよ。
 それにアタシにだってプライドはあるもの、ベルク様自身に思い出して欲しい。
 そして自然にアタシの方に振り向いてほしいもん。
 でもまあ、先生と問題児とはいえ、今の関係が崩れるのが恐いのもあるかな…」
それを聞いたラインはテーブルの角から立ち上がると、ライムの前に歩いていく。
「君に、その純粋さと真摯さ、そして気高さがある限り、
 このボク、ライン・スターレスは永久に君の友であり、味方だ。」
女性体へと変化した後、言葉は続く、
「そして、この『斗聖』ニアとしてもそれはなんら変わる処はない」




 別室にその光景と言葉を、魔法装置を通して見届ける男がいた。
男の名はベルク・クライシス。すなわち、『智将』ベルクである。
 ベルクは、一人呟く、
「私とて、忘れてはいませんよ。
 でも、好みチガウんです。…
 祟らないでね。我がいとしの問題児ライム・クライム…」

                             FIN

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