大きな絵です。

   「無敵鉱人ザーンゴッド3」

                              著:ケイエス

 その日、ザーンの空は見えなかった。
数百を超えるドラゴンの大群が天空を覆っていたのである。
太古の眠りから目覚めた邪悪な竜王(名無し)が、人間の世界を破壊するために動き出したのだ。
遥か古代の伝説にはこうある。世界に強大な悪が現われるとき、ザーンに眠る巨神がそれを制すると。
その伝説が事実であることを、太古の知識をもつ竜王は確信していた。
宇宙の均衡を保つため神々が創り出した究極の戦士ザーンゴッド。
それは一種のゴーレムであり、真の巨悪にのみ反応し、起動する。
世界を破壊と混沌で覆いつくそうとする竜王にとっては避けられない敵といえた。
 たとえ正面から戦ったとしても負けるとは思わなかったが、
殺戮の宴の途中で邪魔をされるのは気分が悪い。
最初に叩き潰しておけば、気持ちよく破壊が行なうことができる。
そう考えた竜王は、目覚めると同時に眷属を引き連れザーンへやって来たのだ。
 この地に眠っているザーンゴッドを撃破するために。

 当然、岩山の中の市民はパニックを起こす。
それを鎮めるべき立場の衛視たちまでいっしょになってパニックを起こす。
貴族も、魔術師も、司祭も、盗賊も、とにかくみんなパニックを起こす。
ああ、世界の終わりだ。もうだめだ。俺たちは死ぬんだ――。
 しかし、ここに一人の若者が立ち上がる。彼の名はゴッド(本名)。
素性はまったく不明だが、巨神ザーンゴッドの操者である。
ゴッドは王宮へと走った。ザーンゴッドのコックピットは、普段は国王の玉座として使われているのだ。

 竜王は困っていた。伝説によると、巨神はこの地に眠っている。
しかし、巨神がどんな形状をしているのか竜王は知らなかったのだ。
中に人が住む岩山があるだけで、特に不審な構造物はない。
岩山の南側には巨大な彫像があるが、明らかに近世の人間の手によるものだ。
倒そうにも、いない敵とは戦いようがなかった。
 ひょっとして、自分が目覚める以前に一度でも起動したことがあり、
どこか別の場所に移動してしまったのだろうか。
まわりを無意味に飛び回っている下位の竜族も少し気まずそうにしている。
竜王はだんだん不安になってきた。こんな辺鄙な場所で我々は何をやっているのだろう?
 よく考えたら、あやふやな伝説を気にするより、
さっさと人の集まる大都市に行って破壊を行なうべきではないか?
 ……もういい。
とりあえず、この中の人間たちを岩山ごと吹き飛ばそう。
それから地上のあらゆる生命体を抹殺しに行くのだ。
そう結論を出した竜王は、現在では失われた高位呪文の詠唱を開始した。
 だが、まさにそのときザーンゴッドは目覚めようとしていたのだ。

 無人となった王宮で玉座に座ったゴッドは、上位古代語で叫んだ。
「愛・ザーン・ゴッド! 三位一体!!」
 ゴゴゴ……街全体を揺るがすような振動が起こる。
それはザーンゴッドの復活を意味していた。
 竜王は――いや、その場にいたすべてのドラゴンは驚愕した。
あまりに驚いたため、竜王は魔法を中断してしまったほどだ。
 なんと岩山が立ち上がろうとしていた。呆然としてその様子を眺める竜王たち。
岩山に足が生えたような奇怪な物体の左右から、今度は腕が飛び出す。
そして最後に頭部が出現し、同時にありがたい後光が差す。
 無敵鉱人ザーンゴッドの完全復活の瞬間だった。

 ザーンゴッドは周囲を見渡すと、その巨体からは信じられない敏捷さで右腕を振った。
直撃はしなかったものの、数十体のドラゴンがソニックブームによって一瞬で屠られる。
 勝てない。
ほとんど本能で悟った竜王は即座に空の彼方へ逃げ去ろうとした。
数百のドラゴンもそれに続き、わらわらと離脱してゆく。
その様子を見て、鈍く発光するザーンゴッドの目。
「愛の力を借りて、今、必殺の! ザーン・アターック!!」
ゴッドの叫びに呼応し、ザーンゴッドの額から壮烈なエネルギービームが放射される。
一瞬で光に飲み込まれるドラゴンの群れ。
 そして光が消えたとき、竜王たちは完全に消滅し、塵さえも残ってはいなかった。


 こうして世界は救われた。
 ありがとうゴッド。ありがとうザーンゴッド。
 世界は君たちのことを決して忘れないだろう。




 う〜ん、う〜ん……その女性は得体の知れない夢にうなされていた。
何度も何度も苦しそうに寝返りをうつ。
女性が目覚めたのは、夢が終わるのと同時だった。
彼女は弱々しく目を開くと、気だるげに上半身を起こした。
まだ夜明け前らしく、窓の外は薄暗かった。
 彼女の名はマリア・ユーリ。
大地母神マーファに仕える高位の司祭であり、秘密組織<漆黒の炎>の総帥でもある人物だ。
マリアはぼーっと虚空を見つめながら、今の夢について思いをめぐらせた。
 あれはいったい何を意味していたのだろう?
邪悪な竜王の復活。竜王と巨大ゴーレムとの闘い。竜王の敗北……。
 寝室の壁にかけられた女神マーファの姿絵が、穏やかな表情でマリアを見下ろしている。
彼女はふと、ある可能性に思い至った。
ひょっとして、今の夢は神からの啓示だったのだろうか。
時折、神託は夢という形で与えられるのだ。
 そう考えればすべての辻褄が合う…
…はずがなかった。
夢の中で話が勝手に完結しているし、そもそも内容が意味不明だ。
 考えられる結論はひとつ。
さっきのはただの夢だったのだろう。
マリアは再びシーツをかぶった。
そして数秒後には安らかな寝息を立てる。
 この後、彼女が夢の内容を思い出すことは二度となかった。

                          終わり




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