長編小説『漆黒の炎』

          プロローグ  魔獣


 空間の切れ目が徐々に閉じていく。
彼女は自らの手の中にある一振りの剣に目を落とし、つぶやく。
「最低ね…」
「全力は尽くした。それは事実」
傍らに立つ青年は杖に身を預けるようにして満身創痍の体を支えている。
「私の術は完全に機能した。空間とミスリル神像に込められた魔力の多重結界は完全にあの魔獣への力の供給を断つ。
…そしてそれを更に夢幻宮の結界でおし包むのだ。永劫の時の流れの中、
再びかの魔獣がこの物質界に姿を現す事は無い…」
彼女はその青年の無責任なもの言いに憤りを覚え、剣を青年にほおり投げる。
「どうした?」
「貴方達はいつもそうだわ。その自信の根拠は何処にあるの?自分の実力への過信?
それとも、術を破れる者はいないという奢り?」
青年は剣…精神の魔剣『エンハンスソード』を目の前に捧げもち、小さく笑った。
「そう…そうだったな。その過信と奢りがかの魔獣を倒す事も出来ずに
本来立場上、敵である君に協力を求める事につながったのだったね。」
彼女は青年に冷たい視線を送ると背を向けた。
「…帰るわ。私はまだあの魔獣を滅ぼすことを諦めない。
いつか…封印が解ける時、あの魔獣に対抗する術を残す事はあの魔獣を滅ぼせずに
ただ、封印と言う手段で問題を先送りにする私達の義務よ」
彼女はそう告げると、『瞬間移動』の呪文で姿を消した。

「君の言う通りだ。私もそれは理解していないわけではない…」
『ハインよ…』
青年の背後にぼんやりと揺らめく人影が現れる。
それもまた若い青年の姿をしているが、ただ一つ異常な事は彼の姿は透き通り、その縁がぼやけているという事だ。
「君か…」
『被害は甚大です。隊員は全て消滅しました…。それと、ファルアイリアの魂も取り逃がしました』
「そうか…」
『申し訳次第もありません』
ハインはエンハンスソードを影に差し出す。
「報告はしなくていい。それで全滅したと思うはずだ。
ただ、君にはやってもらう事がある。
これは…命令ではない。頼みだ」
『お引き受けいたします…』
影は精神の魔剣『エンハンスソード』をしかと受け取った。
「……頼むぞ」
 ハインは空を見上げた。
空は赤黒い不吉な雲に覆われていた。

 人にはそれぞれに役割と言うものがある。
かの魔獣を滅ぼすのは我々の役割ではなかった。
次にまた運命が巡る時…かの魔獣の役割がその時代のものたちに滅ぼされる事になるよう、仕掛けを作るのが我々の役目だ。
 私はその役目は果たして見せよう。
それでいいかな?我が最大の好敵手にして想い人・・・
『永遠の反逆者』ネレスティよ。


 そして、運命は遥かな時の流れの先、再び巡り来る。
その魔獣の名は『破滅』と呼ばれていた。

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