長編小説『漆黒の炎』
話間(1)
古代の神殿跡…そこは時の流れの中に失われたフェネスの神殿であった。
その神殿跡に三つの影があった。
既に外は真夜中であり、神殿内は真っ暗である。
しかしその三つの影はまったく闇に不自由を感じていない様子だ。
その中の一つ、随分と小ぶりな影がふわりと天井近くを舞う。
かつて天窓であった穴から差し込む星明りに照らされてその姿が浮き上がる。
蝙蝠の翼持つ小さな少女。
「小さな」と言うのは比喩ではない。実際に身長が人の手の平ほどしかないのである。
『報告いたしまーす。闘将副官殿より捜索要請を受けていた被験体142号は
この神殿内で冒険者によって討ち取られた模様』
影の一つがその赤く輝く細目をさらに細める。
「…見られたの?それでその冒険者は?」
『仲間の一人が感染したらしくこの神殿の調査を後回しにして一旦街へ帰った模様。
明日にはまた戻ってくるものと推測。それ以上はフィアちゃんしらなーい』
「…く、面倒な」
雲に隠されていた月が顔を出し、神殿内は幾分明るくなった。残りの二つの影もぼんやりと姿が浮かび上がる。
一人は女性、青白い肌に赤く輝く細目の長髪美人だ。
もう一人は性別もはかれない程に全身を黒い鎧で包み隠した人物。フルフェイスの兜に包まれ顔も見ることができない。
アンデッドナイトかと見まごう姿だが、残念ながら中は空ではない。
全身鎧の人物の兜の奥の瞳がぼんやりと光を放つ。
翼持つ少女、フィアはそれを見てその肩の上に舞い降り、口を開く。
『魔将曰く「逃亡を許したは我が管轄の外の事、面倒な事態となったのは貴殿の失態」』
フィアの言葉に女性は顔を歪めるとフィアではなく全身鎧の人物をにらむ。
「…分かっておりますわ。魔将様。あとの事は私、闘将副官リンが処理します。捜索への協力を感謝いたしますわ」
フィアはニヤニヤしながらさらに口を開く。
『魔将曰く「ベルダインでは我が管轄下の計画が進行中、騒ぎは妨げとなる」』
「…承知しましたわ」
リンは吐き捨てるように言うと『瞬間移動』の呪文により、その姿を消した。
『魔将曰く「計画に戻る」了解、行こうか?魔将ルヴィオン様』
月が雲に隠され、その闇に溶けるように二つの影もその場から姿を消した。
次回 第2話『影』へ続く