
竜王こわい
作 火鱗
画 あさ

「今回の任務は転生した竜王を見つけ出すことです!
転生後の現在、竜王はペーターと言う名前で呼称されているそうです。
タラントの街へ行き、竜王ペーター(仮)を探し出すのです!」
一息に言いきるとその女性はびしいっと目の前で疲れた表情を浮かべている
頭にターバンを巻いたハーフエルフの男を指差した。
ここはアレクラストは西部諸国のタラントとベルダインのちょうど中間ほどに位置する深い山中、
秘密組織『漆黒の炎』の本部、幻魔城の一室である。
『漆黒の炎』の最高幹部、三将軍の一人、『智将』ベルクはターバンのずれを直すと
自らの上司である目の前の女性の顔色をうかがう。
最高幹部である彼の上司は一人しか居ない、『漆黒の炎』首領、『神将』マリアである。
残念ながらベルクの目には別にマリアの精神状態が変調をきたしているようには見えなかった。
つまり、本気で真剣に言っているということだ。
「…どうやって、竜王の転生先などというものを感知なさったのでしょうか?」
転生…それを可能にする魔法が無いわけではないが、
ベルクの知る限りその転生の輪を見破る術は人の身では得られぬものであるはずだった。
マリアは神を降臨させる事も出来るほどの強力な神聖魔法の使い手ではあるがれっきとした人間のはずだ。
では、一体どうやって…
ベルクの疑問に答えるべくマリアが口を開く。…得意げに。
「うん、マーファ様から掲示があったのよ」
「さ、左様で。」
これで理解できた。ベルクも光の神と闇の神という信仰する神の違いはあるものの、マリアと同じくプリーストである。
時折、神から直接掲示が下される事があるのは知っていた。あまり自分に縁がないので思いが至らなかっただけだ。
ベルクも心の中で自らの信仰する神に問いを発してみた。それに答えて心の中に神の声が響く。
『汝の欲する所をせよ』
暗黒神ファラリスの答えは果たして、いつもと変わりの無いものであった。
「それで…竜王を見つけたら味方に引き入れよ…と?」
「敵にするのは困るでしょう?」
マリアはいってにっこりと微笑む。
「…なるほど、最善を尽くしましょう」
ベルクは背中に寒気が走るのを感じた。
…首領は彼に、敵になるようなら消せと言っているのだ。
その部屋の外。
扉に張りついていた彼女は話が終りそうな気配を感じてそっとそこを離れた。
その部屋には探知魔法を阻害する結界が張られているが
反面こう言った原始的な方法での盗み聞きには弱く、
彼女はよくこの方法で最新情報を手に入れていた。
「ふふふ…聞いたわよ?どうやらベルク様ったらタラントへ出張のようね」
彼女…『漆黒の炎』三将軍の一人、『魔将』ライムは一人ほくそえむ。
『智将』ベルクとは格でいえば同格のはずのライムだが
三将軍に昇格する前はベルクの副官をしていた彼女にはいまだにベルクに「様」づけするクセが残っていた。
そしてすばやく自分の執務室へ移動する。
「あらぁ〜ライム様ぁん、おっかえりなさぁ〜い」
ライムを出迎えたのは筋骨隆々の上半身裸の大男であった。彼女の副官の一人ヨックである。
一言しゃべるたびにポージングを決める。
「もぉ〜、ライム様が真面目に仕事してくれないからぁ〜、カレトン困ってたわよぉ〜?」
カレトンはライムのもう一人の副官の名前である。
ライムは下を向いてぶつぶつと口の中で何か言っている。
「あらぁ?ライム様ぁん?」
「キサマは…!」
「え?なぁに〜?」
またそこでポージングを決めるヨック。
「上半身裸でうろつくなっつっとろーがァ!
ついでにそのカマっぽいポージングやめろォ!
『ファイアー・ボール』」
ズガァァァァン!
ヨックに『火球』の呪文が炸裂する。
全身の火傷にヨックはのたうちまわる。
「あぁっ…熱い…もっとぉ……!」
ぷち…
ライムの怒りゲージがMAXになった。
「このマゾバカヤロオ〜!『ブリザード』」
ゴォォオオオオオ!
ヨックを氷雪の嵐が包み込む。
「…さ、寒いのはダ…メ……」
ヨックは生命点が0になり、ばったりと倒れる。残念ながら生死判定には成功しているようだが・・・。
「全く…アタシの部下は使えないのが揃ってるわね!
さて…とタラントに先回りしなくちゃっ!」
ライムは自分の机から水晶球を取り出すと『テレポート』の呪文でその場から消えた。
入れ違いに執務室に入ってきたのはカレトンであった。
「さて・・ようやく書類仕事を片付けられるわい。
…ってうお?な、なんじゃこの部屋のありさまは。
ヨックの奴はボロボロになって倒れとるし、本棚は倒れとるし、わしの机の上の書類は黒焦げだし……って?
て、徹夜で終らせた書類がァァァァアア!?」
その場にへたり込むカレトン。
そこへ三将軍の最後の一人、『闘将』レベッカが入ってきた。彼女は格闘能力に長けたヴァンピレスである。
「どうした?なんか爆音とか叫び声とか聞こえたぞ?」
「ああっ!レベッカ様、見てくださいよぉこのありさま」
カレトンが涙ながらに訴える。
「これは……はっ!しまった?」
「ど、どうかなさいましたか?」
レベッカは壁を殴りつけると天をにらんだ。
「…オレ出番これで終りだ!クソ!」
「はぁ?…ひょ、ひょっとしてわしもですか?」
ご名答。
さて、場面を移してここはタラント近くの山中、
『智将』ベルクは自らの副官アイリアを伴ってタラントへと向かう途中であった。
「…しかし転生したとは言え竜王を消すことなど出来るのですか?」
とりあえずアイリアは暗殺者としての自分の腕にはそれなりに自信を持っていたがはっきり言って毒無効の
全長15メートル以上の巨大なモンスターを殺す方法など全く思いつかない。
アイリアの問いにベルクは苦笑する。
「いや、別に必ずそうなると言うわけではないでしょう?なるべく話し合いで片を付ける気ではいますよ」
「し、しかし…」
「もちろん無策と言うわけではありませんよ。一応本部にある内で最も強力な『封印の壷』を持ってきました。
ま、出来れば使いたくありませんけどね。」
「なるほど…流石ですわ!ベルク様」
アイリアは頬を染めてベルクを見上げている。
(いや、別に誰でも思いつく事で誉められてもねぇ…)
ベルクはただ苦笑で応える。
不意にアイリアの表情が変わり、あたりに視線を向けた。
「どうかしましたか?」
「…完全に囲まれました」
ベルクののんびりした声に、アイリアは緊張した声で応えた。
「やれやれ…しかし、貴方にしては完全に囲まれてから気付くとは珍しいですね」
「それなんですが…気配が周囲に突然現れたんですの」
「ほう…」
気付かれた事を知ったか周囲の木々の影から十数体の
レッサーデーモンが姿を現す。そしてその後ろから一人の女性魔術師が進み出た。
「えーと、たしかロマールの軍師ルキアル殿のエージェントの一人のクラレンスさんでしたか?
なるほど、突然気配が現れたと言うのは『瞬間移動』の呪文と魔神召喚によるものですか…」
ベルクののんびりとした言葉にクラレンスは微笑む。
「説明セリフありがとう。
さすがは『智将』を名乗るだけのことはあるわネ。
大した知識量だワ。」
まるでバカにしたようなクラレンスの口調にもベルクはのんびりと答えた。
「…いえいえ、それほどたいしたことではありませんよ。
それでご用件は?暑中見舞いですか?」
クラレンスは髪をかきあげ、フッと笑うと。
「それが残暑見舞いなのよネ……
…ってそんなわけないでしょ!」
ビシッと器用に自分にツッコミを入れるクラレンス。
「一人ボケツッコミとは…大変ですねぇ」
「う、うるさいわネ!
今ツッコミ役の相方が出張中なのヨ!
ってそんな事より貴方達の組織、不特定要素として危険
だから戦力をそいで置きたいのよネ。
そしたら幹部の一人がこんな小人数で歩いてるじゃない?迂闊だったわネ?死んでもらうワ?殺しなさい!」
クラレンスの命令に応えてレッサーデーモンの一部が
ベルクとアイリアに襲いかかる。
アイリアはさせじと懐から数枚のカードを取りだし、先頭のデーモンに投げつける。
カードの縁は研ぎ澄まされた刃になっており、見事先頭のデーモンの首を切断した。しかし、他のデーモンはひるむことなく向かってくる。
「耳をふさぎなさい」
ベルクの言葉にアイリアは慌てて次に投げようとしていたカードをほおりだし、両手で耳をふさぐ。
ベルクは飛び掛ってくるレッサーデーモン達を気にもせずに手にした鐘を振った。
……ォォォォォォォン…
今まさにベルク達にカギヅメを叩きつけんとしていたレッサーデーモン達が塵と化す。
「私が戦闘が担当ではないからといって…あまり舐めないで下さいね?」
「フフ…ちゃんと知ってるワ。『落魂鐘』…その音を間近で聞いたものは気を失ってしまう強力なマジックアイテムネ?」
抵抗に失敗し、生命点が0になったレッサーデーモン達は
物質界での仮の肉体を維持できなくなり魔界に送還されたと言うわけだ。
「そこまでご存知なら諦めてはいかがです?」
「そこまで…?いいえ、もっと知ってるわヨ?」
クラレンスの余裕にさすがにベルクも表情を硬化させる。
「なんですって?」
クラレンスはビシッと天を指指す。
それに反応して残ったレッサーデーモン達は両手の人差し指を耳に突っ込んだ。
「こうして耳をふさげばご自慢の『落魂鐘』もただの楽器ヨ!どう?恐れ入ったかしら?」
硬直するベルク。
「……確かに恐れ入りましたが、そんな状態でどうやって闘う気です?」
「……はっ!?」
アイリアのカードが次々に両手がふさがっているレッサーデーモンの首を両断して行く。
「ちょっと!アンタ達ボケっとやられてないで
反撃なさいヨ!」
クラレンスが慌てて命令するがレッサーデーモン達は動かない。
なにしろ耳をふさいでいるのでクラレンスの命令などちっとも聞こえないのだ。
かくして、瞬く間にレッサーデーモン達は全滅したのである。
「十二体のレッサーデーモンが?3分も経たずに?」
アイリアはどっかのコ○スコンみたいな事を言っているクラレンスをあきれて眺める。
「貴方…バカ?」
「うっ、うるさいわネ!人の事を馬鹿って言う奴がバカなのヨ!」
クラレンスは半ば涙目になっている。
「別に泣かなくてもいいでしょうに…」
真っ赤になっていたクラレンスは大きく深呼吸をするとなんとか微笑を取り戻した。
「フ…フフ…切り札を持ってきておいて良かったワ。
勝負はこれからヨ!」
「あ、気を取りなおしたみたいですよ?ベルク様」
「そこの小娘っ!うるさいわヨ!
出なさい!魔神機兵!」
クラレンスの言葉に応じて木々の影から姿を現したのは
身長4メートルはあろうかという巨大な石製の魔神像であった。
反射的にアイリアがカードで魔神機兵の首を狙うが、
いともあっさりとはじき返される。
「フッフーン!そんな貧弱なカードなんかで倒せるほど甘くないわヨ?」
クラレンスが笑う。
「ベルク様!あれ…なんなんです?」
「…あれは古代王国時代にカストゥール王国への反逆を目論んだ組織が開発したといわれている
魔神とゴーレムの合成体です。
…たしか精神的な攻撃は無効の特殊能力を持ってたはずですから『落魂鐘』も効かないでしょうね…」
「ベルク様、何か手は無いんですか?」
「いやぁ…これは困りましたねぇ…」
実は手はある。封印の壷だ。
…が、それを使ってしまっては一度幻魔城へ戻らなければならなくなってしまう。
それならいっそのこと今、テレポートストーンで逃げをうった方がマシか…?
ベルクが思案していると状況に変化が訪れた。
魔神機兵が何かに脚を取られ傾き始めたのだ。
ゴボッゴボッゴボボボ…!
「何?何事なノ?」
クラレンスの目の前で魔神機兵は態勢を治す事もままならず、横倒しになってしまった。
「これは…『溶岩噴出』の呪文で発生した溶岩の噴出す穴にはまった様ですね」
そう…魔神機兵の左足はマグマに突っ込んでいるのだ。
「…ということは……」
アイリアはいやそうな顔をしてため息をついた。
「ジャーンジャジャーン!
『魔将』ライム様、ご期待通りにただいま参上!」
クラレンスの背後から大声を上げて登場したのはライムであった。
「ヤだ、ボケ担当が来ちゃったワ…」
「だーれがボケ担当よ!失礼ね!
アタシの『溶岩噴出』でアンタの魔神機兵は動けないわ!
これで、三対一!この数式には勝てないわ!
アンタの負けね!」
「ううっ?」
とりあえずライムの無意味にあふれる根拠の無い自信に気圧されるクラレンス。
「こうなったら…
「うるさいあたしが先なの!食らえ『ブロウ・マグマ』!
やぁぁぁってやるぜぇぇぇ!」
…あう」
口上を遮られて思わず行動中止するクラレンス。
そして、ライムの『溶岩噴出』に応えてクラレンスの足元の地面が盛り上がり硫黄臭いガスがぷしゅうと噴出し…
…そこで呪文の効果は終了した。
「………?」
思わずしゃがみこんで地面をつつくクラレンス。
しかし、一向にマグマは噴き出てくる気配が無い。
「…ライム?」
ベルクの問いかけにライムは舌を出しながら頭を掻いた。
「あはは……ごっめーんベルク様ァ、いわゆる…そのぉい・ち・ぞ・ろ(はぁと)」
「このバカ魔将ォオ!」
「なによアイリア!知らないの?人をバカって言った方がバカなのよ?やーい、バーカ!」
「あぁぁぁぁ!何でこんなバカが魔将なのよ!」
「なにぃ上司に向かってアンタちょっと態度でかいんじゃなーい?」
「うるさい!こんなバカ私が殺してやる!」
「何よやる気ぃ?」
とりあえず猛烈な口喧嘩を始めたアイリアとライムを尻目にクラレンスは魔神機兵にテレポートをかけ、
自らにもかけるべくテレポートを唱え始めた。
「あ、ベルクさん?じゃ、お邪魔したわネ。アタシはこれで失礼するワ。それじゃ、おつかれー」
「はぁ、お疲れ様です。クラレンスさん」
テレポートでこそこそ帰るクラレンスとそれをのほほんと見送るベルク。
「あああああ!ちょっとベルク、何見逃してんのよ!」
「そうですベルク様!あんな奴こいつと一緒に殺しちゃえば良かったのに!」
「はっはーん、アンタじゃ逆に殺されるのがオチね」
「……貴方で試してさし上げますわ!」
「何よやる気ぃ?」
ベルクは聞こえない振りをしながら、タラントのほうを見上げた。
―とりあえず北へー
ここはタラントの街を一望できる街の中の小高い丘の上。
ベルクは座ってぼ〜っと町並みを眺めていた。
「いやぁ…たまにはこうやって仕事の事も忘れてぼ〜っとするのもいいものですねぇ…。
これが休暇なら良かったんですがねぇ…」
今、アイリアは竜王ペーター(仮)の情報を得るためにこの街の盗賊ギルドへと赴いている。
なんだかんだでついてくることになったライムはぼ〜っとしているのに耐えられなくなって
「独自の調査を行う」とかなんとか言いながら街の中心部の方へ歩いていった。
そして今、ベルクは一人であった。
「しかし竜王なんてねぇ…人間に転生したってまともに生活送れるとは考えにくいんですがねぇ…。
覚醒が遅かったのか…それとも…」
「べ〜ルク様!」
ベルクの思索は早くも遮られた。ライムである。
「ライム……様付けはやめなさいといったでしょう」
「いやぁ〜クセでさぁ。なかなかなおんないんだよねー」
ベルクはため息をついた。
「で、なにか情報でも手に入りましたか?」
皮肉である。
どうせ何も無いと思いつつわざと聞いて見ているのだ。
しかし、ライムの答えはベルクの予想を裏切った。
「そりゃもう、ばっちりよ」
「何ですと?」
ライムはにっこりと笑うとベルクの手を引っ張った。
「さ、いきましょ?」
(まぁ、アイリアならすぐに追いつくでしょう)
二人は街の中心部へ向かった。
「う〜ん。いやせんねぇ…」
「そんなはずは無いわ。この街のどこかに『ぺーたー』と呼ばれてる者が居るはずよ?
変に隠し立てするようなら私にも考えがあってよ?」
そんな会話が交わされているのは盗賊ギルド。タラントの街の中の全ての情報が集められるところである。
世話役は名簿や書類を片っ端からひっくり返して捜してはいるがあまり状況は芳しくなかった。
「そんな、暗殺者としてのアンタの腕はよく知ってやす。
隠しなんてしやせんよ。けどねぇ…この街にはペーターなんて名前の奴は居ませんぜ?」
「この街のものではなくても滞在中とかあるでしょう?
とにかく捜して頂戴」
アイリアの無茶な願いに困る世話役。
が、ふと表情が変わった。
「あ…ペーターでやしたよね?」
「なに?見つかったの?」
つめよるアイリアに押されつつも世話役は一つのリストを傍らから引きずり出した。
「いえね…つい2週間まえのコレでたしかそんな名前を見たと思うんでさ」
世話役が取り出したリストには『タラント畜産関係者輸出入管理表』と書いてあった。
「え〜と……ああ、これこれ。コレでしょう?これ以外にゃこの街でペーターは居ないですぜ?きっと。」
アイリアはそのリストを受け取ると該当部分を読み上げた。
「ペーター。管理担当『翼の歌』亭、店主」
ベルクは椅子を引き腰掛け、その店の壁際の席に着いた。
向かいでライムがメニューとにらめっこをしている。
「結局、コレですか…。」
「腹が減っては戦は出来ぬ!マイリー神だかドワーフだかのことわざにはそんなのがあるってハナシよ?
ここ『翼の歌』亭の新メニューがおいしいってもっぱらの噂だったわ」
「ま、確かに情報には違いませんが、少し方向性が違いませんかね?」
「気にしない気にしなーい!」
ベルクはため息をつくとあたりを見まわした。
向こうのテーブルでは女性ばかり五人が席に着いている。
いや、よく見ると一人は少年であったか…。
ただ一人の少年よりも男っぽい服装をした、女性の一人が
店主に喝采を上げている。
「おやっさん、この牛肉、うまいねぇ!」
ベルクとライムの二人はついその声に好奇心を刺激され、
その女性の手元の料理を眺める。
それは、深い皿にライスを盛り、牛肉を載せて肉汁をたっぷりかけたものであった。
壁に張ってあるイラスト付きのメニューを見る限りではこの店の名物メニュー
…牛丼に間違いなさそうだ。
「へえ、そうですかい?」
「うん、確かにうまいな」
店主の問いにやたら薄着の女性が答える。
「なんだかそこらの牛と違う、力強い味がするよ」
「そういえば、やけに暴れる元気のいい牛でしたからね」
のんびりと店主が答える。
「おやじさん!こっちにもその牛丼ふたっつ!」
「あいよ、毎度!」
ライムの呼びかけに店主は軽快に答え再び厨房に戻って行った。
「ね?ベルク、来て良かったでしょ?」
「ふーむ、確かに好奇心をそそるに充分な状況である事は認めましょう」
「素直に食べたくなってきたっていえば?」
「…そうですね」
ベルクは苦笑した。
アイリアは机をバンと叩いた。
「で、なにを食べてらっしゃるんです?……ベルク様まで一緒になって…」
「はぁ…その…牛丼と言うものを…」
「欲しかったら自分で頼めばいいでしょ?」
「そう言う問題ではありません!」
目がマジである。流石のライムも挑発を自重した。
「…あーそれでペーターは見つかったんですか?」
「そうそう!それによくここが分かったわね」
必死に話題のすり替えを計るベルクとライム。
アイリアはじろりと二人をにらむがため息をついてベルクの横の席に腰掛けた。
「この店の店主に聞けば分かるはずですわ…」
「そう言う事ならすぐに聞きましょ?ね、ベルク様?」
「そ、そうしましょう。さっさと仕事は終らせることにしましょう」
アイリアの冷ややかな視線を受けながらもベルクは店主を呼ぶ。
「あのー、店主殿?付かぬ事を伺いますが…」
「なんです?」
「ペーターという名前ご存知ではありませんか?」
「へえ、知ってますよ?」
ベルクは目を細める。アイリアとライムも店主に注目する。
「……何処にいらっしゃるか教えては頂けませんか?」
「何処ねぇ…うーん、強いて言えばそこですねぇ」
店主はベルクの牛丼の器を指差す。
「は?」
間抜けに口をぽかんと開ける三人。
「さっきの話聞いてましたよね?
あの話で出たやけに暴れる元気のいい牛、あれがペーターです。
いやぁ、うちの牛の名前なんてよく知ってますねぇ。
……ありゃ、向こうのテーブルでオーダー呼んでるみたいなんで私はコレで…それじゃごゆっくり」
ベルクは無言で牛丼の残りから牛肉を摘み上げる。
アイリア、ライムもまじまじとそれを見つめた。
そして、三人同時に口を開く。
『ぺーたー?』

再び舞台は幻魔城の一室。
マリアの前で居心地悪そうにベルクが立っている。
「じゃあ、報告を聞かせてもらおうかしら。竜王はどうなったの?」
期待に満ちたマリアの顔を直視できずにベルクはうつむいていたが、決意を固めると顔を上げて口を開いた。
「竜王は…大変美味でした」
「はぁ?」
この後、『智将』ベルクは説明に非常に難儀したと言う事である。
こんな間抜けな報告は後にも先にも一度だけだったと彼は後に語っている。
(了)