暗黒司祭放浪記(ソ−ドワ−ルドノベル)


                                                 火鱗


 一際大きな満月が輝く夜空の下、あたしは森の中を歩いていた。満月の光のおかげで足元も見えるため、明かりにはそれほど困ることはない。
整った顔立ち、青く透き通る瞳、黒い神官服に流れる銀色のロングヘア。自分で言うのもなんだが、あたしは女としてかなり美しい部類に入ると思う。
それこそ賢者と冒険者の国として有名なオランのような大都市を歩いていれば声をかけてくる男には不自由しないに違いない。
もっともそれはこの胸に輝く暗黒神ファラリスの聖印と、肩にちょこんと座っているインプ(悪魔の石像ガ−ゴイルをそのまま小型化したような妖魔)さえなければ‥‥‥の話だが‥‥‥。
‥‥‥そう。あたしは世間一般で言うところの闇司祭(ダ−クプリ−スト)ってやつなのである。
 あたしの名前はア−ティ。闇と自由を司る暗黒神ファラリスに仕える敬虔な闇司祭(ダ−クプリ−スト)である。
暗黒神ファラリスの教義は欲望に忠実に生きよ‥‥‥‥。つまり、簡単に言えば好き勝手にやれってことである。
 だからあたしたち暗黒神ファラリスの信徒は国の決めた法律なんかとはおかまいなしに暮らしている。
そんなわけだからあたしたちは一般の人々からは大変ウケが悪く、多くの国でファラリスは禁教になっているくらいである。
けどあたしに言わせてもらえば、暗黒神ファラリスの教えなんて他の闇の神々に比べたらおとなしい方だと思う。
たとえば、何かを壊すことにしか生きがいを感じられない破壊神カ−ディスの信者や、人生は死ぬことと見付けたりとかほざいてる海の亡者の神ミルリ−フの信者(ちょっと違ったかもしんない)、
それにそれこそキミが何を言っているのかわからないよと叫びたくなるような名も無き狂気の神の信者達、こういった例と比べてみればあたしの言いたい事はお分りいただけると思う。
‥‥‥少々脱線したようだ。話を戻そう。


 あたしは立ち止まり、一つ息をついた。クォ−タ−スタッフ(木製の棍)を地面に突きたて、大木を背にして座り込む。
「‥‥‥ちょっと休憩!」
あたしの肩に座っていたインプがパタパタとあたしの足元に降りてため息をつき、口を開いた。
『‥‥‥これで十何回目でしたかな』
「まだ二十一回目よ!」
即座に帰ってきたあたしの答えにインプは絶句し、また大きなため息をつく。
「なによ、あたしは疲れたの!そりゃあんたは座ってただけだから平気かもしれませんけどねぇ‥‥‥」
あたしはじろりとインプを睨み付けた。
『‥‥‥それはそのぉ‥‥‥つ、月がきれいですなぁ』
「だまれ」
あたしがほおった小石がこつんとインプの頭に命中する。
『イテ、‥‥‥全く乱暴ですなぁ‥‥‥』
こいつはあたしの使い魔で名はインプ。ちなみに名付けた時の様子を再生してみよう。

 『‥‥‥わが召喚主よ。我に名を与えよ‥‥‥』
  (重々しい空気をまといながら)
 「インプ」
  (はっきりと一言)
 『‥‥‥‥‥‥はっ?』
  (一瞬面食らいマヌケな顔で)
 「だからインプ」
  (やっぱりはっきりと)
 『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥承知』
  (しばし逡巡したのち大きくため息をつき、       あきらめたように)

とまあ、こんなぐあいである。思えばこいつの深くため息をつくくせはこの時からだろう。


‥‥‥?
あたしは身を起こすと耳をすませた。かすかに金属と金属のぶつかりあうような音がする。
『?‥‥‥どうかしましたか?』
「あっちで戦っているみたいな音がする。」
あたしは立ち上がるとクォ−タ−スタッフを地面から引き抜いた。
『見にいらっしゃるので?』
「うん。インプはここで待ってて。」
『野次馬ですなぁ』
「好奇心旺盛って言ってよね」
ぼやくインプを背に、あたしは音のする方向へと走った。


 1対4。一人の方はプレ−トメイルに身を包んだ騎士風の男。4人の方は全員揃って黒装束に身を包み、手に持った短剣にはドロリとした液体が付けられている。
明らかに騎士が劣勢に立たされている。
「う−ん‥‥‥どうしよっかな」
あたしは少し離れた木立の中。幸い向こうは戦いに集中しているのかこちらに気付いた様子はない。とりあえず見比べてみる。4人の方は見るからに暗殺者だろう。
もう一方の騎士らしき男は‥‥‥と。
次の瞬間あたしの心は決まった。騎士に味方する。
騎士はちょうどあたしの好みのタイプの美青年であった。理由はもうそれで十分だろう。
「暗黒神ファラリスよ、欲望にとても忠実なあたしに加護を‥‥‥」
あたしは小声で自らの信じる神に祈りを捧げると、木立から飛び出した。
「そこの騎士さん!助太刀するわ!」
「‥‥‥すまない!‥‥‥ぐっ!」
あたしの方をちらっと向いた騎士は、気がそれた一瞬のスキを付かれ暗殺者の短剣を右足に受け倒れこんだ。
‥‥‥‥‥やば‥‥‥ひょっとしてあたしのせい?
‥‥‥とりあえずその問題は棚上げして、目の前の暗殺者4人に集中しよう。一番近くにいた暗殺者を狙ってあたしは右手を前に突き出した。
「ハァッ!」
ちょうど振り返ろうとしていたところに、あたしの気弾 (フォ−ス)の呪文を頭に受け、暗殺者の一人がもんどりうって倒れ、そのまま動かなくなる。
間髪入れず、あたしは慌てて構える暗殺者の一人の喉に クォ−タ−スタッフの先をたたき込んだ。
「あと2人ぃ!」
瞬く間に二人を倒したあたしを手強しとみたか、あとの二人はあたしから大きく距離を取った。その内の一人が懐から一目瞭然で毒と分かるドロリとした液体の塗られたダ−ツを数本取り出す。
「ちぇっ、面倒な…!『暗黒神ファラリスの名において、遠き異界より出でよ!我がしもべ、小さきもの達よ!』」
群虫召喚(サモン・インセクト)の呪文だ。ダ−ツを構えた暗殺者の周囲に、にじみ出るように無数の羽虫が姿を現し、その姿が見えなくなる程にまとわりつく。
暗殺者はたまらず倒れこみ、もがき苦しみながらのたうち回り、しばらくして静かになる。
‥‥‥‥‥‥お食事中の方、嫌な術使ってごめんね。
それを見た残った一人は一瞬あたしと騎士を見比べると、黙って背を向けて逃げ出した。
「逃がさないよ!『暗黒神ファラリスよひととき彼の者の心を我がものに!』」
走っていた暗殺者は唐突に足を止め、手をだらんと下ろし武器を取り落としその場に立ち尽くした。
催眠(メズマライズ)の呪文にとらわれたものは、しばらくの間言われるがままの操り人形と化すのだ。
「ふう…。これでとりあえず全部っと。‥‥‥騎士さん!大丈夫?」
 振り向くあたしの視界に倒れ伏している騎士の姿が入ってきた。あたしは慌てて騎士のもとへとかけより傷の具合を確かめる。
傷口の周りはどす黒い紫色に変色し、騎士の額には大粒の汗が浮かんでいる。
「毒‥‥‥今消してあげるからね」
傷口の上に手をかざしたあたしへ返された騎士の返事は、ダガ−の先だった。                 


 あたしの喉元にダガ−の先が突き付けられる。
「キミは‥‥‥暗黒神の闇司祭か‥‥‥!」
予想をはるかに超えてヤバイ雰囲気にゴクリと唾を飲み込んだあたしの目に、騎士の鎧に刻まれた紋章が映った。
それは光の神々の長、法と秩序を司る至高神ファリスの紋章だった。
‥‥‥これはまずい。ファリスが光の神々の長であるのに対し、ファラリスは闇の神々の長、この2柱の神は宿敵同士といっても過言ではない。
よりによって、よりによってファリスだなんてぇ‥‥‥。
これが知識神ラ−ダや戦の神マイリ−などの他の光の神なら妥協も出来るかもしれないけどぉ‥‥‥。
あたしは目の前が真っ暗になったような気持ちだった。
‥‥‥どうしてあたし男運無いんだろ‥‥‥。
あたしが過去に目を付けた男たちを振り返りながら我が身の不運を噛み締めていると、目の前の騎士の手からダガ−がすりぬけ地面に落ちた。
同時に騎士は荒い息をつきながら倒れこむ。どうやら意識を失ったらしい。
「ど…どうしよう?ねえインプ」
あたしは後ろを振り返ると催眠(メズマライズ)の呪文を受けた暗殺者を縄で縛り上げようと四苦八苦しているインプに声をかけた。
使い魔と主人の心はつながりを持っている。インプの考えていることはあたしに分かるし、あたしの考えていることもインプに伝えることが出来る。
さっきあの暗殺者に催眠(メズマライズ)の呪文をかけたときにあたしはインプを呼んでおいたのである。
『どうって‥‥‥そりゃあ、このまま放置するのがよろしいでしょう。これ以上、面倒事に頭を突っ込むことはありますまい?』
「う−ん。…でもせっかくの出会いのチャンスだし…」
『‥‥‥ファリスですぞファリス。
思いますに暗黒神であるファラリスに仕えるア−ティ様との出会いではどう発展したところで行き着く先は戦いなのでは‥‥‥?』
「う‥‥‥‥‥‥‥」
あたしは迷っていた。まぁ、インプの言うことはもっともであろう。でもやっぱり好みの美形ってのは後ろ髪を引くし…。
う−む。どうしようかなぁ…。
「う−ん。‥‥‥よしっ!治そう」
『まったく物好きな‥‥‥』
これ見よがしにインプが後ろで大きなため息をつくがここは無視する。
「『偉大なる暗黒神ファラリスよ、我に力を貸し与えたまえ‥‥‥。毒にむしばまれし彼の者を癒したまえ』」
ゆっくりと傷口の周りの変色がおさまっていき、それに伴い騎士の呼吸もおさまってゆく。
あたしは解毒(キュア・ポイズン)の呪文に続けて今度は癒し(キュア・ウ−ンズ)の呪文を唱えた。
「『‥‥‥ファラリスよ、彼の者の傷を癒したまえ』」
癒し(キュア・ウ−ンズ)の呪文はその名が指す通り基本的には傷を治す呪文だが、同時に失った体力を回復させる呪文でもあるのだ。
そして、しばらくして騎士は目を覚ました。


 「何故だ?」
開口一番。騎士は目を開けるとあたしに問い掛けてきた。
「へっ?」
「何故、オレを助けたんだ?」
一瞬あたしは口ごもる。
「‥‥‥いや、助けたかったから‥‥‥だけど」
「では何故、オレを助けようと思ったんだ?
オレはキミに刃を向けたんだぞ?」
「‥‥‥え−と、せっかく助けようと思った相手に目の前で死なれたら後味が悪いから‥‥‥かな」
「…それだけか?他に目的があるんじゃないのか?」
目的‥‥‥か、ちょっと出会いとか美形とか好みとか、色々な言葉が頭をちらつくがそれを言うのはまずいような気がする。
「う−ん。あとはなんとなく‥‥‥」
頭をかきながら言ったあたしを見て騎士は目を伏せ、自嘲気味に笑った。
「…そうだな。キミはファラリスの司祭だったな。我々と違ってしたいと思った事にいちいち悩む必要はない…か」
「?」
誉められてるのかな?けなされてるのかな?
「それに‥‥‥よく考えてみれば今のオレはもう聖騎士ではない。ファラリスの信者だからといってとやかく言う資格もないか」
「‥‥‥よかったら話してみない?」
「‥‥‥‥‥‥‥」
騎士はあたしの顔をじっと見つめると星空に目を移し、話し始めた。
「俺の名はヴィル。見れば分かるかもしれないがファリス神殿の聖騎士をしていた。
オレのいた神殿には一人高司祭がいてな‥‥‥名をダグラスという。
そのダグラスという男はおおよそファリスの信者とは思えない男でな‥‥‥‥不正や悪事を巧みに行なっていた。
だが、たとえ奴が悪人であることが分かっていても、証拠がなければ法で裁くことは出来ない‥‥‥。」
「ファリスの神官には邪悪感知(センス・イ−ビル)の呪文があるじゃない?」
「だめだ‥‥‥。邪悪感知(センス・イ−ビル)の呪文はかけられたその瞬間に邪悪なことを考えているものにしか反応しない。
これでは奴を捕まえることは出来ない」
「あ、そうか‥‥‥」
「‥‥‥オレは奴をどうしても許せなくてな。法で奴を裁けないなら俺の剣で裁いてやろう‥‥‥そう考えて今奴のいる別荘へ向かってるところさ」
騎士は‥‥‥ヴィルはそう言って、森の奥の小高い丘を指差した。
「じゃあさっきの暗殺者たちは‥‥‥」
「‥‥‥ああ。ダグラスの手先だろう。‥‥‥証拠もなしに奴を殺そうとしている今のオレはただの殺人者だ。
そういう意味じゃオレはさっきの連中とさほど変わらんかもしれないな‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
ヴィルはゆっくりと身を起こした。
「‥‥‥いつまでもこうしてはおれん。‥‥‥今晩中に着かなければ‥‥‥」
あたしは落ちていた剣を拾うとヴィルに手渡した。
「あたしもつきあってあげるよ!」
「何だって?」
ヴィルは呆気に取られた顔であたしを見つめる。
「‥‥‥だから手伝ってあげるって」
「何故‥‥‥っと、そうだったな。キミの気が向いたから…か?」
「ま、そ−ゆ−こと」
あたしはにっこりと微笑んだ。
ヴィルは剣を鞘におさめると歩きだした。
「‥‥‥キミの名は?」
「ア−ティよ」
「ありがとう‥‥‥ア−ティ」
ヴィルの後に続いて歩きながらも顔がゆるむのを押さえられないあたしの肩に飛び乗ると、インプは大きなため息を着いた。


 「‥‥‥まずいな」
少し離れた茂みの中から、ダグラスの別荘の入り口の方を伺いながらヴィルがつぶやく。
夜も更けてきたというのに別荘の入り口には律儀に二人の見張りが立っていた。
見張りはヴィルと同じような鎧を身につけ、槍を手にしながら、くそ真面目な顔で突っ立っている。
「あれってやっぱりヴィルと同じ‥‥‥」
「‥‥‥ああ。ファリスの神官戦士だ。別荘にはさすがに神殿警護の神官戦士は使わずに、奴自身の私兵を使うんじゃないかと考えていたんだが‥‥‥」
あたしの問いにヴィルは苦々しく答えた。
やっぱり同僚相手だとやりにくいんだろう。
ヴィルはまだ難しい顔で考え込んでいる。まぁ‥‥‥‥、顔見知りが見張りをしているところを襲撃するのは少し嫌かもしれない。
 あたしは一つの考えを頭の中でまとめると、問題点を修正して作戦を組み立てた。
「ねぇ、ヴィル。あたしがおとりをやってあげるから、ヴィルはそのスキにあの窓から中へ入って」
あたしは一階の裏にある窓を指差した。
「何?‥‥‥‥‥でも一人で平気なのか?」
あたしは人差し指を立て、にっこりと笑った。
「フフン。これでもあたし元高司祭よ?」
「‥‥‥分かった。頼みますよ。高司祭様」
「やだ。ア−ティって呼んでよ」
「‥‥‥それじゃア−ティ、お願いするよ」
「まかしといて!じゃ、騒ぎが起きたら動いてね」
「分かった」
ヴィルは建物の裏手の窓のある方へと茂みの中を移動していった。
「インプ。分かってるね?」
『はいはい‥‥‥、まったく人使い‥‥‥いやインプ使いの荒い方だ‥‥‥』
インプはヴィルを見張れというあたしの命を受け、暗闇の空へと舞い上がった。
「さてと、あたしも準備しなきゃね‥‥‥」
あたしは見張りに見えないように大木の陰で立ち上がると懐から魔晶石を取り出した。
魔晶石というのは中に魔力をため込んだ石で、これを使えば魔法を使ってもある程度は疲れずにすむのである。
「『…暗黒神ファラリスの名において、遥かな異界より我は汝を召喚す!出でよ!下位魔神(レッサ−・デ−モン)グルネル、ザルバ−ド、ラグナカング!』」
地面に淡く光る魔法陣が浮かび上がり、三体の魔神が姿を現した。
『‥‥‥我らが召喚主よ、我らに命令を与えよ‥‥‥』
「OK、見つかるとまずいからとりあえずかがんで」
『‥‥‥‥‥‥‥承知』
えらそ−に突っ立っていた三体の魔神はこそこそと地面にしゃがみこんだ。
「じゃ、これからやってもらうことを説明するから、よく聞いてね」
『承知』
かくして、茂みの中で人と悪魔が円陣を組んでいわゆる不良座りをしているマヌケな光景が、しばらくそこで展開されたのであった。


 入り口の方で何やら悪魔が出たぞ−とか大声が上がり、中からバタバタと人が移動する音がおさまるのを待って、ヴィルは茂みから出た。
なるべく静かにいこうと忍び足を試みるが、かえって鎧がガチャガチャと大きな音を立ててしまう。
仕方なくヴィルは忍び足をあきらめ、窓の所まで普通に歩いていくことにした。
ヴィルは窓に鍵が掛かってないのを確認するとゆっくりと窓を開け、中の様子をうかがう。
そして誰も近くにいないのを確認し、ヒラリと‥‥‥は無理なのでガシャガシャと中へ侵入した。
「‥‥‥盗賊の気分を味わうことになるとはな‥‥‥」
ヴィルは小声でつぶやくと、別荘の中で一人ダグラスの部屋を目指した。


 その頃、入り口の前ではファリスの神官戦士達と十三体の魔神達が睨み合っていた。
…いや、睨み合うというのは正確ではない。正確には大声で笑う魔神達の様子をファリスの神官戦士達が不気味そうに伺っている…である。
幻影(イリュ−ジョン)の呪文により十体もの幻を造り出したため、すでにグルネルだけでなく三体とも魔力はすっからかんになっていた。
『ハァッハッハッハッハッ‥‥‥なぁ、ザルバ−ドよ…』
笑い疲れたグルネルは情けない表情で、傍らで笑うザルバ−ドに話し掛けた。
『フォッフォッフォッ‥‥‥何だ?グルネルよ』
『‥‥‥我はこんなに屈辱的な命令を与えられたのは初めてだ‥‥‥』
『‥‥‥我とて同じよ。誇り高き我ら魔神に、ただ大声で笑い続けよ‥‥‥とは、バカにするにも程がある!』
『何をさぼって無駄話をしておる!決められた時が過ぎて魔界へ帰るまでの間、我らにとって召喚主の命令は絶対なのだ。
どんな命令であろうと逆らうことは出来ぬ。
‥‥‥さあ下腹に力を入れて、もっと大きな声で!
カ−カッカッカァッ!』
ラグナカングはやけくそ気味にグルネルとザルバ−ドを叱咤すると、再び笑いだした。それに従いグルネルとザルバ−ドも仕方なく笑いだす。
『‥‥‥うぅっ‥‥‥ハァ−ハッハッハッハッハ!』
『‥‥‥無情だ‥‥‥フォッフォッフォッフォッ!』
魔神達(幻影含む)の笑いの大合唱をまのあたりにして、ファリスの神官戦士達はひるむ‥‥‥‥‥‥‥というか、むしろ引いていた。
「お‥‥‥おい、こいつらヤベえよ‥‥‥」
「う‥‥‥うむ、普通じゃないぞ‥‥‥」
「‥‥‥ど、どうする?」
「しかし、下位魔神(レッサ−デ−モン)だぞ?
‥‥‥うかつにスキを見せるのは危険だ」
「く‥‥‥不気味すぎて攻撃できん‥‥‥」
戦線(?)は膠着していた。


 ヴィルは目当てのダグラスの部屋へ辿り着いたものの、入り口で立ち尽くしていた。
「‥‥‥‥‥‥聖騎士隊長‥‥‥」
ヴィルの目の前には二人の人物がいた。一人はダグラス、頭の禿上がった小太りの男で、ニヤニヤと下卑た笑みを顔に張りつかせヴィルを見ている。
そしてもう一人はヴィルとほぼ同じ鎧に身を包んだ初老の男であった。
「ヴィル…まさか本当にお前がダグラス高司祭の命を狙いにくるとはな‥‥‥」
「だから言ったであろう、聖騎士隊長よ。…さて、この部下の不始末‥‥‥どう責任を取るつもりかね?」
ダグラスは傍らに立つ聖騎士隊長をちらりと横目で見る。
「‥‥‥聖騎士隊長‥‥‥オ、オレはそのダグラスの悪業を許してはおけません!こいつが何をしていたか、隊長もご存じないはずはないでしょう!」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「ふむ、ヴィル君、ワシが悪業だと?‥‥‥失敬だねぇ、至高神ファリスの高司祭を捕まえて‥‥‥」
「だが事実だろう!エミリ−も貴様が‥‥‥!」
ヴィルはダグラスに指を突き付け、怒気荒く言い放った。‥‥‥‥‥‥ところで、エミリ−って誰?
「ふ−む、で、ヴィル君、ワシをそうやって非難するからには、当然証拠なり何なりがあるのだろうね?」
「くっ‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥ヴィルよ、証拠が無ければ‥‥‥法で裁くことはできんのだ」
聖騎士隊長は苦しそうに言うとゆっくりと剣を抜いた。
「そうだ!聖騎士隊長よ、ヴィルを斬り捨てよ!」
「ちっ!」
ヴィルも仕方なく剣を抜く。
‥‥‥頃合かな。
あたしはダグラスの部屋に駆け付けた。
「ちょっとまったぁ!証拠があればいいんだよね?」
「なっ、何だキサマは!?」
「ア−ティ!?」
「証拠ならあるって言ったのよ」
あたしは天窓の上でこの部屋の中の様子を伺っているインプに魔力を貸すように頭の中で命じながら、不敵に笑ってみせた。
ここまで来る途中にいた見張り達を片っ端からみんな毒素(ポイズン)の呪文でマヒさせてきたので、正直魔力があまり残っていないのだ。
「ア−ティ!本当か?」
「もっちろん」
あたしはヴィルの方へ駆け寄った。
「‥‥‥貴公、ファラリス信者か?」
聖騎士隊長があたしの胸にかかっている聖印を見咎めて言った。
「あたしの事よりも気になることがあるんじゃないの?聖騎士隊長さん?」
「こ‥‥‥こんな暗黒神信者の言うことなど、聞く必要はない!斬れ!聖騎士隊長!
此奴等二人とも斬ってしまえ!コラ!聞いておるのか聖騎士隊長!さっさと斬らんか!」
みっともなく叫ぶダグラスを無視して聖騎士隊長はあたしの目をじっと見る。
「‥‥‥‥‥‥聞こうか」
「せっ聖騎士隊長!?暗黒神ファラリスの信徒と馴れ合うつもりか?こっ‥‥‥これは明らかに至高神ファリスに対する冒とくだ!さ、査問にかけてやるっ!」
ダグラスは顔を真っ赤にして叫び声をあげる。
「高司祭殿!少し黙っていただきたい!それとも何か後ろ暗いところでもおありか?」
「あ…ぁぅ…」
聖騎士隊長はダグラスを黙らせるとこちらへ向き直った。あたしはにっこり笑ってダグラスを指差す。
「証拠はあの人よ」
「?‥‥‥どういうことかな?」
聖騎士隊長とヴィルは訝しげにあたしを見ている。
「…催眠(メズマライズ)の呪文って知ってる?」
あたしは聖騎士隊長の問いには答えずに逆に問い掛けた。
「‥‥‥確か相手を催眠状態にし、意のままに操る忌まわしき暗黒魔法の呪文‥‥‥であったか?」
「その通り。ちょっと忌まわしきってあたりが気になるけど‥‥‥まあいいわ。当然催眠状態の人間はウソをつくことが出来ない。
自分自身の証言なら十分すぎる証拠になると思うんだけど‥‥‥どう?」
ダグラスの顔が真っ青になる。赤くなったり青くなったり忙しい人だ。
「‥‥‥‥‥‥なるほど」
「バッバカなッ!?聖騎士隊長!キサマこんな暗黒神の信者の言うことを真に受けるつもりか!?」
「高司祭殿よい機会ではありませんか。あなたの無実を証明するのにこれ以上の手はありませぬぞ?それとも…」
「だっだまれっ!ワシはファリスの教えに反するようなことはしておらん!」
「ならば試してみるのがよろしいでしょう。何、ご安心めされよ。結果はどうあれ高司祭殿の安全はこの私が我が剣に賭けて保障いたしますぞ………結果がどうあれ……ね。
ささ、遠慮なく」
聖騎士隊長はそう言ってヴィルと二人でダグラスの逃げ道をふさいだ。
………う−ん。ダグラスって人よっぽど嫌われてたんだろうなぁ。
「じゃ、そういうことで………始めよっか」
あたしが一歩踏み出すとダグラスはまるで蛇に睨まれた蛙のように情けなくヘナヘナとその場にへたり込む。
 そして、あたしは催眠(メズマライズ)の呪文を唱え始めた。


 一際大きく輝いていた満月はすでに地平線にさしかかりもう数刻で朝日が姿を見せようかという明け方、
あたしは沈んだ表情で森の中を歩いていた。
 あたしは一つ息をつくと、クォ−タ−スタッフを地面に突きたて、大木を背にして座り込んだ。
「ちょっと休憩!」
あたしの肩に座っていたインプがパタパタと地面に降りてため息をついた。
『またですか‥‥‥』
「ほっといてよ!」
あたしは不機嫌な声で言った。
『しかし無駄骨でしたなぁ‥‥‥‥。あのヴィルとやらにまさか恋人がいたとは‥‥‥』
そう‥‥‥ヴィルはどうやらダグラスに囚われた恋人である同僚の女神官を助けるためにこんな別荘に一人で行こうとしていたらしいのだ。
『催眠状態のあの男に罪の数々を白状させるかと思えば…それより先に恋人の安否と所在を尋ねるとは‥‥‥いやはや、お熱いことで‥‥‥』
あの時はあたしも目の前が真っ暗になったものだ(ちなみに本日二度目)。
‥‥‥‥‥‥くやしくなんかないやい。ぅぅ‥‥‥。
『あの時のア−ティ様のマヌケな硬直っぷりと言ったら もう‥‥‥』
「だまれ」
あたしが放った小石がインプの頭に命中する。
『イテ‥‥‥そんなに気に入ったのでしたら、力ずくであのヴィルとやらを手に入れてしまえばよろしかったのではありませぬか?』
インプは不思議そうにあたしの顔を覗き込む。
「‥‥‥だぁ〜からぁ、そういうやり方はあたしの趣味じゃないの!少しは乙女心ってやつを考えなさいよね!」
『ククッ、暗黒司祭が乙女心ですか?』
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥殺してあげようか」
『あ、いや!その‥‥‥な、難儀なことですな!』
「‥‥‥‥‥‥‥」
あたしがインプから視線を外すと、インプは安堵のため息をついた。
 あたしは自分の男運の悪さをなんとかしてもらおうと、もう何回目になるか分からない祈りを今またファラリスに捧げるのであった。



                                          (了)  





  デ−タ・セクション


ア−ティ (人間、女、21歳)
 器用度14(+2) 敏捷度16(+2) 知力18(+3) 筋力18(+3) 生命力16(+2) 精神力19(+3)
 冒険者技能 ファイタ−7 セ−ジ4 レンジャ−2 ダ−クプリ−スト(ファラリス)7
 一般技能 アサッシン1
 冒険者レベル:7
 生命力抵抗力:9  精神力抵抗力:10
 武器:クォ−タ−・スタッフ(必要筋力18) 攻撃力10 打撃力23 追加ダメ−ジ10 回避力9
 鎧:ハ−ド・レザ−(必要筋力13) 防御力13 ダメ−ジ減少7
 魔法:暗黒魔法7レベル      魔力10
 言語:(会話)共通語、東方語、西方語、下位古代語、インプ語、暗黒語
     (読解)共通語、西方語、下位古代語、暗黒語

ヴィル(人間、男、20歳)
 器用度14(+2) 敏捷度16(+2) 知力14(+2) 筋力20(+3) 生命力18(+3) 精神力15(+2)
 冒険者技能 ファイタ−4 プリ−スト(ファリス)3 セ−ジ1
 冒険者レベル:4
 生命力抵抗力:7  精神力抵抗力:6
 武器:グレ−ト・ソ−ド(必要筋力20) 攻撃力6 打撃力25 追加ダメ−ジ7 回避力6
 鎧:プレ−ト・メイル(必要筋力20) 防御力25 ダメ−ジ減少4
 魔法:神聖魔法3レベル      魔力5
 言語:(会話)共通語、西方語、下位古代語
     (読解)共通語、西方語、下位古代語

聖騎士隊長(人間、男、48歳)
 デ−タはSW完全版の騎士団長のデ−タに
 神聖魔法レベル4 魔法強度13 魔力6 を足したもの いやぁ、名無しになってしまいましたねぇ。

ダグラス(人間、男、46歳)
 必要ないでしょう。戦闘能力はただのおじさんです。

モンスタ−
 インプ、グルネル、ザルバ−ド、ラグナカングについて のデ−タはSW完全版を参照のこと。

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