かくし
漆黒会議
漆黒の炎の本拠地、現在に至るまでたった1度しか攻略を許していない堅固なる魔道要塞。
幻魔城と呼ばれるその要塞の中心部には大きめの会議室があった。
無論魔法は中に届かず、また、立ち聞きなどの無いよう近衛の長、ライン少年が警備に立っている。
厳重な警備の内側ではいままさに会議が始められようとしていた。
参加者は漆黒の炎の首領、マリア。
最高幹部3将軍のベルク、レベッカ、ライム。
そしてその副官、アイリア、リン、ラリー。
現在の漆黒の炎においては考えられうる最高のメンバーと言えよう。
もっとも前首領フェイリスの時代は戦略の全てを首領が立て、
会議など召集することはなかったのではあるが。
「では…はじめましょうか」
マリアの一言にベルクの横に立つアイリアが書類をめくり報告を始める。
「…議題はみっつです。
ひとつ、アザーンの情勢について
ひとつ、『真理の杖』の動きについて
ひとつ、対ロマールの方針」
「エレアスね!」
アイリアの言葉が終わらないうちに魔将ライムが声をあげる。
心なしかその言葉の端々に怒りのような物が感じられる口調だ。
「…ではアザーンからいきますか」
智将ベルクが言ってアイリアを促した。
アイリアはライムの横槍に気分を害したようではあるが上司の命令に従う。
「は、現在ベノールの軍備拡張に対してアザニア、ザラスタが難色を示しています。
ベノールは暗黒神信仰を容認し、その周辺では最近妖魔、幽霊船、飛竜の姿がよく見られるそうです。」
「内部情報はどの程度つかんでらっしゃいますの?」
闘将副官のリンが首をかしげながらアイリアに問う。
特殊部隊を管轄とする彼女にとって侵入や突入の作戦が行われる時のため、
内部情報は必要且つ重要な情報だ。
「…それがガードが固く…」
「いや、これだけでも色々と分かりますよ。
…推測ですがね」
困るアイリアにベルクは笑ってマリアを伺う。
マリアが頷くのを見るとベルクは説明を始めた。
「まず…暗黒神の信仰を容認している…ということから彼は闇司祭を飼っているのは間違い無いでしょう。
無駄なことはしない性分ですからね。彼は」
ベルクの話に一同が集中するなか、レベッカだけは浮かない顔をしている。
エレアスには目をかけていただけに複雑なのだろう。
「次に幽霊船や飛竜、妖魔が確認されている事から彼がベノール通常以外の戦力を保持、
あるいは戦力を得るため他勢力と折衝中と推測できます。
ただ、彼一人でたったこれだけの時間でこれらのことをやったと考えるには無理があります。」
「…結論は?」
レベッカが不機嫌な声で問う。
彼女は回りくどいのは好きではない。
「…ミラー・ミラージュを再び召集しているという事です」
「しかし、報告では解体したハズでは?」
ラリーが目を細め、扇子を口元で広げながら言う。
「その報告をしたのは誰よ」
「…なるほど」
ライムの言葉にラリーは笑って扇子を閉じた。
マリアは相変わらず穏やかな表情で一同を眺めている。
「それで彼の今後の予定は?」
「これも推測ですが…アザーン方面に敵がいなくなるまでは大陸には手を出してこないでしょう」
(もっとも幻魔城に直接攻撃の可能性は捨てきれませんが…)
心ではそう考えつつもベルクは言いきる。
エレアスはフェイリスが直弟子に選ぶほどの人物。頭は回る。
そして、ベルクにとっては頭が切れる相手のほうが行動を読みやすいのである。
過去、ガストンやレベッカの行動を読みきれなかった自分を思い、ベルクは内心苦笑した。
「さて、どうしたものかしら」
マリアは困った表情でメンツを見まわす。
「エレアスをぶっちめんのよ!
決まってんじゃない!」
「御意!飛行船で蹂躙すると言う手もありまス」
即座にライムが強攻策を提示しラリーがお追従を打つ。
いつものパターンではあるがさらにパターンは続く。アイリアの過剰反応だ。
「反対です!それほどの戦力的、資金的余裕はありません」
憎しみのこもった瞳でアイリアはライムを睨みつける。しかし・・・
「なによ!金かかんなきゃ文句無いのね!」
珍しいライムの自信にアイリアは逆に気圧されてしまった。
「それは…そうですが」
「どんな策?」
マリアがライムを促す。
「ふっふーん。ミラミラっつったってエレアスのワンマンチームでしょ?
他はたいしたことない連中なんだからエレアス一人やっちゃえば済むじゃ無いの」
「おお!?ライム様が今回は珍しく考えておられる!」
一瞬同じことを考えたリンとアイリアはラリーをぶん殴ったライムから目をそらした。
「どうかな?ベルク」
マリアがペンを指で回しながらベルクに尋ねる。
「……レベッカ。貴方がエレアスとサシになったとして勝てる確率はどのくらいですか?」
ベルクは質問には直接答えず、レベッカに意見を求めた。
「今のアイツの魔力はフェイリス様に匹敵する。
正直…5回闘えばオレは3回負けるだろう」
「え?そんなにつおいの?エレアスって」
ライムは額に汗を浮かべると笑いながら自分の案を引っ込めた。
自分が行く事になると困るからである。いつもながら引き際は見事だ。
「では、ひとまず後回しという事で後の二つを片付けましょう」
「は、『真理の杖』のラムリアースでの行動ですが阻止に成功したとエージェントから報告がありました」
「たしか闘将陣営のB級エージェントと魔将陣営(うち)のC級エージェントの計二名を送ったんでしたか」
ラリーは扇子を開けたり閉めたりしながら記憶を呼び出している。
「残念ですがC級エージェントを失ったとのことです」
「ふーむ、まぁあちらさんも本腰の計画じゃないみたいだからって二人しか送らなかったけど…
もう少し送っとけば良かったかな」
マリアは軽く祈りを捧げた直後、あっさりとそう言い放った。
「っていうか情けないわね!
ラリー!ちゃんとエージェントの教育やってんでしょうね?」
「も、勿論です。
し、しかし今回の選抜条件は戦闘能力ではなかったものでして…」
「ま、なんにせよひとまずこの件は片付いたわけですね。
後は『真理の杖』への調査を続行するという事で」
ベルクは言ってマリアを見た。
「よしなに」
マリアの答えにアイリアは報告に戻る。
「対ロマールですが…今のところ目立った動きはありません」
溜息をついてマリアは笑う。
「じゃあ、アザーンに戻るしかないわね。どうしようか?」
「…私にこの件任せていただけますか?」
「べッベルクがエレアスとタイマンすんの!?」
「ちがいますっ!!」
ライムのボケに慌ててベルクが突っ込む。
戦闘が苦手のベルクでは本当にお話にならない。
「具体的にはどうするつもり?」
「はい。まずアザニア、ザラスタについてはほおっておきます」
リンが目を細めながら反応する。
「…見捨てるわけですの?」
「というか、おそらく間に合いません。
それよりはその後のことを考えるべきでしょう」
「続けて」
「まず、フェイ・クラインにミラルゴ、アノス方面に行って頂こうと思います。
まぁ、これはもしもの時のための準備です。
今から準備すれば大陸まで抜けられるころにはなんとか間に合うでしょう。
まぁ、使わずに済めばそれにこしたことはありませんがね」
「フェイって謀略請負人の?」
「さいです」
こそこそとライムはラリーに確認している。
しかし、元々物覚えが良い方では無いので謀略請負人であることを
覚えていたのは行幸というカンジであるが…。
「で、当面の問題は?」
「はい、先ほどのB級エージェントにまた働いていただこうと思います。
レベッカ、本来キミの配下ですが…
よろしいですか?」
『言の葉の』バロック、それがそのB級エージェントの名前だ。
真理の杖の対応時には冒険者の協力を取り付けるために
ディスポーザル・スプライツのエージェントと自らを偽っていた。
その能力は言葉をもっての情報操作。
交渉、撹乱、取り入り、懐柔などを得意とするエージェントなのである。
彼の本名はバロック・ゼーフォン。
そして、レベッカの本名はレベッカ・ゼーフォン。
彼はレベッカとは親戚関係にある。それゆえのベルクのこの配慮であった。
「…下らんことをいちいち聞くな。
好きにすればいいだろう」
レベッカはこの配慮が気に入らない。自然、口調も乱暴になる
「では、彼にはラクリマ公国へ行ってベノールに対抗する戦力を整えていただきます。
彼なら漆黒の炎にはいったのは最近ですから
昔からのエージェントと違いエレアスに悟られる可能性も低いでしょう。」
(ヘクタルは対ロマールから外れていただくわけにはいきませんしね…)
「OK、じゃ本件はベルクに任せるわ。これで会議は終りとします」
マリアの言葉に参加者たちは三々五々部屋を出て行く。
しかし、レベッカがその時なにかを決意したような表情を浮かべているのを
察することができたのは長年副官を務めたリンだけであった。
執務室に戻ったベルクはもう一人の将軍に会議の内容を伝えていた。
「…ほお、ではジラは」
「ええ、様子を見た方が安全でしょうね」
「留意する」
気配の消えたヘクタルを見送るとベルクは一人つぶやく。
「これでアザーン諸島内で戦力が拮抗しあうならよし、
エレアスが突破しアザーンとミラルゴ、アノスが睨み合うも良し。
それすら突破するようなら…
…その時のため、我等漆黒の炎も対抗勢力となれるよう強化の必要があるのかもしれませんね…
…しかし、いずれにせよすべてはマリア殿の…
そして、フェイリス様のお考えの通りなのです」
ベルクは早速、命令書等の書類の準備に取りかかった。