かくし



水竜島



 水滴の落ちる音が静かに響いている。
暗い、洞窟とも遺跡ともつかぬ場所だ。
カラン、
新たな音が加わる。
グラスを傾け、中の酒に浮かべた氷がグラスと触れ合い音を発する。
一人の男がグラスを片手にゆったりとした大きなソファに腰掛けていた。
その顔つきは精悍ではあるが、どこか邪悪な印象を受ける。
「フフフ…ままならんな…だが、そうでなくては面白くない。」
彼の名はシュネイ。人間では無い。
竜、それも未分化の原初の風と水の精霊力をその身に宿す水竜、
正確には霧竜、ミストドラゴンだ。
この「男」の姿も本来の姿では無い偽りの…仮の姿だ。
何故、シュネイが竜の身でありながら好んで人の姿をとるのか、その理由は単純なこと、
人間の姿のほうが贅沢や嗜好を楽しみやすいから、という点に他ならない。
今も彼は目の前の壁をスクリーンとした幻影による映像を肴に酒をあおっている。
人間の姿になる副次的な効果としては竜の身では避け得ぬ弱点、
『休眠期』をやり過ごすことができるということもあった。
 竜を信仰する人間の部族を配下とし、その島、水竜島スルトを根城として
世界の全てを手に入れる事を目的として事を進めようとしていることからも
シュネイが竜としては異常なことは明白だろう。
 そのシュネイの目的を長年妨害しつづけてきた存在、雷竜シャインダルクももはやいない。
シュネイに取引を持ちかけたある人間の魔術師の策謀によりその魂すらも滅び去ったのだ。
もはやシュネイをとどめる存在などありえない……はずだった。

 『竜血の加護』という術がある。
血を触媒として術者の生命力で目標に強力な防護結界を与えるドラゴンロアの秘術のひとつだ。
これを使うことでシュネイは自らの気にいった人間を強化し、腹心とするのを好んでいた。
とはいえ、竜の生命力といえど限界はあるし、この術を使っている間中、
術者であるシュネイの生命力全体も低下してしまうことになるので
シュネイはこの術の効果を受けた特別な腹心は二名までと決めていた。
水竜将軍ヴァイと水竜神官ラフィンである。
これに対抗するためか雷竜も真似をして、一人の雷竜将軍を用意した。
その腹心もなんとか雷竜将軍を倒したものの、
水竜神官ラフィンが倒れ、現在では水竜将軍ヴァイ一人となっていた。
 そのヴァイに今回与えた命令は一人の少女をさらって来る事。
少女は少々の竜語魔法と古代語魔法をたしなむとはいえ、
竜語魔法をほぼ極め、剣の腕前も達人であるヴァイを送りこむほどのことはない相手だ。
ヴァイを送りこんだのは一重にその少女、メルを守ろうとするフェザーフォルクの精霊使い、
レンに対する保険であったのだ。
そのたやすいはずの任務、結果は失敗であった。

「フフフ……随分と男前になったではないか?」
跪く水竜将軍ヴァイをみやるとシュネイは笑った。
「………」
ヴァイは表面上は無表情を装っているが、床についたその手は強く握りこまれている。
その顔の右目は光の無い宝玉のようなものが眼球の代わりにはめ込まれ、
目の周囲の傷を隠すため宝玉の周囲は細い枠のフレームが囲っていた。
「まぁ、そう怒るな。この程度の嫌味を言われることくらい予想していたのだろう?」
シュネイは壁の幻影に目を戻し、片手で空になったグラスを再び満たす。
「…次の機会には借りを返して…」
「それよりもだ」
目は映像に向けたままシュネイはおのが言葉でヴァイの言葉をさえぎった。
「新たなる瞳の具合はどうだ?」
「は…すこぶる快調であります。
ご命令さえあればただちに出撃できましょうぞ」
「はやるな、ヴァイ。
人の体に命なきモノを埋め込むと言うのはおまえが思っているよりも遥かに難しいものなのだ。
命持たぬものが反旗を翻すこともあり得る。
その瞳がお前に馴染むまで、しばらくは大人しくしておるがよい」
「バカな、大人しくしておるなど性に合いませぬ。
それに水竜神官も失っておる今、サボるわけにも行きませんな。
なに、この瞳が反旗を翻すならばそれをねじ伏せるまでのこと」
ヴァイは不敵に笑う。
「これは命令だ」
「……承知」
(万が一魔力が暴走されては困るのでな)
「フン、そう不服そうな面をするな。
半年とは言わん。2,3月ほどのことだ。
エレアスの小僧の件は今まで通りドライトに一任しておけばいい。お前は当面……そうだな、
カストゥールの遺跡の調査の指揮をやれ。休養とリハビリには適当だろう」
「…は」
「フフ…来い、ヒメル!」
シュネイはニヤリと笑うとヴァイをそこにひざまずかせたまま、名を呼んだ。
ヴァイは横目で入り口の方をうかがう。
そこに現れたのは年端も行かぬ少女であった。
年の頃は13,4才くらいだろうか、まだ成長も終りきっていない子供。
長い髪を無造作に背中に流し、ゆったりとした服を身にまとっている。
「こやつは巫女の…」
この島の出身者では無いヴァイにもその服装が
この島の竜を奉ずる部族の巫女の衣装であることは理解出来た。
「…ヒメル、参りました」
注意していればなんとか聞き取れる程度のかぼそい声で俯きながらヒメルが言う。
俯いたままだが眼だけは臆する事なくヴァイを、そしてシュネイを捉えていた。
「受け取れ」
シュネイは傍らから取り出した鉄扇のようなものをヒメルに投げる。
受け取ったヒメルが試しに開いて見るとシャリンと涼しげな音がひびき蒼い小さな輝きが水飛沫のように散った。
「『霧鐘扇』だ。
霧をあたりに放つ魔力と攻撃を受けた時に音波で反撃できる魔力を付与してある」
ヒメルはほのかに笑みを浮かべ霧鐘扇を躍らせ、その場でくるりと舞った。
どうやら気にいった様子だ。
「ヒメル。貴様は今日から水竜神官だ。我が血も授けてやる。例の雷竜の小娘の相手をしろ」
シュネイの言葉に驚いたヴァイが目をむく。
「バカな!?このような竜語魔法も操れぬガキがラフィンの後継ですと?
しかも、あやつの相手が務まるとお思いか!?」
「…務まらぬかな?」
「無論!奴の相手ならばこの私が!」
「フフフ…ならばこの場でヒメルを斬り捨てて見よ。許す」
「抜刀御免!」
シュネイの言葉にヴァイは迷わず剣を抜き、居合いさながらに背後のヒメルに斬り付けた。
ィィィィィィイン!!
衝撃を伴う音波を全身に受け、たまらずヴァイは飛びすさって距離をとった。
その顔は驚きに満ちている。
ヒメルは華麗な動きで斬撃を『霧鐘扇』で受け止め、音波による反撃の魔力が働いたのだ。
体力的にも速度的にもこんな少女に受け止められる斬撃ではなかった。
となると運などではなく技術による的確な受け流しであったという事だ。
なにより、突然の斬撃を受け止めたにもかかわらず、ヒメルは表情を全く変えていないのだ。
「ヴァイよ。ヒメルの実力も分かったであろう?
それに、あの娘がヒメルに囚われる程度なら…貴様の出る幕ではないという事だ。
…分かったら下がるがいい。二人共だ」
「「は」」

 シュネイは一人笑みを浮かべた。
ままならぬからよい。ままならぬものをねじ伏せ、最後には手に入れる、これこそ真なる喜びだ。
最悪でもシュネイは安全だ。
安全な所からリスクなしで目的達成を目指す、それが彼のやり方だ。
「エレアスとか言う小僧と同盟を結ぶ事も気に入らん事ではあるが
奴に露払いをさせると思えばそれもまた良しか…。
ルクスの時のように思わぬ利益があるやも知れぬ。
十分役に立ってもらったあとでヴァイに消させればよい。」
シュネイはそこで言葉を切った。
机の上においてあった古ぼけた本を開く。
(…最悪ヴァイに与えた『瞳』の魔力を使って相打ちには持っていけるし…な)
シュネイが開いている魔術書のページには『瞳』
の絵とそのアイテムの魔力についての説明が長々と書いてあった。その説明の最後にこう、一文がつけられている。
「…コマンドワードによりその周囲1キロメートルは夢幻界へと堕ちるであろう。  
          『終末を呼ぶ者』ファルアイリア 」

 そしてシュネイは黙ってその本をかがり火の炎の中へ放りこんだのであった。











あとがき

ヴァイのCVは例の声でお楽しみ下さい(爆)
というわけで前に言っていた奴です。
シュネイ側を描写するのはキャンペーン時までいれてもはじめてですな。
また、キャラ増やしマシた。ごめーん。
とりあえずヒメルはメルのライバルキャラ的なイメージで、
『白昼の』に捧げます。いかようにもお役立て下さい〜。
ドライトですが名前しか決めませんでした。こういう役どころの奴もいるはず
と思って名前だけつくっといたので『素晴らしき』が使ってくださるかな?
キャライメージが必要なら「るろ○に剣○」の『百識』の方冶で(笑)。
あ、「ファルアイリア=イリア」ですぞ。うちの掲載アイテムにもいるけど。
「アルナカーラ=カーラ」の法則に倣ったわけ。
ちゅーわけでまた

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