かくし



海の亡者



 あたりまえ…
そう、すべて彼女にとってあたりまえの事であるはずであった。
 叔父はミルリーフの意志の代行者たる魔術師の少年を見つけ出し、自らの身は神に捧げる事となった。
父はミルリーフの祭器を砂漠の民から奪い返したものの、冒険者の手にかかり死んでいった。
次は彼女、リタの番。
ソグランの名を継ぐ一族の運命なのかもしれない。

 砂に足を取られ倒れる。
背負っていた少年の亡骸が砂浜に投げ出された。
少年の名はリュイ。ダークエルフと人間の間に生まれたハーフエルフだ。
リュイはリタにとって父の仇の一人であった。
冒険者の仲間を裏切り、祭器を奪ったリュイと出会った時は
真剣にリュイを殺し祭器を奪うことを考えたものだ。
それをしなかった理由はリュイが祭器の力に飲みこまれることなく
その力を引き出す類まれなる才を示したから、それだけだった。
それに、あまり敵討ちという行為に価値を感じていなかったということもある。
どうせ身内など殺され慣れている。
 その自分が今では未練がましくリュイの死体を担いで追っ手から逃れている。
自分は弱い人間だと改めて自覚する。
大事に死体を保存したところで教団の生き残りは全滅し、リュイの目的達成にも失敗し、
頼みの綱の祭器すら再封印されてしまった今となっては
リュイが再びその瞳を開く事はありえないというのに…。
死体を担げば移動が困難になる。追っ手に発見される可能性も上がる事だろう。
しかしリタはまだ諦めてはいなかった。
アザーンのファラリス司祭に知り合いが居る。
あの老人なら死者をも自在に蘇らせて見せるだろう。
リタはアザーンへ向かうため海沿いに南東へ移動していたのだ。
それはあるいはミルリーフの否定する努力ですらあるだろう。
 しかし疲労による手足の重みは増して行くばかり…いつしかリタは倒れたまま寝入ってしまっていた。

 何も無いくらい世界。
リタはそこに浮かんでいた。
周囲は暗いばかりで砂の感触も全身の疲労も感じられない。
空間は緩やかな流れを持っているようで、一定の方向へリタは徐々に流されていた。
直感的にこのまま流れて行くと死ぬのだと感じ、
リタは流れに逆らって移動を始めた。
何も無い空間に浮かんでいるのだが、何故か移動は自然に行う事ができた。
「何故だい?」
リュイの声が響く。リタの前に姿を現したリュイは穏やかな表情でリタを見つめている。
「……まだ、死ぬつもりは無い」
何故か声が尖る。もっと他に口にしたい言葉は
いくらでもあるはずなのに、彼を前にして何故かこれ以上言葉が出てこない。
「ならボクの死体は捨てて逃げるんだ。でないと追いつかれるよ」
涼しい顔だ。それが気に入らない。これほど苦しんでいるというのに、
リタにとっては『それでは意味が無い』事を分かっていないのだ。
「ダメだ。それはできない。キサマには生き返ってもらうんだからな」
リュイは溜息をつく。
「……もういいさ」
「…もう……いい?」
「そう…ボクの目的を果たすためあらゆる手は尽くした。
そして失敗したんだ。結果は思い通りには行かなかったけどボクは満足だよ」
「…………満足だと?」
リタは歯を噛み締めた。怒りに後押しされて心の内に抑えこんでいた言葉が溢れてくる。
「私は……私はどうなるのだ!?
キサマを見こんでのこのこついていた私は!?」
「リタ……キミにはすまな…」
「あやまるな!
私は不満だらけだ!キサマへの貸し、まだ全然返済が済んでいないぞ!」
気付かず、リタは涙を浮かべていた。
リュイはハッと表情を固める。リタが泣くところなど見た事が無かったのだ。
「でも…今のボクにはもう力もない」
「私は……祭器ではなくキサマを見込んだのだ!力など…どうにでも作り出せばいい!」
リタは泣き叫んでいた。1度壊れたせきはもはや水をおしとどめる事は適わない。
溜めこまれた感情が爆発していた。
「私はあきらめない!たとえふぬけていてもキサマにはまだ私に付き合ってもらうからな!」
リタは捨て台詞を残し空間の流れを打ち破ってこの空間から姿を消した。
「……あきらめない、か」
リュイは一人何かを決意したかのように呟いた。
「オレも…もうすこしあきらめないでみるかな?どう思う?なぁ、ミルリーフさんよ」
そこには不敵な笑みだけが残された。

 リタは飛び起きた。眼の端に涙の後がある。
「…嫌な夢」
口の中にはいった砂を吐き出すとリタは体の様子を確かめる。
手足の重みも消えており、全身の疲労も多少はマシになったようだ。
安心した所で先程の夢の内容を思い出し、リタは顔を赤くした。
夢の中とは言え普段はクールを売りとしている自分が
泣き叫び、愛の告白じみたセリフをリュイに叩き付けたのだ。
「フ…フン、らしくもない!」
リタは頭を振って考えを散らすとリュイの死体を担ごうとかがみ込んだ。
ちょうどリュイの顔を直視する形になり再び先程の夢の事が頭をよぎりそうになる。
「く…どうしたのだ、私は」
その時、背後から鋭い殺気を感じ
リタはリュイを離すと愛剣のフランベルジュを抜き放って飛来するダガーを切り払った。
「ち…追っ手か」
リタの見上げた先には三人の人影があった。
どの顔にも見覚えがある。一人は鎧に身を包んだ隻眼の女性。
たしか『クラッシャー・クラッシャー』の異名を取る傭兵。
一人は貫頭衣を着た浅黒い肌の少女。
祭器を守っていた砂漠の民が放った追っ手だ。
最後の一人は商人風のいでたちに身を包んだ男、確か前に見た時には盗賊だった。
先程ダガーを投げたのもこの男だ。
「…やっと追いつきました」
砂漠の民の少女がリタを睨みつけながら呟く。
「これでてめぇら邪神の使徒どももおしめぇよ。
かわいこちゃんを殺るのは気がのらねぇが…
ここで取り逃がしたんじゃあの世のクロイヌの兄貴に申し訳がたたねぇんでな」
商人風のいでたちの男の袖から数本のダガーが魔法のように手の中に現れる。
青く染まったその刃には毒が塗ってある様だ。
「あんたにも言い分はあるのかもしれないけど…これだけは言える。
あんた等のやった事は許すわけにはいかないのよ」
『クラッシャー・クラッシャー』はモールを構えてリタに言い放った。
「フン…それだけか?」
リタは不敵な表情を浮かべると順順に三人の瞳を見据え、笑う。
「…なに?」
「追っ手の数が少なくはないかと言ってるんだ。
まさかお前達三人くらいで私を倒せるつもりなのか?」
砂漠の民の少女の目に一瞬おびえが走る。
半分ははったりだ。
確かにベストの状態ならこの三人を同時に相手にしてもおくれをとることはないだろう。
しかし、今はずいぶんと疲労が蓄積し、精神力も磨り減ってしまっている。
先程少しマシになったとは言え、到底ベストとは言い難い。
「へっ…じきに他の連中もやってくるさ。
オレ達はそれまでてめえを逃がさなきゃそれでいいんだよ」
盗賊の言葉と同時に砂漠の民の少女が光の精霊を召喚した。
リタは反射的に精神を集中したが、光の精霊は空高く昇って行きそして消えてしまう。
「…ミサさん達が来るまでおよそ2分少々というところです」
今のは合図だったのだろう。
そして、砂漠の民の少女の言葉を聞いた二人の顔に浮かんだ安堵を見る限りハッタリではなさそうだ。
(あーあ、夢の中ではカッコよくタンカ切ったけど…すぐにまたリュイに会う事になりそうだな。
………まぁ、それはそれでいいか)
溜息をついて剣を構えなおす。
覚悟が決まったからなのか…あきらめか、どちらにせよリタの心は晴れていた。
無駄な思念は捨て目の前の戦闘に集中する事にする。
 リタの動きに警戒してか、三人も切りこんではこない。
(ならばこちらから切りこむのみ)
「フン…いくぞ」
リタはまっすぐ突っ込んで行く。一撃必殺。攻撃に全てを集中した構えだ。
多少の反撃は鎧が止める。最も単純な、そしてもっとも効果の高い戦術だった。
 迎え撃つ『クラッシャー・クラッシャー』はモールで受け流そうとしているが、構わず全力を叩きこむ。
さばききれない衝撃に『クラッシャー・クラッシャー』はよろけ、砂に足を取られ転倒した。
(狙いは魔術師!)
リタは倒れた『クラッシャー・クラッシャー』には目もくれず
砂漠の民の少女を目標としてさらに突進をかける。
砂漠の民の少女をかばい、盗賊が数本のダガーを投げつけてきた。
毒を警戒させ、牽制するつもりだろうが無視する。
(毒を受けてもすぐには死なない!)
しかし、リタの予想に反してダガーはことごとくリタの横をすり抜けて行く。
(…はずれ?…まさか…しまっ!)
直後リタの眼前はすべて網目に変わった。
体が後ろに引っ張られ砂浜に倒れこむ。
網のはしをダガーにつないで投げたのだ。
さらに、網が絡まり一瞬身動きが取れなくなっているリタを地面から突き出た大きな手が掴む。
『ホールド』の呪文だ。
「クッ!」
もがくが全く身動きが取れない。
慌てて『リムーブ・カース』の呪文に集中を始めたリタのもとに、
立ちあがった『クラッシャー・クラッシャー』がモールを構えて歩み寄る。
「…終りよ」
(終りか…)
リタは呪文の詠唱を止め目を閉じた。
しかし、死の瞬間はなかなかやってこない。
代わりに何かが砂に倒れこむような音が聞こえた。
不信に思い目を開けて見ると『クラッシャー・クラッシャー』が砂浜に倒れている。
手の先が細かく痙攣を起こしているのが見て取れた。
(……『麻痺毒』の魔法?)
視線の高度を上げると誰かがリタに背を向けて残りの二人と対峙しているのが見えた。
リュイかと思ったが、わずかに見える首筋は青く染まっている。
リュイの肌はダークエルフと同じうすい黒だ。
(…誰?)
砂漠の民の少女と目の前の人物の呪文が同時に発動する。
目の前の人物を光の精霊が襲うが身じろぎすらしない。
一方砂漠の民の少女は黒い光に撃たれその場に倒れこんだ。
(『マインド・ブラスト』か…)
隙をついて切りこんできた盗賊のダガーを突くに任せてその身で受けるとその人物は呪文を唱える。
盗賊の両腕両足が真っ黒に染まり、盗賊はその場に倒れ伏した。『クリップル(不具)』の呪文だ。
 そして振り向いたその姿は間違い無く先程まで死体であったリュイであった。
ただ、全身の肌が蒼く染まってしまっている。
そして何も言えずに間抜けな顔で自分を見つめているリタを見て
リュイはにっこり笑いながら言った。
 「それで、どこへつき合わせてくれるんだい?」

                おしまい


(あとがき)

 ちゅーわけでリュイとリタちんです(笑)。
まるで(パクリのように)ガンパレード状態ですがその辺は気にしないという事で(無理)。
ホントはアザーンにいってエレアスせんせと会う所まで書こうかとか、
もしくはこの後クーバーが対ミルリーフ特殊機間イージス(笑)を作るところでもやろうかとか
色々考えたんですが書きたいところはここまでのはずなので潔くここでおしまいってことで。
まぁ、一応言っとくとこの後追っ手のミサちん達が着く前にリュイが幽霊船を召喚して
うごけない三人を置いて船出するって流れでしょうかね。
あ、三人の名前がでないのは途中から(最初からか?)ほぼ一人称な三人称文になっていた為
出しづらかっただけっす。活躍度まったくなしですが活躍するとリタちんが死ぬるので(爆)。
 次は何をかくべかな〜。

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