沖よ闇よ
中野隆行
「いまケルンなの」とA子さん。三年以上滞在するからには何か免許のたぐいをIDがわりにとっといたほうがいい、と言われてグライダーを習うコトにしたらしいんだな。あの、あれっスよ、いわゆる原動機ナシのヒコーキのコトですよ。さいしょクルマにひっぱってもらうやつね。それでハンブルクに向かう途上、風のおもむくまま、ふと眼下にケルン、ケルンだ、ケルンだ。いや、語りあうぼくらは耕耘地、「何んだ『どこでもドア』もってたんだね」「でも帰るときにしかつかえないの」「そりゃまた不便な」。かの女の顔は、もういつでもアクセスできる。よけいなニーモニックは、さようなら。コツは、目だね。そしてクチだね。やがて周辺だね。よし、正午すぎ、気象庁前に集結せよ。耕耘地の現状について海の章を参照せよ(奇異なる国民だ!)。姑にいわせりゃニィロク、これは百五十六刷だというからおどろき。それらガメて來た商品の、合法的販売。やめた。でも「丹」て何よ、「丹」て? マンドリン奏法が専門のお店では、(ああ、清里の「ほうとう」のミセかい?)、サンロク、と姑のつぶやく声。わが街、なんてもんがどこから生え、どこへとのび消いえゆくのであるか! クヰーンか。クヰーンか。クヰーンか。ポストに小包み突き刺すのにだけは、もういい加減、おれも慣れたっスよ。(わかったから、クヰーンよ、パルスを止めてせめて砂) うち眺め。雲。海賊。しかし六枚中ここにあるのは三枚。だからサン、ロク、なワケよ。うちひとつは今じっさいにぺったんぺったんモチついてるらしいから、理解可能しかしあとの二枚は? ニイ、ロク、ですかい? まぁいいけどね。秘蔵っ子が下痢には心がいたみを。
三十七番『生誕祭』イッて見よう。「移動とはまた、何んと重い移動であるか。なぜか、きみが帰って來るまで、ぼくはね、イキ吸ったままか玉って、他力本願だと、笑ってくれむしろ、笑ってくれたほうがいいなのかも知れやん。」 ヘドバンしてりゃ、クヰーンもキングたちも、遍在性にスキマ風か。本当、曜日と数字だけは完璧よ。影の実力者、にはネガティヴな口笛吹くなよ。縁の下のコンダクター、なんつっても、キミそれは意訳と折り越して悪意の第三者だよ、なァんてね。プロンプター、あそうか、「黒子」だな。離れよう。一緒にトンでイコう。融資して、いただきマシた、でも、それは雲でありました。いっつもそうなのよ。融資は雲さ。音楽作品を発表する、おゥ、コケコッコー、おれがね、おれが音楽作品と自己検閲とのあいだに、怠惰の口実が埋設工事よ、早朝のバクチクよ。「過去の偉大なる作品群にうちのめされ」などというとき、もはやおれは、常識から自由になっているのだ。一方で、『家人』なんてまずめったに聴かないもんね。欺瞞だよ。じぶんで、とくにこの頃、散々酷評ね、ひとの活動に対して、しておきながら。いやぁ、でもね、「ギャ糞」に理屈はやっぱ関係ねぇよ。パワーがなきゃ、ピアノの一番太い弦(同じものが吊り橋のワイヤーとしてもつかわれる、コレ、本当デス)をぶっちんぶっちん切るぐらいでなくちゃ、ダメさ。表面的な分析に終始せざるをえないそれが理由ってもんよ。もちろんお勉強とは、一方で、そういったストイックな積みかさねああ、書いてて、イヤんなるね。元祖『黒子ーラス』も聴いてみようかな。ハハァ、「黒い!」ってプロデューさんが、魚介類のひげおやじが、いうとりました(じっさい黒いフクが流行っていたのかなぁ?)。それも、クチにだして言うとものすごく、不毛なのよネ、「黒人のノリがある」なんてサ。
すべてのエクリチュールは雲の照り返しでしかありえない。たとえそれが注射であれ融資であれ、『検閲』、あるいはきわめてナチュラルに、椰子が幹につばさ生やしたわが街人たちさえもか。キングは、クヰーンは、そんなもの、いなくて結構。姑その一、イチゴォナナ。これはいい手袋への入口である。「待たせやん以外はほとんど、扉あけて去ってったその影すら残さぬ、いつも、虚無がのぞくいやな扉、北の扉。」 ふっふっふっ、秘密クラブの会費は、なぜかユービン局で払うのサ。社員さん師弟のモニュメントが、粉末の付着したビン(ひげのコトね)にたかる姑が二十五人! 湯をそそぐ手、また、手。しつこいぞ、姑さん、兄さん。抵当かよ(元祖宇宙寿司はどこイッちゃったんかねぇ?)。おゥ、ちょっと、一言申し添えておきますると、A子さんも指摘するように、おれの日常ってのは案外、こんなところに、うずく待っているのかも知れやんな。すなわち、ツマゴン。これは、「妻」と「恋」と「ママゴン」のアマルガムですな。そのツマゴンが、湯をそそぐ手また手のさしだす札束、札束を、同じ「手また手」たちに、ただしこのたびは、均等に、再割付を行う。盛りつけ例は写真を参照するように。いや本当、いっつもそれなんですよ。姑は玉々。サン、サン、ナナ、ってべつに、リズムのことゆうとるのではない。サン、ナナ、には気をつけよう。ある種の芸術家にとっての厄年みたいなもの、なんですよこの、サン、ナナ、っていうのは。素数だからおれは素敵なお兄さんに、気づくとクヰーンの復活ではないか諸君!
ゴチャゴチャ言わずにギターでも弾いとれ!、と融資も雲も浄液も、海のついにはインスタレイション。それでもまだ、水泡とれんが――れんが色の、A子さん、あなたはすでに就寝刑、ぼくは一方でれんが色の物体をかかいえていたのであった――しか呼べずにいるおれ。さぁ、姑さんいらっしゃい、融資の間奏曲だ。ちなみに強電ドラッグ、ま、それがたいこのドラッグであった、なんていちいち説明しませんが、でも本当なのよ。金曜よる八時五十六分、アリスは、「自由が丘? 知ってるよ、オカジュウでしょ?」とご自慢の財布を、何んでも義の国から六月かけて輸入したとか。でも、でも、「ちょっと、開かないじゃないのこれ、ちょっと、何んとかしてよ、ちょっと、そこのサンタさん!」 かつては狙撃の名手としてならしたその男。いまでは街の相談役としてとおっている。「キアイの頭突きなんてなどうぢゃ?」「ポン!、と汝はたいこを打つのだ」「ホラに食らいつくがごとく」「今宵はめでたい!」 これらすべてオペラ声でやりとりされねばならぬ。それが耕耘地というものなのだ。強電ドラッグ、それは、ガキが好むあのガムとやらいう食品に酷似している。さてアリスは、アドヴァイスを求めた以上、ためしてみないことには、キアイもたいこも管楽器も、今一好みではなかったが、何せ九時までもう一分を切っている。サンタさんにひとまず財布をあずけよう。頭突きなんて、ターゲットがもうちょっと――この「ちょっと」いうのがアリスのクセであった――デカけりゃともかく、とここまで言いかけてアリスはふと、こどものころ散々バカにされた凄惨なる過去とともに、とある童謡の一節があたりにただ酔うをおぼいえるのであった。それが頭突きである。この間十七秒。「ポン」は、もう童謡はたくさん、「ポン」は、ヌヌ、サンタさんがニタついているではないか。なぜだろう? サンタさんはすでに、すでに? そう、グアム島の番人とまで呼ばれたかれが、一九七五年のメコン大会をさいごにフライ級からの引退を決意したその理由というのが、なかなかに泣けてくる――のちにかれは自伝にこう書いた: 敗北はメコンの味がする、と。ちなみにここでいう「フライ級」とは、一キロメートル離れた地点からハエを撃ち抜くことのできる男たちの熱いたたかいをさす。あるとき街でオバサン連中に囲まれたかれは、メトロノームの公式について詰問攻撃にあった。そんなことも知らずにフライ級とは、あんた、ハエが聞いてあきれるワ、というのである。何んのことはない、<テンポ> = <打率> ÷ 0.2というだけのその公式、かれも当然そらんじてはいたが、プロフェッショナルとしてのある種傲慢さが、かれをして、こんなトウシロ相手に高尚なハナシはしたかねぇよ、なお打率とは、しばしば誤用されるが正しくは、単位時間あたりの命中率である。フライ級の競技は、毎回くじによって<テンポ>の項が決定されるこの公式に最も近づいた者が勝者となる。ヘタなテッポウ数撃ちゃあたる、の世界ではもちろんないのだ。さて、降参なら罰ゲームにわたしたちとこれからザルまわし競争ヨ、と無気味な笑い。かの女らが即興でつくりあげたその遊びについての正確な情報は、残念ながら今日ではもはや失われてしまったが、かれの回想するところによると、ここでひとつハプニングが起こったのだそうである。かれは、手にしたスプーンについついチカラが入りすぎた、と供述しているがその結果、本來ならぐるぐる回されるべきはずの問題のザルを、あろうことか、スプーンでグサリと、突き抜いてしまったのである。「やーいヘタクソ!」「八時三十一分」‥‥屈辱感。かれは幼少時代、兄を憎むことによって外界を認識するにいたった、ともっともらしいセリフをのちに習得するのであるが、その兄の記憶が、ツルカメ算しか知らないクセに何かとエラぶる、あるいは、その誤字だらけの手紙がそれでも立派に春のオリオン星雲を射抜いてしまった兄の記憶が、このとき鮮明によみがえったのである。「いつの間におれも、あいつみたいなしょぼいおやじになってやしないか?」 衝動の源泉としてのこういった憎悪には、とくにそれが個人的な場合はなおさら、定期的な更新のプロセスが、儀式であれハプニングであれ、不可欠である。もうおわかりであろう、アリスの困惑はサンタさんにある種の「むずむず」感を惹起させるに十分であった。その間にも二十三秒が経過。れんがに水泡がにじむ――「あなたは誰ですか?」「汝の負けぢゃ」‥‥北の扉へ。
七時二十四分、ハトが一羽そのハト胸を窓ガラスにおしつけている! 戦慄が走る。ハチ公が走る。美人ガイドも走る(かの女の尻尾は熱いぞ)。ガアド下では自称グルメのコブトリじじいがお前をいびるのをたのしみに、前夜の酒のこと、綿のこと、首のこと、奴は語りたがってるんだ、察して、やれよな。「すいません、ちょっと急いでますんで、それにわたしは十分幸福ですから。」 あらまご親切に、おニューの日産「ピーポオ」に乗せてくださるの、ニコタマのドトールですって? ヤバイぞお嬢さん、遅刻しますぜ。それにあんた、福音はまぁいいでしょう、草も食めばいいでしょう。でもね、そのこどもじみた水筒、何を詰めたってあんた、笹のしげる夜道をこれから行くのですよ。用心なさい、フケの子ヨハネをあなたもご存じであろう、奴は、待ち伏せして人のポエジイをピンハネするのが商売、あるときはまたケルンの大聖堂、A子さん、あなた飛ぶのは、もう、やめたの?
おそかったか、ヨハネに、とっつかまったらさいご、奴はしつこいからな。「いかがなされました、おや大変、こぼしちゃったのね、シミ抜き、ほら、シミ抜き!」「けっこうです、わたしは、このままイキます、気に、なさらずに、どうか、おひきとりください」「うらやましいですな、全く、うらやましいですワ、本当に、イクんですかい、黙ってろこのイイダコめ!」「お世話になりました、いいえ、もうけっこうですから、わたしはとっくに、ええ、幸福だったのでした」「いかがなされました、お嬢!、ネズミトリですぜ、褐色いろの、ほら、褐色いろの!」「けがらわしい! またいつの日か、あるいはお目にかかるコトもあるのでしょうか、そはいずこ、かしこ」「うがいしてからイキなよ、ケロヨンによろしくな、もしかして、ハスの葉もってくと、ご利益があるかも、知れません」「ほら、ここに、その位、わたしだって、ぬかりはございませんのよ、がま、がま、」 フケの子ヨハネはその遍在性ゆえにかえって旅を知らないのである。この冷気は瀧に近ごろ栄転の気配がなくなったせいにしとけばいいのであろうか?、ただ酔うは童謡のみである(嗅覚に訴えるのはむしろ大聖堂であろうか?)。 丸井ばっかじゃ今一芸がねぇけど、食膳の友に、わが詩集の第n+2巻をならべてみたらどうなんだって、おゥ、おれはお前、あれだぞ、お茶でいいよ、綿がね、まだ手つかずなのよ。そこいら辺、お察しいただけますね? もう、耕耘地にてインディアンの拷問だなんて、そんなことはさすがのキングたちもブッ玉げる館でついに、きっとご融資いただけるんでしょう今度こそ、おれのつばさがリゾート地にイクと芝生はとろけるペロキャンだな。
さぁ、キザなヨメっ子が、薄手の寝間着にそのプリマのほまれたかき肉体をくるみ、パーティー会場を‥‥って待て待て待て、おゥ、スポコン(スポーツ根性物語)はな、今日、世界的な傾向なんだぜ。やもめ泥棒なんてなぁ、あんた、適当なデマ吹き込んでりゃいいのよ、「奥さん、おねしょしたでしょ、おぼえてますか、それはケシの実フートーに栄転の気配がただ酔うていたからなのです、もちろん、強電ドラッグだって、だまっちゃいませんよ」「ナニイ?」 キザというよりはヤンキーなうけこたえをしつつも、このとき、そのやもめ心に、スパッ、と裂け目が走ったのであろうか? お願いだからと居乞いをするその泥棒に、「仕方ない、お前の、たれ目に吐露けるネギラッキョウによく似たやもりは、いまこそ、出づるが良い」とついに長椅子のうえで同意が与えられた。『長椅子の誓い』である! 長椅子といえばその背中あたりに、おれは何んかずっと、トリのフンでもか玉ってんのかなと、思ってました。でもよく見たらそれはやもりのこどもの屍体だったのよ(マジな話)。妙に、あ玉だけデカいんだな。ふうん、そう推定、されるのはかの女が、予定の十二時二十三分をすぎても駅にあらわれなかったから、なのであります。注射の、というよりもむしろ、強電ドラッグのこれは雲だな。駅でおれは、こころみにちょっと、キングの個体数カウントしてみたんやわぁ。かるく三十はおったろうか。遍在性とはウラをかえせば、うん、おれは、それがもしかしてじぶんの投影なのではあるまいかと、そこまで思いつめてたんだけれども、ねぇ、何んのことはない、むこうは大勢おるんや、同んなじカオしたやつが、無数におるんや。昼夜休みなく、ってあたりまえや、交替制でやっとんねんや。こちとらカラダはひとつやんかぁ、そりゃぁ、あんた、かないっこねぇだよ。無視するにかぎる。ところで花を愛でる人たちがおりますなぁ。ああいう人たちは、一方でせっせと雑草を刈ったりするのよね。熱帯魚でもいいよ。愛でる、ったって、基本は受け身やで、たぶん、何んかよけいなこと、付加価値とでもいおうか、じぶんでせやんとこう、かかわったいう実感がもてやんのだろうな。悪い娘としないのかって、金管楽器の発音原理がうるさいんだわ。植物学者はユービンが恋しい。そりゃぁ、悪い娘と、しないわけにはいかないだろう。『星の舞』だって玉には観たいわな(三人組で踊るあれよ)。何、もう売切だと? 九時三十五分おぼえとけよ。おい予備のセンもお前これ錆びてんじゃねぇか、え?、つながんねぇぞ、困るんだよ、きせかえ姉さん、あなたおろさないのかい、腐るよ、ついでに、セリフなまってるよ、錆びて四ッ谷の欄干まで、安心しろ、な、抹消しとくから、もう忘れろ、しょせんお前はやとわれのもぎりに過ぎん、ところでブツはどうした、「くたばれや畜生」ってお前、おどかすなよ、ピザがしまいに萎えちまうぞって、あれほどいうたのに、モダンなラリかた(ゆっくり発音しましょう: 「ラリってんじゃねーよ」にいたる確実な、方法、ですネこれは)おしえてやる、久々のぶるぶるに、はい、わさびを和えなさい。つぐないの場ですよ。お米にも光学異性体ですよ(元気ないね)。不思議と玉る悪い娘とは、餌食にした迂路つくりにした、やがて衰弱しにあんたセリフなまってるよ。
悪い娘としたって、恋しいのは何んとイッてもやはりユービンには、ねこ、ってひらがなで書きましょうね。ネコ、じゃあんた、脳ミソのホルマリン(もホントはフォルマリンなんだよな)づけですよ。おゥいやぁ、漢字もお茶目なトコあるねぇ、猫の「苗」はmiaouつまり「にゃあ」でござんすよ(『大系漢字明解』より借用――すンません!)。それはいま初めて学習いたしましたが、おれの解釈もいちおうここで紹介しとかんとフェアじゃねえよな。おれはこの「田」が気になって仕方がない: 三毛猫のふりむいたこれはお尻ですな。ほら、「尻」の一字も、ふりむいてこっち向いとるやんか! 「何やってんだあのバカ」と冷たい視線のこして立ち去りゆくまさにその瞬間、苗が、やがては光学異性隊列をなして、「あぁ、猫はいいよなぁ、おれも、猫になりたかったよ」、残念でした、はい、残念でした、隊列なして、お前らキングのように飛來分子がひとつでもくっついていたらよかったのにね、残念でした、光学異性隊列なして、さようなら、お米よ、駒込よ! キングたちも、あえて反対はしないでしょう。クヰーンてのはどうも、最新情報によると、こども、なんだってよ。そんな展覧会があったとしよう、いや、あるんだよ。きみたちは、このコトバ、いくつのときに学習しましたか? ぼくは、おぼえてません、いつだったか。初めて自分の意思で絵を観にイッたのは、わすれもしない、二十歳の冬でしたろうか(なんて、トボケてみるのよ一応)。いつでもそうなの、ぼくは、十秒とそこに、たちどまって、おれぬのだ。修行が足らんのか、それともおれは、「場」を観にイッてるのかもしれない、そういうコトにしとこうよ。展覧会いうコトバとああいった「場」とは、ところで、何んとかけはなれていることか! ムソルグスキーにしてもそうなのだ、あれは、カリフォルニアの白い昼下がりだよ、居間のピアノだよ、飛來しんぶんだよ。そのしんぶんがやがておれに、唯一の情報源なんですから。展覧会とむすびついていまだに離れないのが、(ぼくはヤキュウもスモウも好きではありませんが)いわゆる「天覧試合」のあの見上げる視線その花束――そこに、そこの場にいたわけでも、ないのにね。
ふきとらないのですか? ガチガチになってますよ。切符おちてますよ。素敵ですよ。ふきとらないのですか? 大事なオルゴールに毛がからまってはいませんか? 湯にひたしたあじさいの花ではなかったのですか? ツマゴンの捨てたかっぽう着でしょ? ふきとらないのですか? あなたのタオルでしょう? 「港よいトコ」、あなたはたしかにそう言いました。「いつ?」――つつじの咲くころ? ふきとらないのですか? 置き手紙はあれは、ウソだったのですか? 噴水前で、ガチガチになってますよ、切符おちてますよ、素敵ですよ。もっともあなたの字は、大変読みにくい(トムもそう言ってましたっけ)。それでもあなた、ふきとらないとダメですよ。融資の雲なんですから。断然そのほうが有利だって、その位常識ですよ。失笑かうのがこわいんだね? ふきとればいいのに。なるほど、これがデパートの売り子か。バニラとカリプソ、あなた、かゆいのですか? あなたのタオルでしょう? 「そうね」――素敵ですよ。組織なんてものは、ふきとってやったらいいじゃないですか! ねぇ、港のボーリング大会であなたトロッコに乗ってたでしょ? ふきとらないのですか? 切符おちてますよ。(ルーマニア出身の師匠が言ってたんだ、とにかくふきとれよ、って。) パステル小屋で、やがてぼくらは稲をそだてるでしょう。 もちろんふきとるでしょう。「いつ頃?」――つつじの咲くころ? 切符おちてますよ。これなら中耳炎もきっとなおるよ。ふきとればの話ね。その点千葉県在住のお坊さんがたはみな、やさしいのだよ、「ふきとらないのですか?」 あなたのこぼしたナポリタンを、コケコッコーたちがつっついてるぞ月光のもと。きっと喜ばしいことが、起こりつつあるこれは前兆なのだ。ふきとりなさい! ラプラス変換なんかあきらめろ! ふきとりなさい! 切符おちてますよ。素敵ですよ。噴水前、あなたはふきとらないのですか? 「だっておいしいんですもの」、ちゃんとイスにすわって、お行儀のわるい、さぁ、ふきとりなさい!
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