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33万円

その日、私は銀行に来ていた。週末遊ぶ予定があったので3万円ほど引き出すつもりだった。

おりしも昼時の銀行はOLや主婦らでごったがえしていた。私は長く伸びたATMの列に並び順番を待った。

5分程で順番が回ってきた。隣のATMでは中年のおばちゃんが銀行員に操作方法を教えてもらっている。「まったくおばはんはこれだから、、、」ATMの操作すらままならないそのおばちゃんの様子を苦々しく思いながら、私はカードをATMに入れ、暗証番号を打ち込んだ。

コンピュータに慣れ、電子機器の操作などお手の物だという自負のある私はほとんどブラインドタッチ(手元を見ないでキーを叩くこと)で金額を打ち込む。「3」「万」「円」の順にキーを押せば完了だ。しかし、そこに罠が仕掛けられていた。

しまった、つい「3」をダブルクリック(瞬時に2度ボタンを押すこと)してしまった!!

そう思った時にはすでに遅く、ATMは引き出し操作にかかっていた。

オンラインで認証が完了し、ものすごい速さで紙幣が数え上げられていく、1、2、3、、、、33、そして紙幣取り出し口が開いた。

どうしよう、、、

私は一瞬その場に凍りついた。しかし隣のおばはんの手前、自分がもたもたするわけにはいかない。私は33万円の札束をつかむとATMから離れた。

日頃さわったこともない大金がそのとき私の手の中にあった。告白しよう、私はそのときほとんどパニック状態だったと。そして極限状態で私の出した答えはこうだった。

持って帰って少しづつ使おう

どこをどう考えればこのような結論に達するのか、今となっては謎である。しかしその時私はそう決断し、とりあえず札束をかばんにしまおうとした。しかし、そこに第2の罠が潜んでいたのだ。

ざららららららら、、、、、

立ったままかばんを開けようとした私はバランスを崩し、持っていた札束を床にぶちまけてしまったのだ。

ATMに並ぶ人たちの視線が集中する。ジーンズ姿のでかい兄ちゃんが大金を床にぶちまけて呆然としているのはさぞ異様に映ったことだろう。

一瞬時間が停止していた私だったが、はっと意識を取り戻すといそいそと紙幣を拾いはじめた。この時の屈辱感は今思い出しても冷や汗が出る程である。

なんとか全ての紙幣を拾った私は再びATMの列に並んだ。拾っているうちに預け直せばいいということに気付いたのだ。

少し落ち着きをとりもどし、額にかいた汗をぬぐいながら私は順番を待った。しかし、その時背後から声がかかった。

「どうかしましたか。」

振り向くとそこに警備員がいた。明らかに疑念を含んだ視線で私を見上げている。私の心臓が早鐘のように打ちはじめた。

「あの、3万円出そうと思って33万円出してしまったんです。」

私の口をついて出てきたのはこんな言い訳だった。なぜあの時「なんでもありません」と言えなかったのか、私の人生にまた1つ遺恨を残すことになった。

「そうですか」

警備員は何か承服しきらぬ口調で言い捨てると私から離れていった。私は胸中の屈辱を隠しながら何事も無かったかのように列に並んだ。程なくして再び順番が回り、私は無事33万円を預け直すことが出来た。

そそくさと銀行を後にし、電車に乗るため駅に向かって歩きだした私はその時ふと気付いた、

3万円引き出すのを忘れていたと。


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