それは文化祭も終わり、季節が秋から冬へ移り変わろうとしているときでした。       私は誰よりも早く部室にたどり着きました。       この行為を誰にも見られずに・・・。       そして誰にも言われずに・・・。       「すいません。わ、私・・・」       そして私はこの場を逃げるように立ち去りました。       一通の退部届けを机の上に置いて・・・。

読み切りSS「もう一度・・・」

             「ねぇ、ミュリエル」       「あれ、ソーニャ?」       ソーニャは私のクラスメイトで、かなり真面目でもちろん成績も優秀な      優等生です。次の授業に備えて教科書をぼおっと眺めていた私に      彼女は声をかけてきました。       「アカデミー、やめたの?」       「ええっ!」       彼女のいきなり核心を突いたような質問に私はとまどいの声を揚げてしまいました。       「ええっと・・・」       「はっきりしなさいよ!」       「・・・」       「もう!別に怒ったりしないから!」       ソーニャはそう言っていますが、そのセリフ自体がすでに怒気をを帯びています。       とはいえ、これ以上黙っていても仕方ないみたいですからね・・・。       「う、うん・・・」       「あ、やっぱりそうなの?昨日ミュリエルのところのマスターが私に      ミュリエルの行方を尋ねてきたから・・・」       「・・・」       「やっぱりあのことを気にしているの?」       ソーニャは私の右手中指に巻かれている包帯を見つめました。                     2月前のことです。       「・・・では、我がアカデミーの文化祭での活動は文献研究のレポート      の発表を行うことにする!」       「はーい!」       私の所属していたブックスアカデミーの文化祭の発表が決まりました。       この直後、私は大変驚愕すべき事をマスターの口から聞かされました。       「ミュリエル、君も発表のメンバーの一人として講壇に立ってくれないか?」       「えっ、えっ?わ、私が?」       思わず私は反射的に叫んでしまいました。何故私が・・・。       「君は1stながらかなり勉強熱心だしこれまでかなり優秀な成績を残している。      だから抜擢してもいいんじゃないかって思ったのだが・・・」       「そ、そうでしょうか・・・」       私はただ本が好きで好きでたまらないだけの存在にすぎないと思っていたのに・・・。       「とにかく、うちは部員はそれほど多くないし、是非君に出てもらう必要があるんだ!      頼む!」       と、言われても私にはそんな自信はありません。       「君を信じている!だから俺を信じてくれないか?」       「えっ、えっ・・・」       思わず私は首を縦に振ってしまいました。       「よし、頼むぞ、ミュリエル!」       マスターは私の肩をポンとたたきました。       こうなってしまっては今更断ることもできません。       「わ、わかりました・・・。と、とりあえず全力は尽くしてみるつもりです・・・」              次の日から私は放課後になると即図書館に向かうようになりました。       これまでも図書館自体はよく通っていたのですが、      ただ物語に没頭することはあっても、レポートを作成するために      閉館時間ぎりぎりまで汗を流すようなことはありませんでした。      レポート作成以外にも普段の勉強もあったり、また本を読むことには      慣れていても文献を丁寧に調べ上げることには慣れていなかったので      かなり時間を要することになってしまいました。      それでも時間が経つに連れ、なんとかそれなりには     できあがってはいったのですが・・・。      「ミュリエル、大丈夫なの?」      「え?ソーニャ」      「なんか最近とても無理しているというか・・・。     顔色も悪そうだし・・・」      「わ、私の顔が青白いのは生まれつきだから・・・。     それに無理でもしないと私の力ではいいレポートを仕上げるのは     とうてい無理です・・・。」      「・・・。とにかく、時には体をゆっくり休めることも必要よ。     特にあなたは体が弱いんだから・・・」      「う、うん。わかってはいるんですけど・・・」      そしてとうとう文化祭の日も近づいてきました。      無理をしたかいがあって、レポートも8割方できあがりました。      「へぇ。がんばったじゃない、ミュリエル」      「でも、きちんとした文章にするにはこれからが大変だと思うんですけど・・・」      「それはそうだけど、少しは休んだ方がいいわよ、ミュリエル」      「う、うん。これが終わっ・・・」      タン!      思わず私は壁に手を着いてしまいました。      「ほら、今日はおとなしく帰って休んだ方がいいわよ」      「だ、大丈夫だから、ソーニャ・・・」      口ではそう言ったものの、自分でも足下のおぼつかなさがはっきりと     感じられてきます。 「とにかく、時には休息することも必要よ。」      「うん、わかってはいるんですけど・・・」      そうソーニャと会話をしながら階段を降りようとしたときでした。      「あっ・・・」      急に私の体がめまいを感じてきたのです。            「・・・エル!しっかりして!」      ソーニャの叫びと体のあちこちに走った痛みで目が覚めました。      気が付くと私はベッドの上で横になっていました。      どうやら学園の医務室のようです      「・・・ん、んん・・・」      私は起きあがろうとして右手をベッドに押しつけようとしました。      その時でした。      「いたっ!」      右手の中指に激痛が走ったのです。      「どうしたの、ミュリエル?」      ソーニャがすぐにシーツをめくって私の右手をとりました。      「・・・。ちょっと、折れているわよ!」      「え?本当なの?」      机で書類を書いていた医務の先生がソーニャに代わって     私の右手を看ました。      「確かに・・・。ソーニャさん、ちょっと彼女の右手を持っていてくれないかしら?」      先生はそう言うや否や医務室の隅にある戸棚から膏薬や包帯を取り出し、     さっと私の右手に巻き付けました。      「この指の骨折、以外にかかりそうね・・・」      先生の表情は真剣でした。      「え?そ、そうなんですか・・・」      「普通なら一月半。回復魔法を組み合わせた治療でも3週間は     覚悟した方がいいわね・・・」      私はこの言葉を聞いたとき、ショックのあまりベッドに再び倒れ込みました。      私のレポートは完成していないというのに、けがの回復を待っていたら・・・。      それに私なんかを期待してくれたマスターやアカデミーを     裏切ってしまうことになってしまう・・・。      気がつくと私は頬を涙で濡らしていました・・・。            「確かにあなたがそれを責任に感じるのもわかるけど、だからといって     アカデミーをやめてしまうのはおかしいような気がするけど・・・」      確かにソーニャの言うこともわかります。      けど私には・・・      「今の私にはそうすることしかできなかった・・・」      「それってただ逃げているだけのように思えない?」      「あっ・・・」      このソーニャの言葉に私はけがの時以上のショックを受けました。      そして話す言葉を見つけることができなくなってしまいました・・・。                  キンコンカンコーン・・・      授業の始まりを知らせる鐘が鳴りました。      その鐘の音がいつまでも私の心の中に響きわたっていました・・・。      放課後になりました。      私は図書館へ足を運びます。      私にとってはこれがいつもの日課です。      思い切り本の世界に没頭する・・・。      これが私にとっては何よりも幸せなひとときです。      アカデミーをやめる前から続けてきたことです。      膨大な数の本棚なから興味ある本を見つけること、      そしてその本に読みふける、      そして本の中の事象等を深く自分の心に刻みつける・・・。      この行為が私にとっては何よりもかけがえのない      「探求」であり、「冒険」であります。      今日もそれをするために図書館への扉を潜りました・・・。      本当にこの学園の蔵書量は豊富です。      これも私はこの学舎を選んだ理由の一つなのですが・・・。      私は本という名の宝物を見つけるために今日も本棚の迷宮を彷徨います。      (今日はこれにしましょう・・・)      私は目星をつけて一冊の本を本棚からそっと取り出しました。      そしてそれを取り出しゆっくりとテーブルにつきます。      ペラペラとページをめくるうちに、私は本の世界に徐々に引きずり込まれていきます・・・。      気がつくと閉館時間まで・・・、と、言うのが私にとっての日課なのですが、      今日は違いました。      いつものように本に夢中になっていると、その私の肩を誰かがポンとたたいてきたのです。      「は、だ、誰ですか?」      私は本の世界から急に醒めると、後ろにいつも見慣れた      お世話になっている人がいるのに気がつきました。      司書のリディアさんです。      「な、何でしょうか、司書さん?」      「ミュリエルさん、話は聞きましたよ」      「ええっ!」      その言葉に私はソーニャの時と同様に驚きの声を揚げました。      「ど、どうして・・・」      「きっと何か複雑な事情があったのね」      私の焦りに満ちた言葉をリディアさんの声が遮ました。      そしてリディアさんは手に持っていた数冊の本をテーブルに置くと、     私の隣に座りました。      「詳しく聞かせてもらえないかしら、ミュリエルさん」      「えっ、は、はい・・・」      リディアさんの穏やかな笑顔に私はこう言わざるを得ませんでした。            「・・・、なるほどねぇ・・・。そういうわけなのね・・・」      リディアさんは書類をまとめながら私の話に耳を傾けてくださいました。      「は、はい・・・」      「でもねぇ、」      私はこの言葉にまた怒られるのかと思い、身を思わず凝縮しました。      「理由が何にしろ、あなたにとってやめてしまったということは、     そのアカデミーがそんなものにすぎなかったということのように思えるのだけど・・・。     違うかしら、ミュリエルさん?」      その言葉に私は強い衝撃を受けました。      私がそもそもブックスアカデミーに入ったのは全くの受け身と言ってよかったのです。      アカデミーの説明会に何気なしに入ったところ、いろいろと話を聞かされ、     気がつくと入部届けにサインをしていた・・・。      そんな感じの入会だったのです。      自分から進んで入ろう、そう言う形ではありませんでした。      そういった過去をふと思い出していると、私の目を覚ますかのように  リディアさんがこう話しかけました。       「あなたにとって何がやりたかったのか・・・それを見つめ直してみなさいよ、     ミュリエルさん」      「何か、ですか・・・」      私は何気なくつぶやきました。      私が何をやりたいのか、それを頭に思い浮かべてみました。      そもそも私がこの学園に入ってきたのは豊富な蔵書量に惹かれたこともありますが、      体が弱い私にとっては魔法の技術の習得が重要だと思ったのが      そもそもの入学のきっかけでした。      「そうか、魔法だったんだ、私・・・」      「え、何かしら?」      「い、いいえ、な、なんでもないです!」      私は慌てて答えました。 「そういえばね・・・、ねぇ、ウィザーズアカデミーって知っているわよね?」      「ええ、まぁ・・・」      思いも寄らぬ問いかけに、私は思わず気のない返事をしてしまいました。      ウイザーズアカデミーといえば、部長のデイル・マースという人の良くない噂しか     聞いたことがありませんが・・・。      「そこのルーファス・クローウンという2年の子、知らないかしら・・・」      「え、ええっと、確か・・・」      確かそうです、よく本の貸出票で見かける名前です。      特に魔導関連の書に多かったような記憶があります。      「一度彼から話を聞いたのだけどね、彼って無理矢理入れられたらしいのよ、     アカデミーに」      (私と同じだ・・・)      私がそう思っているのを尻目にリディアさんは話を続けます。      「で、それで楽しい?って聞いたのよ、彼に・・・」      「返事はどうだったんですか・・・」            「確かに、つらいですよ、いろんな意味でね、ははは・・・     でも・・・」      「でも?」      「まぁ、なんというかね、なんだかんだ言ってもやりがいがあるのですよ、     このアカデミーは・・・」      「なんかそんな風には見えないけど・・・。噂とかが、ね・・・」      「まぁ、確かに一緒に入った同級生は次々にやめちゃって、     自分一人になったのは事実ですけど・・・。でも・・・」      「でも?」      「楽しいんです、夢中になれて・・・。つらいこともありますけど、     やっぱり好きみたいですよ、魔法が、そしてこのアカデミーが・・・」      「好きってことなんですか、やっぱり・・・」      「確かに答えとしては単純には思えるわね。でもそれが一番大切だと思うの。     好き・・・。それがあのアカデミーにはあったかしら・・・」      この言葉に私は今までいたアカデミーのことを思い出してみました。      確かに本を読む・・・、このことが私にとってこの上ない好物であることは事実です。      でも、でも・・・。私はあくまでも本の世界に浸ることが好きなのであって、      本の中身を細かく調べ上げたり、本の内容を議論するような      アカデミーでやっていたような活動にはそれほど楽しいとは思ってはいませんでした。      かえってそのことが重荷になっていたような気がします。      なんかやらされている・・・。そんな感じでアカデミーに参加していました・・・。      「心の中に”やめたい”という気持ちが芽生え始め、それがきっかけで     その思いがはじけた・・・。そうでしょないかしら、ミュリエルさん?」      このリディアさんの言葉に、私はただ頷くしかありませんでした。      「それにしても・・・。うふふ、よかった・・・」      「え?何でしょうか?」      私はリディアさんの言葉の真意がわからず、思わずこう言いました。      「ようやくあなたの顔に明るみがさしてきたからね・・・」      「えっ、あ・・・」      そういえば少し胸の支えが取れたような・・・。そんな気がしてきました。      「さてやっと落ち着いたところで、今度は・・・」      「今度は?」      「ちゃんとけじめをつけるのよ、アカデミーをやめたことに対して・・・」      「ん・・・」      確かにそうです。気持ちが落ち着いてきた今、考え直してみると     あの行為はあまりに一方的すぎました。      「でもどうすれば・・・」      「それはちょっと・・・。言えないというより、     私にもわからないといった方がいいわね・・・」      「私・・・」      「何か心に引っかかっていることはあるかしら?     何かやめたこと以外で・・・。」      「えっと・・・」      私は考えました。しばし沈黙の時が流れました。      どのくらい経ったでしょうか・・・。      「あっ、そうでした・・・」      「わかったみたいね、ミュリエルさん」      私はコクリと頷きました。      そしてその問題を解決するために、私はお礼の会釈をリディアさんにすると、     すぐに帰宅のために走り出しました・・・。      1週間が経ちました。      私はブックスアカデミーの部室のドアの前に立っていました。      私は意を決すると部室のドアを静かにノックしました。      コンコン・・・      「失礼します。ミュリエル、ミュリエル・レティーシャです・・・」      その瞬間、中からざわめきが起こるのが聞き取れました。      「あ、あのぉ・・・」      ガラガラッ!      部室のドアが開きました。      「いったい何の用なのかい、ミュリエル君?」      現れたのはマスターでした。その口調には憤りではなく、戸惑いがこもっていました。      私はいきなりマスターが現れたことで、少し焦りを感じてしまいましたが、     再び意を決すると手元に抱えていた一抱えの書類をマスターに差し出しました。     「こ、これは・・・?」     「れ、レポートです・・・。文化祭に発表するはずだった・・・」     「ど、どうしてこれを・・・?」     マスターは戸惑いを続けています。     無理もないでしょう。いきなり1週間前にこっそりと退部届けを出した女が    こうして目の前でこんなことをしているのですから・・・。     とはいえ、このままでは話が進みません。     私は思い切ってマスターにこう言いました。     「不躾かとは思いますが、受け取ってください!お願いします!」     「・・・・」     マスターは黙り込んでしまいました。     数分経ったでしょうか、マスターは真剣な表情でレポートを私の手から受け取ると     それをなめ回すように1枚1枚チェックしました。     それが終わった後、マスターはこう私に言いました。     「3日後、ここにもう一度来なさい。そうそう、ちゃんと準備をしてね・・・」     私はマスターの言っている意味をくみ取り、レポートを返してもらうとその言葉に従って    その場はここを去ることにしました。     運命の3日後がとうとうやってきました・・・。     再び私は部室の前にやってきました。     しっかりとこのために「準備」はしてきました。     おそらく部員のみんなの前でレポートの発表をする、    このための「準備」だと思い、私は周到に「準備」をしてきました。     コンコン・・・     私は3日前と同じようにノックをしました。     「ミュリエルです」     「どうぞ・・・」     「は、はい・・・」     私はドアを開け、部室に入っていきました。     その時でした。     「え、ええっ?」     部室がたくさんの人で溢れていたのです。     アカデミーの人数より遥かに多いのは明らかでした。     予想もしない事態にとまどっている私に、マスターが近づいてきました。     「こ、これは・・・」     私はマスターにこの状況について問いました。     「いや、どうせなら文化祭の雰囲気を再現したくてね。    いろんな方面から声をかけてみたんだよ」     「そ、そんな・・・。私なんかのために・・・」     「とにかく、わざわざこういう舞台を用意してやったんだ。    俺に恥をかかせないでくれよ」     「は、はい・・・」     今はこの状況をとやかく言うより、私のために来てくださった方たちのために    しっかりと成果を示さないといけないでしょう・・・。     私は気を引き締めると講壇につきました・・・。     「・・・これで私の発表を終わらせていただきます・・・」     (ふう・・・)     私は額の汗を拭いました。     その瞬間、     パチパチパチパチパチ・・・     部屋中に拍手が響きわたったのです。     私は皆さんの歓喜にただ戸惑うばかりで何も出来ずに    ただその場に立っているしかありませんでした。     私がそんな風に振る舞っていると、部室の後ろの方から人の波をかき分けてくる    私に近づいてくる人がいました。    「そ、ソーニャ?」    ソーニャは私ににっこり微笑んでこう言ったのです。    「よくやったね、ミュリエル」    「あ、ありがとう、ソーニャ・・・」    私はソーニャの両手をぎゅっと握りしめました。    「逃げないで立ち向かえたね、ミュリエル・・・」    「でもね、私決意したの・・・」    「それって、結局同じじゃあ・・・」    「結局このままアカデミーに復帰しないということでしょ?   でもね、同じではないの・・・」    「どういうこと?」    ソーニャの問いに私は答えました。    3日後に書類を見せるのと同時に自分の退会理由や自分のブックスアカデミーに対する思い、   そしていまだ出会えぬ未来の入るべきアカデミーへの思いを込めた手紙を渡したことを   彼女に伝えたのです。    「そうなの・・・。ごめんなさいね、話をろくに聞かずにこんなことを言ってしまって・・・」    「いいのよ、そんなこと・・・。それより・・・」    「それより?」    「それより、ちゃんとやりましたよね、私・・・」    ソーニャは私の言葉に静かに首を縦に振りました。    その瞬間、私はようやく肩の荷が降りたような気がしました。    「でもこれからよ、わかっている、ミュリエル?」    「ええ・・・」    そうです。これから私はやりなおさないといけません。    きちんと情熱を注ぎ込めるアカデミーに・・・。    それが何なのか、いつ巡り会えるかわかりませんが見つけださないといけません。    もう流されたくない、自分の想いを大切にしたいから・・・。
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