この日は5月2日・・・昌太郎の誕生日である。 「よ、誕生日おめでとさん、ショータ」 が、昌太郎にとってこの日は広人のこの言葉だけで終わった。 (さびしいな・・・) 放課後を告げるチャイムの中、昌太郎はとぼとぼと図書室に向かって歩いていった・・・。第三話 「初夏の疾風」(前編)
「え?連休明けに臨時の活動日を入れるんですか?」 昌太郎のクラスメイトでもある敦子が大声を揚げる。 「まあ、本来の活動日が休みと重なってしまうんでね。それとも連休中に学校に来るか?」 「いや、いいです、先生ぇ〜」 宮本の言葉に敦子もようやく納得する。 「じゃ、先生、今日はここら辺で・・・」 「おいおい、まだ私は話し足りないんだが・・・」 「さよーならー」 「それでは・・・」 部長の黒崎、副部長の本田を筆頭に次々に逃げるように生徒たちが図書室から 抜け出ていく。これが文芸部お決まりの解散パターンである。 昌太郎も未緒もそれにすっかり慣れて真っ先に図書室を抜け出るようになった。 未緒の表情にはまだ後ろめたさが感じられていたのであったが。 明けて5月3日。 結局昌太郎は家族と普通の誕生パーティーをする事になり、そのまま普段の日の 様に寝て翌日を迎えた。 連休といっても悪友・広人は店の手伝いにかり出されている。 昌太郎は遊び相手もいないせいかぶらぶらと商店街を歩き回ることにしたのであった。 カンカンカン・・・ 何処からともなく釘を打つ音が昌太郎の耳に入ってくる。 やがて歩いていくうちに昌太郎は一軒の店が建てられているのが目に入った。 (ふうううん、どんな店ができるのかな・・・) そう昌太郎がその店に近づいたときであった。 ガキーン!カコン! 「うわっ!」 昌太郎の目の前に一本のかなづちが落ちて、そのまま道路に打ちつけられたのである。 昌太郎は思わず近くの電柱に寄りかかる。 「す、すいません!」 「ちょっ、ちょっと!ん・・・」 昌太郎は思わず怒りの声を揚げようとしたが、どこかで聞いたような声と屋根の上にいる 見覚えのある浅黒い風貌を見て口を一旦閉ざした。そして、 「え?もしかして・・・」 「あの、もしかして・・・」 「安宅?」 「古川?」 「へぇ、家が大工なのね・・・」 「うん、手伝いとかやるとアルバイト料とかくれるからね・・・」 昌太郎と行夫は庭の隅に積んである木材に腰掛けてお茶をすすっている。 「それじゃ部活とかやってないのか、やっぱり?」 「いや、俺は入っているよ」 「ふううん、ヒロのやつは家の手伝い忙しいから入らないと言っていたけど・・・」 「ええっと、演劇部ね。古川は?」 「うん、俺は文芸部」 「以外だな・・・。そんないい体して・・・」 「人のことは言えないぞ、どう見ても演劇部には見えないぞ」 「ふははは・・・。さてと・・・」 笑った後、行夫は腰を上げた。 「ん?もう取りかからないといけないのか?」 「まあ、あんまりなまけてちゃアルバイト料ももらえなくなるから・・・」 「じゃ、がんばってな!」 「ういーっす!」 昌太郎も木材から腰を上げた。 (みんな頑張っているな・・・。俺も頑張らないといけないのに・・・) 昌太郎はそんなことばかりを考えながら家に帰っていった。 が、そんな想いとは裏腹に残りの連休も昌太郎はぼーっと過ごしたのであった・・・。 そして連休も明けた・・・。 キンコンカンコーン!キンコンカンコーン・・・ この日も放課後を迎えることになった。 昌太郎は部活のために図書室に向かおうとしたのであったのだが・・・。 「すまん!ちょっとつき合ってくれないか?」 いきなり広人が昌太郎に声をかけてきた。 「な、なんだよ、ヒロ・・・」 「ま、何でもいいだろ、ショータ」 「俺はお前みたいな暇人と違って部活があるんだぞ!」 「ま、とにかく・・・。あ、柳沢さん。こいつちょっと遅れるから」 広人は近くの机で荷物をまとめていた敦子に声をかける。 「え?まあ、とにかく了解したわ」 「勝手に了解すんなぁ〜」 「結局俺を呼び出すこともなかったんじゃないか、この暇人・・・」 広人の用につき合わされた昌太郎がぶつぶつ文句を言う。 「まあまあ・・・。じゃ、さっさと行って来いや、部活」 「言われなくても行くわい!」 昌太郎は図書室に向かって駆け出していった。 ガラガラッ! 昌太郎は乱雑に図書室のドアを開ける 「すいませ・・・えええっ!」 昌太郎は驚きの声を揚げた。 図書室内がきれいに、まるでパーティー会場のように飾り付けられていたからだ。 「ど、どういう・・・」 「古川昌太郎君、遅れたけどお誕生日おめでとう!」 昌太郎の声を遮るように図書室内に歓喜の声が響きわたった。 「えっと・・・」 「あ、ごめんなさいね、古川君。この飾り付けをあなたにわからないようにやりたくて 坂井君に引き留めてもらっていたの・・・」 敦子が昌太郎に事情を説明する。 「うううん、なんというか・・・」 「ええっとね、センパイたちの話によると部員の誕生パーティーをやるのが文芸部の 伝統だっていうの・・・」 見晴が「伝統」について説明をする。 「でも、古川君の場合は誕生日が早く来ちゃったからね・・・。 どうせだったら古川君にわからないようにやっちゃったらおもしろいんじゃないかって 黒崎部長と話して決めたのよ・・・」 本田が秘密を明かした。 「で、これがプレゼントだ、おい!如月!」 「は、はい!」 未緒は黒崎に言われて机の上の箱を開けた。 そこには、 誕生日おめでとう 昌太郎 と書かれた大きなケーキが姿を現したのであった。 「連休中に女子部員たちが力を合わせてつくったのよ。 いつもだったらこういうことはしないんだけど、未来の部長さんだからね。 お祝いは豪華にしないと・・・」 「・・・・・・」 「何、どうしたの黙っちゃって・・・」 本田が昌太郎に尋ねる。 「いや、あまりにうれしくて声が出なくて・・・」 「ああん、もう、そんなしんみりした雰囲気は文芸部には似合わないから!」 「おまえはもう少ししんみりした方が・・・・」 「なんか言った、部長!」 「ほほう。それでは私もお祝いをしないといけないな・・・」 後ろに控えていた顧問の宮本がゆっくりと立ち上がった。 「何ですか、先生?」 「ためになるいいお話だよ!」 「ええええええええっ!」 この後日が沈むまで宮本の長い話が続いたという・・・。 (後編へ)
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