第六話 「頼りにされて」


     「お願いって何、如月さん?」      「実は・・・」      未緒の儚げな表情に昌太郎はぐっと息をのむ。      「前に古川さん、百メートル走に出ましたよね」      「ああ、そうだけど・・・」      「それで・・・。」      未緒は顔をうつむける。      「あのぉ・・・。安宅さんがあの時に足を怪我してしまったみたいで・・・」      「え?」      昌太郎は百メートル走の走り終わった様子を思い出した。      あの時行夫は地面に伏せたまま起きあがってこなかった。      足を痛めてしまったのがその原因だったらしい。      「で、私、二人三脚に出る予定でしたのですけど・・・」      「行夫のヤツと組む予定だったのか?」      未緒はコクリと頷いた。      「それで・・・。組む相手がいなくなってしまったんです、私」      「同じクラスにはいないのか?」      「私・・・」      未緒の表情が曇る。      (そういえば・・・)      確か未緒が以前体育の授業中で倒れたときも彼女を保健室に連れていこうとしたのは     彼女のクラスのB組の生徒ではなく、違うクラスの親友であった虹野沙希であった。      (如月さん、クラスの中じゃもしかして・・・)      「だから、お願いできますか、私との相手・・・」      未緒の表情がますます曇っていく。      「私、こういうことがお願いできるのがあなたぐらいしかいないんです・・・     だから・・・」      「わかった」      昌太郎は力強く答えた。      「とりあえず、ちょっと練習しようか?」      未緒と昌太郎は寄り添うようにしゃがみ込み、未緒の左足首と昌太郎の     右足首を未緒が丁寧に結ぶ。      (そういえばこれが2回目なんだな・・・)      昌太郎はふと未緒を保健室に運んでいったことを思い出した。      あの時は未緒を一方的に運んでいっただけだが、今度は二人の息の波長が     要求される二人三脚である。      (肩に、肩に手を回すんだよな・・・)      昌太郎は妙に意識してしまって手がなかなか動かない。      どきどきしている昌太郎に未緒がさっと肩に手をやってきた。      「あ・・・」      『内気』ばかりと思っていた未緒の方から手を回してきたので     昌太郎は意表を突かれたか、体をびくっと震わせる。      「ど、どうしたのですか、古川さん?」      そんな昌太郎の様子に未緒が変に思ったか昌太郎の顔をのぞき込む。      体の密着に加えてお互いの顔の距離が急接近したことが     ますます昌太郎の意識をおかしくさせていった。      「あ、ああ。え、えっとまあ・・・」      「なんか変ですよ、顔が赤くなっていて・・・」      未緒の顔がますます昌太郎の顔に近づいていく。      「だって・・・。ま、まあ、こんなに如月さんとくっついちゃっているんで・・・     ま、なんというか・・・。ものすごく意識しちゃって・・・」      「そ、そういえば・・・。はっ!」      未緒も顔を急に赤らめ昌太郎の背中の上にのせていた手を引っ込めて     その手で顔を覆ってしまった。      「わ、私・・・。いつの間に・・・」      少しの間気まずい静寂で時間が進んでしまった。      (このままではなぁ・・・)      そう思った昌太郎は未緒の様子を見てみる。      あれからずっとうつむいたままだ。      (こう言うときは女の子の方が声をかけにくいよなぁ。     まして引っ込み思案な如月さんでは・・・。よしっ!)      意を決したか昌太郎は未緒の肩にそっと手を回した。      「あ、あ・・・。」      「時間がないんだ。とりあえず練習はやっておこうよ、如月さん」      「え・・・。は、はい・・・」      未緒は恐る恐るといった感じで静かに昌太郎の肩に手を回した。      「こ、こんな感じですよね・・・?」      「え、えっと・・・。も、もうちょっと、く、くっついてもらえないかなぁ?」      「あ、あ・・・、はい・・・」      まだ、これといって体を動かしていないのに二人の顔は真っ赤に染まり、     心臓も激しく動いていた。      二人は体を起こしてようやく練習に取りかかるのであった。      「おーい、ショータぁ!遅かったじゃないか」      「ま、まあ。ちょっと野暮用で・・・」      数十分ほど練習を未緒とした後、昌太郎はA組のテントに戻ってきた。      「なんでこんなに遅れたんだ、古川?」      公人が問いかけてくる・・・。      「えっと・・・」      『トイレに行っていた』ではすまされないほど時間はたっている。      といって『如月さんと二人三脚の練習をしていた』とは言えるはずもない。      昌太郎は口ごもってしまった。      「なんか顔が赤いし、汗もかいているみたいだし・・・」      好雄が昌太郎の身体の様子のおかしさに気付く。      「そ、それは・・・」      「そうか!」      好雄が手をポンとたたいた。      (気付かれた?)      昌太郎は背筋に冷や汗が流れるのを感じた。      「お前、腹の調子が悪くてずっとトイレにこもっていたんだろう!」      「あのなぁ!」      「まあ言うな言うな。確かに言いづらいよな、こういうことは」      「古川君、大丈夫?まだダメみたいなら保険委員に言ってきた方が・・・」      「古川君、そんなに腹の調子が悪いなら我が伊集院家に所属する医師団を     至急呼んできてやってもいいのだぞ」      「おい、早乙女!藤崎!伊集院!」      昌太郎は皆の誤解に憤慨する反面、未緒との件を気付かれなかったことに     ほっと胸を撫で下ろすのであった。      「ところでさあ、今の得点どうなっているんだっけ?」      「そ、そうだよなぁ」      公人の場違いな話にこれ幸いにと昌太郎は話を切り替えようとする。      「えっと今の得点はね・・・。A組が91点、トップのC組は92点ね・・・」      詩織が校舎に張り付けられている点数表を確認しながら答える。      「1点差か。残り競技も少なくなってきたし、全部の競技すべてトップを取れよ、     いいかみんな!」      「だからなんでお前がそんなにえらそうにするんだ、伊集院!」      「君には真剣に競技を行う態度が欠けているようだね、公人君」      「だからそんなことを言っているんじゃねぇんだよ!」      「全くこの二人は・・・」      「公人君ったら・・・」      どうやらいつもの伊集院と公人の口げんかで真相追求がうやむやになったようである。      ようやく昌太郎は自分の席に腰を落ち着けることができた。      (でも、いざ競技が始まればばれちまうよなぁ・・・。     その時は・・・。その時だ!)      昌太郎が腹をくくったときであった。      ティンコンカンコン・・・      「二人三脚の競技に出る生徒は至急集合してください」      出場選手を集めるためのアナウンスが流れてきた。      (もう行かないといけないのか・・・)      昌太郎は頭をかきながら席を立つのであった。            (第六話 完)
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