フォルカーの部屋 - 98聖地巡礼日記11/30 -

11月30日(月)


前夜、ジョッキ2/3杯のビールに酔っ払ってダウンしたものの、朝6:30頃には目が覚めてしまい、そのままベッドの中でウダウダと時間を過ごす。
今日から友人A氏が合流するわけだが、それに伴いホテル移動となるため、朝食を済ませた後チェックアウト。途中、ショッテントーア駅で市電/バス/地下鉄の1週間チケットを購入し、歩いても行ける距離なのだが、せっかくだからとバスに乗って、次のホテル、シュテファン寺院近くのグラーベンに移動する。

チェックインの手続きを済ませると、旅行代理店S氏(実はS氏@不協和音)からのFAXを手渡された。そこには、「飛行機が4時間遅れ決定。A氏絶望的です。チケットは誰かに売っちゃってください!」の文字。あーあ、ついに聖地で"ダフ屋まがい"をしなければならなくなった。肝心のチケットは、まだ届いていないとのことなので、一旦街に出て、午後になったら様子を見に戻ってくることにする。

さて、どこをフラつこうか、と思ったものの、このホテル、ドブリンガー(聖地の老舗楽譜屋)の目の前というロケーション故、敬意を表して(?)、ドブリンガーのドアを開けてみる。が、開けた途端びっくり! すっかりきれいになっているではないか!! 概観は特に変っていないが、店内は、以前の薄暗くそして狭い作りが一新されて、明るく開放的な作りに改装されているのだ。"魔窟"のようだった中古楽譜売り場も、"小ぎれい"に整頓されて、なんだかドブリンガーじゃないみたい。
以前、楽譜売り場だった向かって右側の店舗が、ポピュラー音楽系の楽譜・書籍売り場と中古楽譜売り場に、CD売り場だった向かって左側が、クラシック系の新品楽譜・書籍売り場にと、店の構成自体も大変更。さらに、新品楽譜売り場では、以前は、曲目やら編成やらを店員さんに伝えて、その上で、店員さんが楽譜の束を出して来てくれるというシステムだったのが、自分で自由に楽譜を見ることができるようになった他、面倒くさかった会計も、日本同様、レジで一括して支払うというスタイルに改められて、買い物もしやすくなった。
不便ではあるけれど、これがご当地のスタイルなんだろうし、と、これまで自分を納得させてきていたわけだが、ここに来てこの大変革。いったいドブリンガーに、聖地に何が起こったのか? まぁ、それは大袈裟だけど、でも、それくらいびっくりした一件でもあった。
というわけで、写真は、新装なったドブリンガーの外観。本当は、中を撮らなきゃ意味ないんだろうけど、さすがにそれはできなかったので。ちなみに、この日は、中古売り場でヤナーチェク「シンフォニエッタ」のスコアを購入。翌日からのリハーサル見学に向けて、備えは万全というわけ。

市内をフラついて午後3時頃にホテルに戻ると、今夜と5日のチケットが届いていた。が、それぞれ1枚ずつしかない。これは一体どうしたことかと、急ぎ日本のS氏に国際電話を入れると、今晩の席が、当初希望していたところよりも条件の悪いものになったため、これ幸いとA氏分をキャンセルしたとのこと。よって、土壇場でダフ屋まがいを免れることになり、内心ホッ。が、席自体は、2階バルコニー左側の舞台真横(サントリーホールで言えばLAブロック)の2列目ということで、確かに条件は良くなさそう。ホルン会がかろうじて見えるかもしれないが、オケの半分は見えないだろうなと覚悟する。
そのままホテルで休息して、いざMVへ出発。出掛けに、到着が20:00頃になりそうなA氏宛に、演奏会は21:30頃に終るだろうから、来れそうだったらMVまで来てみて、とメッセージを残す。

MVに到着し席についてみると、案の定、舞台の手前(正面向かって左側)半分は見えないことが判明。後半のピアノ協奏曲では、指揮者はおろかソリストの姿も見ることができない。それでも、図ったようにホルン会だけは正面にバッチリ見える席だから、これはもう、ホルン会の面々を眺めて過ごしなさい、という"神様のご配慮(??)"なのだと思って臨むことにした。
曲目は、ベートーヴェンの「レオノーレ」第2番、ヒンデミットの「画家マチス」、そしてブラームスのピアノ協奏曲第1番。指揮はメータ、ピアノはバレンボイムという、重量級メンバーによる重量級プログラムだ。
ホルン会は、前半がトムベック→ゼルナー→マイヤー→御神体。後半が、トムベックに代わってラルスという布陣。実は、御神体の音をMVで聴くのはこれが初めてなので、それだけでも十分に興奮してしまう状況でもあった。

メータが登場してレオノーレ2番が始まる。同じメロディーを使い、ほぼ同じ構成を取るレオノーレ3番が有名すぎるから、どう聴いてもそのパロディにしか聞こえないこの曲だが、よくよく聴けば、3番よりもドラマティックな構成になっていて、私は結構好きな曲なのだ。で、そういう曲の性格がメータにも合っているようで、思ったよりも引き締まった音楽を作り出し、十分に聞きごたえのある演奏を展開していた。
そうそう、途中に登場する舞台裏のトランペットのファンファーレ。これ、3番よりも高い調で書かれてるんだけど、このラッパも見事だった。いやほんと、目の前でオペラを見ているような臨場感とでもいうか。後でラルスに確認したところ、吹いていたのはシュー氏だそう。いやぁ、感嘆しました。

それにしても、この位置は何という音がするのだろう! オケの音が下から沸き上がってくるような感じなので、すごい迫力。コントラバス軍団(先年退職したクロイトラーの顔も見える)のブンブンという唸り音も聞こえてきて、実に痛快。MVは、どこで聴いても「いい音」がする奇跡のホールだが、さすがにこの位置だと迫力が違う。当団の"男っぽさ"という部分を、十分に堪能しつつ聴き進めることとなった。

2曲目の「画家マチス」は、過去に何度か耳にしたことがある程度の曲。特に予習をして行ったわけでもなかったのだが、これも十分に楽しむことができた。金管会が大活躍する曲だが、アメリカのオケなんかだったら、もっと輝かしく、そしてもっと機能的に鳴りまくるであろうところを、当団金管会は、絹のような光沢とでもいうべき独特の音色感で演奏を展開させ、実に耳に心地よい音楽として成立させていた。随所に、ヒンデミットらしい諧謔さも見られ、うむ、なかなかいい曲ではないですか。

休憩後は、メインプログラムのブラームス。まずオケの面々が登場し、ラルスも姿を現わした。会場内を見回して、私の姿を探してくれているようでもあるのだが、前夜、1階のバルコニーにいると思うと言ってしまったので、おそらくこの位置だとわからないのではないか。と思ったら、彼の顔がこっちを向いて目が合った。で、いつも通りの「ヨッ!」。なーんだ、心配することなかったじゃん。
ホルン会の面々、しばし音出しを続けていたが、今度は、音出しを終えたゼルナー氏が会場を見回し始めた。で、私のところまで顔が動いてきて「おぉっ!」とびっくり。そう、ゼルナー氏(以下、フランツさん)とは、私が高校生の時から親交を結ばせていただいており、来日の度に、ご挨拶をさせていただいたりしていたので、私のことは十分にご承知なのだ。
私を見つけたフランツさん、満面の笑みでウンウン何度も頷いてくださる。で、あろうことか、隣りで唾抜きをしているラルスに、私の方を指差しながら話し掛け始めた。「おい、日本でウィンナホルン吹いてるアマチュアのやつが来てるぞ」。フランツさん、私とラルスの関係はご存知ないと思うので、きっと、そんな感じで言ってたに違いない。ラルス、当然知ってるわけだから、「知ってるよ」って感じで知らんぷり。それでもフランツさん、また顔をあげて、ニコニコ・ウンウン。私、嬉しいやら、恐縮するやら。

バレンボイムとメータが登場して曲が始まる。予想通りと言うか、かなりスケールの大きい音楽作り。それでも、ホールの音響が素晴らしいせいなのか、厚ぼったいとか、コテコテとかいう感じはしない。あくまでも、壮大かつ極めてロマンティックなブラームス。今となっては、ブラームスにおいても、もっと「古典」に寄った部分での解釈というのも成り立つのだろうが、この2人に関しては、そういう解釈など眼中になく、俺らは俺らのブラームスで攻めるといった案配。個人的には好みではないが、でも、演奏が良ければ、いい音が聞こえてくれば、それはそれで満足。
ところで、この曲のホルンパートでは、3番ホルンにソロが割り当てられていたりして、重要な役回りを演じるようになっているのだが、マイヤーのソロは、ラルスが言ってた通りで、実に素晴らしいものだった。ヘグナーが吹いても、ましてやプファイファーが吹いたら、あんなに安定感のある演奏にはならなかったはず。見事でした。で、そのマイヤーのソロが終った途端、ラルスとフランツさんが、示し合わせたように左手の親指を立てて「グート!」のサイン。いやぁ、ああいうのが堪らない当団の魅力なのよ(ちなみに御神体は平然としておられましたが...)。
この曲、元々は交響曲にするつもりだったと言われてるくらいだから、オケの方も、とにかく鳴るように書いてある。当団の面々も、気合十分で演奏しているから、曲が進むにつれ、まさにピアニストとオケの一騎打ちという様相を呈して、すごいことになってきた。で、3楽章の最後の和音がビシッと鳴り終わると、会場は割れんばかりの大拍手。バレンボイムもメータも満足そう。オケの面々も晴れやかな顔。
ラルスと目が合ったので、右手の親指を立てて「ヨカッタよ」とポーズすると、彼、口を尖らせつつ首をかしげる仕草。「マァマァだね」って感じなのかな。確かに、口の調子が相変わらずなのか、音のタッチが今一つ安定していなかった感はある。でも、音色は良かった。そうそう、この日彼が吹いていた楽器だが、"当然"アレキではなく、でも、よくよく見ればハーローでもない。そう、往年の名器ゲノッセンシャフトで吹いていたのだ。思えば、昨日のオペラでも、この楽器を使っていたような(昨日の時点では、ハーローだと思い込んでいた)。うーむ、今度は、「ハーローを吹かないこと」の真相を確かめなければならないか...。

ここで再びフランツ氏、私の方を見上げて、"ニコニコ・ウンウンモード"に突入なさった。私も、右手を掲げてブラヴォー!のポーズ。するとフランツさん、今度はマイヤーに話し掛ける。「あそこに座ってるヤツな、日本のアマチュアのウィンナホルン吹きなんだよ」(たぶん、こんなこと言ってたはず)。が、マイヤーは、私のことを知らないので、じっと私をみつめたまま無表情。これには私も困りましたが。
で、さらにフランツさん、マイヤーの前に体を倒しながら、御神体にも話し掛け始めた!「あそこの日本人、知ってるよね?ウィンナホルン吹いてるササキ」(たぶん、こんな感じでしょう)。御神体が私の方を見上げる。ついに御神体と目が合った!御神体、にっこり微笑んで、ウムウムと頷いてくださった。恭悦至極!私、その場で直立不動の姿勢を取ったことは言うまでもございません(ただし上半身のみね^^;)。
私にとっては至福の時。いやぁ、ありがたきかなフランツさん、です。

異例の4回公演、さらにその最終日だったということもあるのだろうが、バレンボイムはとてもにこやかにカーテンコールに応え、ついにアンコールを弾きはじめた。それも2曲(2曲とも曲名わからず。2曲目はショパンだと思うけど)。前日の定期演奏会の際は1曲だけだったそうだから、彼の満足度も、相当高かったのだろう。
舞台袖の通路には、いかにも「今ウィーンに到着しました」って感じで荷物を抱えた小澤征爾も姿を見せ(国立歌劇場「エルナーニ」のリハーサルか?)、バレンボイムのピアノをニコニコしながら聴いていた。それに気づいたオケの面々、「おい、オザワがいるよ」なんて感じで、指を差しあってたけど。

終演後、A氏の姿を探すが見つからない。やっぱいくらなんでも、初めての聖地に着いたばかりで、MVに来いというのは酷だったかと反省。とりあえず、ラルスに、今日は帰ると言いに行かなきゃと楽屋口へ向かう。

待つことしばし、最初に姿を見せたのはフランツさんだった。「オォ、ササキサン、お元気ですか?」。いつもの、アヤシゲな日本語交じり口調でにこやかに話し掛けてくださったフランツさん。「いつまでウィーンにいるんだい?」とおっしゃるので、「日曜日に帰ります。それまで毎晩オペラを観て過ごします」と答えると、「そりゃいい。楽しんで行きなさい。じゃぁまたね」と言って、これまたにこやかに去って行かれた。相変わらず「いい人」だ。

フランツさんが去った直後、今度は御神体が姿をお見せになった。「やぁやぁ、久しぶりだねぇ」。御神体のお言葉に、私、「またお会いできて光栄です!」と答えつつ、思わず両手で御神体の手を握り締めてしまった。だって、ねぇ、私にとっては「拝謁」の瞬間だから(^^;
御神体からも、「いつまでいるんだい?」とのご質問。「日曜までです。それまで毎晩オペラを観て過ごします」と、バカの一つ覚え返答。すると御神体、「ふーん、一週間か。でも、毎日オペラ観るんじゃ、お金がかかるねぇ」だと。飄々とした御神体ならではのこの切り口に、思わず虚をつかれた私、なんと答えてよいやらわからず、固まってしまいましたよ。
「でもあれだな、明日からのオケのリハーサルも見学したらどうだい。問題ないはずだよ」。「はい、そのつもりです!」。御神体からもお墨付きをいただいた私、"身内気分"は最高潮に達した。
しかし、その後、御神体から悲しいお言葉が。「えーと、次に日本に行くのは、来年秋のヴィルトゥオーゼンだったかなぁ。あ、いや待てよ、オケのツアーがあったねぇ。いつだっけ?」。「3月です!」。「はぁ、3月か。あぁ、でも、その時はウィーンでオペラの留守番だな、ハハハ」。あ、あのねぇ、あーた、御神体!笑い事じゃないですよ。あーたねぇ、めったにオケで日本に来ないんだから。去年までの5年間にしたって、96年のメータ/小澤の時だけじゃないですか。なのに、来年もまた留守番だなんて、そんなぁ...。
思いっきり悲しい顔をした(はず)の私に、「じゃぁ、また来年!」と言い残してそそくさと立ち去られた御神体。そう、このヒト、いつもこうなんです。明日からだって、またお会いするかもしれないじゃない。なのに、「また来年」って...。ま、仕方がない。御神体はあくまでも「御神体」ですからね。そうそう簡単に近寄っちゃいけない存在なんでしょ。ご尊顔そのものは、明日以降も間違いなく拝見できるんだから、それで十分と思わないと。

そうこうしているうちにラルスが外に出てきた。が、マイヤー始め、ホルンのケースを抱えた若手たちと一緒だ。私「この後なんだけど...」。ラルス「あぁ、みんなでアイリッシュパブに行くんだ。一緒に行くかい?」。私「いや、友人がホテルで待ってるんで、帰らないと」。ラルス「そうか。じゃぁ、明日の14:15に、ここで」。というわけで、明日のリハーサル見学の待ち合わせ時間を確認しあって別れた。

さぁ、急いでホテルに戻らないと、と踵を返した途端、道路を横切るA氏の姿を発見。「 A氏!」と呼び止め、お互いに「どこにいたの?」なんて言い合って挨拶に代える。その後は、読者I氏も交え、3人でビアホールへ移動。で、A氏の初巡礼を祝って乾杯。何はともあれ、A氏無事到着でヨカッタヨカッタと、まぁ、そういう"まとめ"ですな、今日は。


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