フォルカーの部屋 - 98聖地巡礼日記12/04 -

12月04日(金)


朝食後、聖地からのアクセスを試みるべくANAグランドホテル目指して出発。
「ビジネスセンター」というほど立派なものではないが、ダイヤルアップ接続されたデスクトップPCが1台と、FAXが1台置いてあるそのブースは、もう十分に立派なアクセスポイント。(左の写真がそれ)

T氏はさっそくFAXの電話ケーブルを抜き取ると、自身のノートPCに接続し、メールの受信を開始している。T氏が終了後、ノートPCを持参した私も、同様の方法でアクセスを試みる。が、PCの電源が立ち上がらない。ウンともスンとも言わないとはこのことで、ACアダプターから通電している気配がないのだ。
実は、昨日の夜、今日のアクセスに備えて文章を作っておこうとPCを起動させようとした際に、旅行用の簡易変圧器に接続したACアダプターが「バチッ」という音を出し、その後ウンともスンとも言わなくなっていたのだった。
電気に詳しいT氏の見解としては、「こりゃ、ACアダプターがイッちゃってるよ」とのことで、せっかく持参したPCが、宝の持ち腐れ状態になったことが判明。でも、このまま帰るのもくやしいので、備え付けのデスクトップPCから、芳名録にローマ字書き込みをして、お茶を濁したのであった。

受信したメールへの返事を出さなきゃいけないというT氏をANAホテルのロビーに残し、私とA氏は、今日も観光に出かける。
今日のコースは、A氏のリクエストで、聖地のウィンナホルン工房巡り(これ、"観光"なの?)。エンゲル(Robert Engel)とアンケル(Ernst Ankerl)という2つの工房が、それぞれ近い場所に立地していることから、そこを見に行ってみようというわけだ。

まず、バスでエンゲルに向かう。確かこの辺とバスを降り、確かこの建物という所まで行ってみたのだが、なんと、工房がなくなってるではないか!薬品会社だかなんかの事務所に変っていて、エンゲルのエの字の形跡すらなくなっているのだ。
ついに廃業か?と思ったわけだが、後でそのことをT氏に言うと、「あれ、エンゲルってどっかに移転したって誰か言ってなかったっけ?」ってことで、なーんだ、下調べ不足の確認不足だったというお粗末話。
でも、その時点では「エンゲルなくなっちゃった」モードだから、こりゃアンケルの方はもっとヤバいかも、と思いながら、アンケルに向かって歩いたのだった。
が、アンケルは無事存在していた。店構えは相変わらず寂しいままだが、営業はしっかりと続いているようで、窓から中を覗くと、今は主業務となっているリペアも、しっかりと行われているようであった。
-->帰国後、パイパーズ誌を購入したところ、このアンケルが、ウィンナコントラバストロンボーンという楽器の復刻に尽力した記事が出ており、単にリペアだけではなく、製造作業もしているのだということを知ったのだが(ただし、ウィンナホルンの製造は行っていないはず。この辺の話は、ウィンナホルンGalleryをご参照のこと)。
写真はアンケルの外観。ね、寂しい店構えでしょ?

アンケルの"無事"を確認しての帰り道、地下鉄U6のBurggasse Stadhalle駅近くにあるJOHANN VOTRUBAという楽器店に寄ってみる。ここは、以前も来たことがあるのだが、なかなかしっかりした店構えで、聖地に於いては珍しく品揃えも豊富な楽器店だからだ(トランペットなどの製造もしているらしい)。
が、残念ながらウィンナホルン本体や関連品の在庫はなし。その代わりというのも変だが、ドイツのWolfというメーカー(工房?)製のウィンナオーボエが展示販売されており、これにはちょっと驚いた。古楽器風のキー数が少ない物、キー数は通常版(?)と一緒だが値段の安い物(ヤマハに換算すると"インペリアル"?)、そしてプロ用(?)の"本物"(ヤマハ換算で"カスタム"か?)まで。この店が聖地での代理店ということになるのだろうが、ここに行けば、ウィンナオーボエをその場で買うことができるってことだから、"その気"のある方には要チェックのポイントかもよ。
え?それぞれの値段ですか?えーとですね、いや、ちゃんとメモってきたのですよ。んーと、どこだっけな...。えーすんません!メモがどっかに行っちゃいました。どうしても知りたければ、別途メールしてください。メモを探しますので(おいおい...^^;)。
ウィンナホルン絡みの収穫はなかったものの、せっかく寄ったんだからということで、ヤマハの英語版管楽器カタログ(エーラー式クラやロータリートランペットが掲載されているから、ドイツ圏向け思われる)と、当団元首席クラのルドルフ・イエッテル(シュミードルの師匠)のCDという"レア物"をお土産に購入して店を後にした。

さて、T氏との待ち合わせにはまだ少々時間がある。そこで、「聖地に来たからには、カフェでザッハートルテを食べたい!」というA氏のリクエストに答えて、私イチオシのカフェであるツェントラルへ寄りティータイムとすることに。
店内はほぼ満席の状態で、さすが人気カフェという感じ。A氏は、希望通りザッハートルテ、私は、モーツァルトトルテとかいう名前だったと思うが、コーヒークリームをベースにしたケーキを、コーヒーと共にそれぞれ発注。程なくして、コーヒーとケーキが運ばれてきた。
まずコーヒーを口にして、私、思わず叫びましたよ。旨い!! 前に来た時は、特にこれといった感慨を覚えなかったのだけど、今回は心底思った、ほんとに旨いの、コーヒーが。さらに、ケーキを口にして、二度ビックリ。旨い!実に旨い!!
いやね、私、以前に、聖地のケーキは暴力的な甘さだという話を書いたじゃないですか(知らない人も多いって)。で、実際に、そういうケーキが多いのですよ。例えば、私、滞在2日目だかに、聖地中に数多くのチェーン店があるカフェ「アイーダ」でザッハートルテを食べたのだけど、これはもう、紛れもない"暴力的甘さ"だった。だから、やっぱりそういうもんなんだろうと思っていたので、このツェントラルのケーキの上品な甘さには、ちょっと意表を突かれたのでしたよ。いやほんと、旨かったわ。皆さんも、巡礼の折にはぜひご賞味あれ。

そうこうしているうちに、T氏との待ち合わせ時間が近づき、急ぎホテルに戻る。が、このあたりから、雪が本格的に降り始め、3人で昼食を取って、MVに向かおうとするあたりには、すっかり一面の雪景色状態になってしまった。うぅ、寒ぶ!

MVに到着すると、今日はラルスが先に来ていた。クリスティアーナ嬢と、片言の英語を話す大柄な若者も一緒だ(ラルスの知人らしい。ロシア人て感じもしたけど)。
今日も、リハーサルはベートーヴェンから。ということは、ラルスは今日も「早出」をしてくれたことになるわけだ。が、「いや、いいんだ。今日は俺も一緒に会場で聴くから」ということで、結局、"ラルス様ご一行"って感じで会場内に陣取り、ベートーヴェンのリハーサル見学となったのだった。
ところで、今日の会場には、昨日までよりも大勢の見学者が来ていた。各自、どういう"つて"で入場しているのかは不明だが、割と当たり前に、こういうことが行われていることの証って感じでもあった。

リハーサル前半は、ピアノ協奏曲の3番から。このあと2番をやって最後に「シンフォニエッタ」ということで、これは結局翌日の本番の曲順。リハーサル自体も、基本的には通しの演奏を主体としたもので、ま、文字通りの「ゲネプロ」ってことですな。
そのピアノ協奏曲。3番の冒頭から、昨日までとは別次元の音が出ており、驚嘆させられる。ブレンデルの音は本当に美しく、音楽の流れにも淀みがない。ラトルは、いろいろな"仕掛け"を施すが、オケはそれに敏感に反応する。リズム処理、フレーズ処理が徹底され、歌に溢れたベートーヴェンが展開されていく。
特に2番が秀逸で、リハーサルだってのに、その演奏を十分に堪能してしまった。本番に向かってどんどん充実していく。ということは、本番はさらにすごい演奏になるんだろうという予感が十分で、こりゃ、明日が楽しみだ。

ところで、3番にはティンパニが入るのだが、これを叩いているのがハルトル。3楽章の最後に、「ダダダン!」って感じで"決め"を打つところがあるんだけど、これがカッコよく決まるのよ。すごい存在感。
で、その瞬間、私ら3人は「クスッ」と笑うわけですな、「やってくれたよ」って感じで。ところが、同時に、すぐ後ろの席からも「フフッ」という鼻笑いが聞こえて来る。笑い声の主はラルス。そうなんだ、やっぱり"笑いのツボ"は一緒なんだ。そのことが分かって、なんか、とても嬉しかった瞬間ね。

充実したベートーヴェンが終了。休憩後「シンフォニエッタ」が始まる。が、これがちょっとヤバい感じ。最初のバンダはだいぶ揃ってきて、輝かしさを増してきたのだが、2曲目に入るなり、ピッコロのネクヴァシルが繰り返しを忘れるというポカをやらかし、ラトル思わず「ダメダメッ!」って感じで首を振る。
これが"きっかけ"になったのか、以後も凡ミスが出たり、アンサンブルが乱れたりと、どうにも落ち着かない。なんか、バタバタした演奏になっちゃってるのだ。
例の危なっかしい某奏者/パートも、やっぱり危なっかしいままで、全曲が終了した時点では、「おぉ、なんとか無事終了したよ」って雰囲気。でも、時間がなかったせいもあるかもしれないが、敢えてラトルはやり直しをせず、「じゃぁ明日ヨロシク」って感じで散会となってしまった。
まぁ、あとは本番の緊張感に賭けようということなのかもしれないが、聴衆としては、一抹の不安を残すものであったのも事実。
誰かのポカとか、ちょっとした"ほころび"みたいなものが、瞬間的にオケ全体に波及してしまう。もちろん、それに対する"修正作業"も瞬間的に行われるわけだけど、いずれにしても、当団てのは、つくづく「人間らしい」集団だよなぁと、改めて感じ入った次第。

ところで、3曲目に登場するホルンの超絶技巧部分だが、ラルス、昨日までとは打って変わって音が出ている。他の部分の音も、昨日までより通っていて、なんかこう「スコーン!」って抜けてくるような感じだ。
一体何が違うのかとよくよく観察してみたら、わかりましたよ、楽器が違うんだ。昨日までのゲノッセンシャフトに換えて、今日はアトリエハーローで吹いていたのだ。で、結局は、"若い楽器"であるハーローの方が音が出る、音の通りが良いと。
数日前、アレキからゲノッセンシャフトに持ち替えたラルスに、「もうハーローは吹かないの?」って尋ねたら、「いや、来週あたりは吹くんじゃないか」なんてはぐらかされたんだけど、予定よりも早く、その必要に迫られたってやつだね。

リハーサルは今日も18:00に終了。外に出るとかなり雪が積もって、一面の銀世界。雪のウィーンも、またとても美しい。
今日もセルフサービスレストランで夕食を取り、開演15分前に国立歌劇場へ。が、今日もいつもの場所は楽々ゲット。まぁ、舞台が半分以上見えない場所だからね、よっぽどのことがない限り、誰も来ませんて。

今日の演目は「さまよえるオランダ人」。私にとっては、初めてナマで観る演目だ。
ホルン会は、ラルス→フラダー→プファイファー→ホルヴァートという布陣。まぁ、悪くないって感じかな、この構成ならば。
各自音出しを済ませ、さぁいよいよ指揮者(今日もハーガー@常連指揮者)の登場と会場が暗くなった時に、「事件」は起こった。なんと、フラダーとプファイファーが席を交替したのだ。私らも驚いたが、一番驚いたのはラルス。隣りに座ったプファイファーに対して、シッシッ!と追い払う仕草をしつつ(おいおい...^^;)、「何すんだよ!元に戻れよ!」って感じで息巻いている(もちろん、遠目で見た推測)。
でも、プファイファーは、「まぁいいじゃないか」って風にそれを制し、フラダーはフラダーで、知らん顔で椅子に座りっぱなし。そうこうしているうちにハーガーが登場して、序曲が始まってしまった。
演奏が始まった後も、ラルスの怒り(困惑?)は治まらない。再三再四、プファイファーに向かって何事かを言っている。が、プファイファーは、時々ラルスの肩を叩いたり、膝をさすったりして、「まぁ、いいじゃないか、たまには」って感じの素振り。
まぁ、なんでまたそういうことをしたのかは不明だけど、少なくとも、プファイファーとフラダーの2人が示し合わせていたことは間違いないだろうね。で、早々と交代すると、ラルスがいろいろうるさいだろうから、演奏が始まる直前に動いたと。まぁ、クーデターみたいなもんだ(違うか?)。

しかし、プファイファーもフラダーも、それぞれ交代したパートを吹き慣れているとは思えない。交代の是非は置いておいても、果たして演奏が可能なのか?という不安も、見ている側としてはあった。
が、結果的には大過なし。フラダーが何回かあるソロで音がヒョロヒョロだったとか、時々落ちそうになって、ホルヴァートから「はい、あと何小節」と指示されていたとか、まぁ、そういったドタバタはあったものの、でも、全然違う音を吹いたとか、一人で飛び出したとかとかいった失態は皆無だった。
曲はもちろん知ってるとしても、吹いたことないパートをいきなり吹くってのは、さすがの彼らもそれなりには恐いはず。なのに、特にこれといた大過なく吹ききってしまうのだから、やっぱり彼らはたいしたもんだと思う。
まぁ、でも、ラルスはびっくりしただろうし、面白くなかっただろうなぁ、ああいうことされて。もっとも、終演時には、にこやかに周りと話をしてたけどね。

オペラ自体の出来は、今日も典型的通常公演という感じ。男性歌手陣にばらつきがあって、声が出てる人と出てない人の差が激しかった感もあるが、まぁまぁ、全体的には水準をクリアしたものだったのではないだろうか。
ドホナーニ指揮のCDとスコアまで買って事前学習するつもりでいたのに、結果的には何もせずにいきなりナマの舞台を観ることになってしまったのだが、それでも、物語の展開を十分に楽しむことができたし、曲の面白さも、十二分に味わうことができた。
序曲の最後の部分が、オペラ全体の終わりの部分でもあったんだねぇ。私、昔、この序曲を吹いたことがあるんだけど、序曲だけしか吹いてないのに、この最後の部分はヘロヘロだった。なのに、彼らは何時間もほとんど吹き詰めで吹いてきて、そして最後にあの部分なんだから...。いやはや、たいしたもんですね、プロというのは。

終演後、楽屋口を通りかかると、ラルスを待つクリスティアーナを発見。また明日ね!と手を振って別れ、ホテルへ戻る。
途中、せっかくだから"つまみ"を手に入れて帰ろうということで、聖地に増殖中の日本メシ屋「Akakiko」に寄り、すしの詰め合わせ(結構高い)を買いこむ。この「Akakiko」、店数も増えてるし、それなりに繁盛しているようなんだけど、スタッフは、韓国系や中国系の人が大半のようで、"本物"の日本メシ屋というわけではなさそう。大体において、「Akakiko」って言葉の意味も不明だしね(どなかたご存知です??)。
というわけで、写真はその「Akakiko」。これは、シュテファン寺院近くの店舗。

ホテルの部屋に戻り、すしを摘まみつつ3人でミニ宴会。話題は、どうしてもウィンナホルンのこと、そして、我々の"来し方行く末"のことになる。
聖地で彼らの演奏と演奏姿を目の当たりにするにつけ、「これしかない」「これが本当の姿」との思いを強くする。我々が進んできた道に間違いはなかったはずだ。そして、この道を若い人たちに引き継いでいかなければ!すっかり"その気"になって熱く語り合うおじさん3人組なのでありました(^^;


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