◆昼下がり◆ 自室だというのに那緒は落ち着かない様子で、 部屋の中をうろうろと行ったり来たり、立ち上がったり座ったりしている。 「むー…… 退屈だよぉっ」 バフっと音を立ててベッドにうつ伏せに倒れ込む。 ゴロンと寝返りをうって天井を見上げながら、またも嘆く。 「あーぁ、大貴くんはバイトだって言ってたし、紗耶は今頃桐弥くんと一緒のはずだし」 そのまま何度か寝返りをうっていたが、突然勢いよく起きあがると、 「もぅっ! ボーっとしてちゃ勿体ないっ! こんないい天気なんだから、部屋にいたら腐っちゃうよねっ」 自分自身を奮い立たせる様に、元気良く言い放つと身支度を整えはじめた。 黒いシャツの上に真っ白なモヘアニットのベストを羽織って、 白いミニスカートに身を包むと、まるで跳ねるように家を出た。 いくつものビルが競い合うようにそびえ立ち、たくさんの人達が集まっている駅前まで出てくると、 きょろきょろと街を見渡し、どの店に行こうか考えていた。 そう考え込んでいたのも束の間、デパートの中へ吸い込まれていった。 「そぅ言えば、化粧水が切れかかってたんだっけ」 建物の中を漂う様に、いろんなお店を見物していると、ふとそんな事を思い出した。 コスメ売場に向かうと長髪長身の男の人が、 クリーム色のスーツを着た綺麗な店員さんとなんだか話し込んでいた。 必死で頭を下げている男の人と、そっぽを向いている店員さん。 キッとした表情で謝っている方に振り向いた後、 しょうがないなぁ、って表情で男の人に笑いかける店員さん。 なんだかその光景が微笑ましかった。 「……って、あの男の人って」 もう一度、男の人を確認してみる。 「やっぱり、神村さんだ」 なんだか見物人の様に2人の行動を眺めていたからか、声をかけづらくなってしまった。 仕方なく、化粧水を選ぶフリをしながら様子をうかがっていると、 見知らぬ男の人が、神村さんの後頭部を小突いた。 神村さんは驚いたように向き直る……と、そこで様子をうかがっていたわたしと視線が合ってしまった。 「……あはは」 悪戯がバレてしまった子供のように笑うしか、わたしには出来なかった。 ◆Tea Break◆ そして今、3人でテーブルを囲んでいる。 さっきの綺麗な店員さんに、 「仕事終わったら、TELして。迎えに行くから」とだけ言い残した後、 神村さんにひっぱられる様にして、わたしと神村さんを小突いた男の人は、 デパートから程近いこの喫茶店でカップを手にしている。 「……で、この可愛いお嬢さんは誰なんだい、桂。 まさか、オマエの彼女とか言い出すんじゃないだろうな」 「違いますよ、晴一さん。この娘は同級生ですよ、同級生。 大貴の彼女でもありますけどね」 「えへ〜」 「どうしたの、突然ニヤけちゃって?」 神村さんが不思議そうに聴いてくる。 「そう紹介されると、わたし大貴くんとつきあってるんだなぁ、って、 あらためて実感しちゃって」 声が弾んでいるのが自分でもわかる。 「あ、紹介を忘れてた。この人は晴一さん、正体不明の怪しい大学生だよ」 「桂、怪しいって言い方はないだろ、こんなナイスガイをつかまえて」 冗談混じりに神村さんが、男の人を紹介してくれる。 「はじめまして。紺野 晴一(こんの せいいち)です。一応君たちの先輩ってことになるのかな? ……それにしても大貴のヤツ、こんないい娘が彼女だなんて、うらやましい限りだな」 「こちらこそ、はじめましてっ。藤代 那緒って言います。 えっと、晴一さんって呼んで構いませんか?」 「ああ、構わないよ。名前で呼んでくれた方がこっちも嬉しいしね。 それで那緒ちゃん、非常に重要な話があるんだが……」 「なんですか……?」 「大貴に飽きたら、いつでもお兄さんのところへおいでね」 「その時はよろしくお願いしますねっ。 けど残念ですね、わたしが大貴くんに飽きるなんて当分無いですよっ」 わたしと晴一さんは、お互いに顔を見合わせて口許をほころばせた。 初対面なのに、気安く話せるのは晴一さんの雰囲気が柔らかいからなのかな? 「晴一さん、実はホントに残念なんじゃないですか?」 マッチで煙草に火を点けながら神村さんが茶化す。 「ああ、すげぇ残念。それにしても桂、まだ煙草喫える年齢じゃないだろ、オマエ」 「俺もう18ですよ、だからOKでしょ」 「神村さん、18じゃまだダメじゃない」 「L.Aなら大丈夫だぜ、18から煙草喫っても」 「おいおい、誤魔化そうとしたってダメだぞ。 L.Aで18からOKなのは、飲酒なんだからな。喫煙は21からだ。 ……第一ここは日本だぞ」 「ま、へんなクスリに手ぇ出してるわけじゃないんですから、勘弁して下さいよ」 一瞬、本当に一瞬、晴一さんの表情が変わった気がした。 もう一度見ても、そこには神村さんに向かって、さっきと変わらない笑みがあるだけだったけど。 「……思い出した。桂、さっきの店員さんとはどーゆー関係なんだ?」 「それじゃそろそろ俺帰りますよ」 わざとらしく話を切り上げようとする神村さん。 「逃がすと思ってるのか?」 不敵に笑う晴一さん。 結局、喫茶店を出たのは、 神村さんがあの店員さん――高萩 清美(たかはぎ きよみ)さんって言うんだって――が、 彼女だってことを白状してから2時間後でした。 ……2時間なにをしていたのかって? もちろん、晴一さんと一緒になって、根掘り葉掘り質問責めにしてたからですよっ。 ……その代わり、当分の間は口止めされちゃったけどね。 ――――The End『ExtraEdition1(+1)』―――